再審制度を見直す刑事訴訟法改正の政府案をめぐり自民党が紛糾。国会への法案提出は異例の先送りとなった。この問題について自民党広報本部長を務める鈴木貴子衆院議員がABEMA的ニュースショーに出演し、自身の考えを述べた。

【映像】鈴木貴子氏が怒りをあらわにした瞬間

 鈴木氏は「この再審法という法律は70年にわたって1度として改正されていない。でも、この70年間の中にどれだけの冤罪事件があったか」と切り出した。

「ましてや袴田(巌)さんの場合は死刑。死刑確定囚だったわけだから、58年かかってようやく無実になった。袴田さんだけじゃない。例えば、厚生労働省の村木厚子さんのこともあったり、最近だと大川原化工機であったりとか、何十年も前に発生した事件だけじゃなくて、最近も、今もなお冤罪が起こっているというのが紛れもない事実だと思う」

「一方で、自分が冤罪に巻き込まれるなんて思って生きている人っていないじゃないですか。それが当たり前だから、どうしてもすごく遠い話。子育てとかそういう社会保障とはまた全然違うところで、あまり多くの人が自分事にならないテーマ」

 そして、再審法の中身についても言及が及んだ。

「VTRで、再審法は冤罪を防ぐ唯一の制度とあったと思うが、私は違うと思う。あくまでも再審法というのは非常救済。私も三審制度は尊重している。やはり人間だから、法と証拠に則って、この人が本当に悪いことをしたのか、罪を犯したのか否かという三審制はすごく重要だと思っている」

「ただ、“人”が裁く。絶対的に過ちを犯さないという保証がない。だからこそ、新しい証拠が出てきたりとか、当時は科学的な技術とかも(発達しておらず)、どんどんDNA鑑定とか精度も変わってきているから、そこで『ちょっと待った』と。この人が本当の真犯人じゃないんじゃないかと疑義が生まれた時には、まさにこの再審法で、ちょっと待ったコール。本当の犯人なのか否かをもう1回確認しようというのがこの再審法なので、冤罪を防ぐというのとはまた別であるということは是非ともおさえておきたい」

「日本はいまだに死刑制度存置国。ということは、袴田さんもそうだったけれども、国が、司法が誤判をした場合には、最終最悪、国が人の命を奪いかねないというリスクが残っているのがこの国の刑事司法だ。であると考えたら、我々政治もそうだが、高市政権は今おかげさまで数を持っている。数があるからこそ、権力を手にしたからこそ慎重であれとよく言われると思う。これは司法も一緒だと思う。司法も絶対王者でも神でもないから、過ちを犯す存在である。その時に新しいものが出てきた時には速やかに再審請求をし、請求審の中で事実関係を確認していくというのが本来のあるべき姿だと思っている」

 さらに、鈴木氏は父・宗男氏の事件で自宅が家宅捜索を受けた際の体験を踏まえて続けた。

「うちの父の1件があるまで、我が家に家宅捜索が来るまでは、警察も検察も正義の味方だと思っていた。絶対的に法律であるとかに則って、悪い人を見つけて、それを正しく罰してくれる正義のヒーローだと本当に純粋に思っていた。それが実際に経験してみると、家宅捜索に入ってきた捜査員たちは家で腕枕して寝転んでいるんですよ。そこら辺にある普通のティッシュの箱を1つ入れて、これみよがしに蓋を閉める。だから、鈴木宗男の家から段ボール箱3箱押収しましたよりも、30箱押収しましたの方がなんとなく“ぽい”じゃないですか。30分で終わるよりも、3時間、4時間の方がなんとなく“ぽい”じゃないですか。そういうのを彼らは作ってくる」

「だから彼らは多分、事件に関係するものがないということはハナからわかっている。でも、自宅にまで入るということが、1つの世論を作っていく彼らのやり口。そういうことを経験したものからすると、申し訳ないけれども、日本の刑事司法は反省し、内省をすべき点が多々あると思う。この問題は、例えば冤罪が起こるということは、真犯人がみすみす社会に野放しになっている。そういうことを考えると、公共の治安を脅かしている国民1人1人に直結する問題だと思う」

「じゃあ、なんで大臣諮問第129号が出たのか。近事の刑事再審手続きをめぐる諸事情に鑑み、同手続き、非常救済手続きとして適切に機能することを確保する視点から諮問をしている。私は検察に『諸事情って何ですか』と聞きたい。『近事の刑事再審手続きをめぐる諸事情に鑑み』とはっきり言っている。つまり袴田さんとかが冤罪なわけだ。村木事件では、なんと大阪地検特捜部が証拠を改ざんまでしたわけだ。この『諸事情に鑑み』ってむぎゅっとしすぎじゃないですか」

 この鈴木氏の疑問に弁護士の阪口采香氏が見解を述べた。

「法曹界でよくある手法なのだが、うまく逃げようとしているのはあると思う。法的安定性だとか三審制だという反対意見はもちろんあるが、その三審制というのはすごく大事で、いつまでも審理をやっているわけにもいかないし、起訴されている人の身柄がどうなるかというのも、その人にとっても早く決めてあげた方がいい。だが、その後の法的安定性というのは、それが正しかったという上で、それを維持しようという前提だと思うが、そもそも裁判官も検察官も“人”だ。誤ることはある。だからこそ、今でも刑事訴訟法の中に再審という手続きが定められている」

「刑事訴訟法自体も誤るというのは前提に作られていて、それが機能していないから、どういう風に改善していこうかという議論なはずであって、じゃあその法的安定性が崩れるから、そもそも“安定”というのが成り立っていないので、そこをちゃんと成り立たせましょうよというところに争点があるので、これは議論がやっぱり噛み合っていないし、そういうぼやっとした言葉で逃げて、ちょっと議論をかわそうとしているのかなというイメージだ」

(『ABEMA的ニュースショー』より)