「口先介入」だけでは円安は止まらない…日本の「通貨マフィア」が繰り出した「奇策」が空振りだった当然の理由
利上げへのハードル
ホルムズ海峡の封鎖など中東情勢の緊迫化で、市場では原油価格が急騰し、「有事のドル買い」が広がった。さらなる円安がインフレを助長する負のスパイラルを危惧する日銀は、昨年3・1%だった物価上昇率を大きく下回る政策金利(0・75%)を早期に引き上げたいのが本音だ。
米・イスラエルによるイラン攻撃から間もない3月の金融政策決定会合では政策金利を据え置いたが、その後、植田和男総裁は4月27―28日に開く次回会合での追加利上げも排除しないタカ派的メッセージを発信し続けてきた。
円安是正で打つ手が乏しい財務省も植田日銀のスタンスを支持しているが、最大のハードルは金融緩和と財政拡張で景気を意図的にふかす「高圧経済」を信奉する高市早苗首相の存在だ。
ガソリンからプラスチックなどの化学製品、生活雑貨まで幅広い品目の値上げを招く原油高は、インフレ圧力を強める半面、企業や家計の心理を冷え込ませ景気を悪化させる要因でもある。
日銀がインフレ抑制に軸足を置く一方、首相は利上げに伴う住宅ローン金利や貸出金利の上昇が個人消費や設備投資を落ち込ませることを懸念し、低金利による景気下支えを求めている。原油高リスクに対する見方が180度異なる両者が接点を探るのは至難の業だ。
イラン(と米国)によるホルムズ海峡封鎖で、原油先物価格が1バレル=100ドルを超える水準に急騰したことを受け、高市政権は石油備蓄の放出やガソリン補助金の復活などの緊急対策を矢継ぎ早に打ち出した。
同時に水面下では日銀に対して「原油高には財政政策で対応する。金融政策も政府と足並みを揃えるべきだ」と通告。利上げに前のめりにならないようクギを差しているようだ。取り巻きのリフレ派エコノミストからは「景気を腰折れさせて、日銀は責任が取れるのか」と、中東情勢が落ち着くまで利上げを封印するよう迫る声すら出ている。
一方で、首相は輸入物価高を助長する円安進行には神経を尖らせている。
「成功体験」も影響
厄介なのは「利上げをしなくても、盟友の片山さつき財務相が為替介入などで何とかしてくれると思い込んでいる」(財務省幹部)ことだ。
1月下旬の円安進行局面では、財務省が米財務省と協調して為替介入の前段階とされる金融機関に為替相場動向を照会する「レートチェック」という「究極の口先介入」を繰り出し、円相場を一時、5円近く押し上げた。その「成功体験」も影響しているという。
だが、今回の円安局面は当時とは背景が全く異なる。中東危機で世界の投資家が「有事のドル買い」に走る中、仮に日本が大規模な円買いドル売り介入に踏み切っても、多勢に無勢で相場をどれだけ押し戻せるかは分からない。
米国との協調も望み薄だ。秋の米議会中間選挙をにらむトランプ米政権は目下のところインフレの緩衝材となるドル高を歓迎しており、「1月のように協力を取り付ける余地は乏しい」(国際局幹部)と見られている。
手詰まりの財務省は、外国為替資金特別会計(外為特会)の資金を使って原油先物市場で売り介入する奇策まで検討している。原油の9割以上を中東からの輸入する日本は相場高騰で貿易収支の大幅な悪化が見込まれており、それが円安を増幅していると考えているためだ。
1日の取引量が約10兆ドルとされる外為市場に比べ、原油先物市場の規模が同1兆―2兆ドル程度と小さい。理論上は為替よりも高い介入効果が期待できるように見える。
かえって円売りを加速?
「原油先物市場における投機的な動きが為替市場にも影響している。為替が国民生活や経済に与える影響を踏まえて、いかなる時もあらゆる方面であらゆる場面で万全の対応を取る」。首相から円安に歯止めをかけるように厳命されている片山財務相は、記者会見でこう力んだ。
実際、財務省は3月23日、複数の金融機関に原油先物市場に介入する場合の手順などを問い合わせる「口先介入」を行った。実はこれより先に米財務省も「原油先物市場への介入を検討中」と報じられていた。
三村淳財務官(1989年旧大蔵省)には、舞台は違えど、日米協調を再び演出すれば円売りを牽制できるのではないかとの淡い期待があったのかもしれない。
しかし、「通貨マフィア」の威光も門外漢の原油先物市場には通じず、「二匹目のドジョウ」は現れなかった。
そもそも保有するドルを市場で売却すれば済む円買いドル売り介入とは勝手が違う。原油先物市場への介入では、先物の決済期日までに反対売買で差金を決済するか、現物の原油を引き渡す必要がある。
日本は200日以上の原油備蓄を持つが、ほとんどが中東産で、油種が違う欧米産原油を取引する海外市場で現物を売り渡すのは難しい。
差金決済するにしても、供給不安というファンダメンタルズを材料に相場が急騰している局面で現物を持たずに先物を売れば、取引を完了するための買い戻しの過程で大幅な損失を被るリスクがある。
原油相場への介入に「虎の子」の外為特会のドル資金を充てて損失が拡大すれば、肝心の通貨防衛のための介入原資が細る。そうなれば「為替介入余力が低下した」と投機筋に足元を見られ、かえって円売りを加速させる懸念すらあるわけだ。
窮地に立たされた植田日銀は円安緩和に向けてどう動くのか。後編記事『高市首相を真正面から説得しても埒が明かない…利上げを目論む日銀がなりふり構わずに進める「外堀を埋める戦略」』に続く。
