高速バス業界で大注目の「走るカプセルホテル」…日本初!真横になって熟睡できる「寝台夜行バス」進化の全貌
2025年3月に試験運行を開始した、東京〜徳島・高知間を結ぶ夜行バス「フラットン」。完全フルフラットで横になれる座席「ソメイユ・プロフォン」を搭載しており、通常の夜行バスのリクライニングシートとは一線を画す。180度水平に横になれるため足に血がたまらず熟睡できた--実際に乗車した人々から、そんな声をよく聞く。
そのフラットンに乗車した人々の意見をもとに改良を加えた新型車両が、4月1日にデビューした。運行日も週1日から一挙に週4日へと拡大するという。羽田空港で行われた試乗会に足を運び、実際に車内で寝転んでみたところ、初代と比べて快適さはグーンと増していた。
初代車両に自腹で乗車した経験を持つ筆者が両者を比較しつつ、「フラットン」を開発した高知駅前観光の梅原章利社長にも近況を伺った。
骨組みスッキリ、さらに広くなった寝台夜行バス
「ソメイユ・プロフォン」では、バスの座席が寝台のように変化している……これではなかなか想像できない方も多いと思われる。まずは実際に寝っ転がってみよう。
新型のフルフラット座席は長さ182cm、幅53cm程度で、以前の車両よりそれぞれ約5cm広くなった。上部の空間は51〜73cmで、布団やシーツをかけた状態は「少し狭めのカプセルホテル」といった印象だ。
中に入ると枕元にはUSB充電器と小物入れがある。あとはスマホを充電しながら東京に到着するまで頭と足を同じ高さに保った「フルフラット」の姿勢で熟睡するだけだ。実際に乗車した限りでは、夜行バスに乗っているとは思えないほど快適に眠ることができた。
当たり前のように聞こえるかもしれないが、通常の高速バスは「横」ではなく、リクライニング座席を120度〜150度程度に倒した「斜め」の状態で移動する。頭が上、足が下になるため足首がうっ血してむくみやすく、体を自由に動かすこともできない。
寝る姿勢が「横」か「斜め」かで温存できる体力は大きく異なり、バスを降りたあとの行動力もまったく変わってくるのだ。
法令上、不可能とされていたフルフラット座席
ただし、このフルフラット座席は名目上あくまで通常のバス座席だ。
鉄道の場合はシートベルトの装着義務がないため、最初から寝台車両として設計することができる。一方バスの場合、法令上シートベルトの装着義務があり、最初から座席を寝台として設計すると救急車などと同様に「定員1名」扱いとなってしまう。
しかし可変式のフルフラット座席として設計すれば、通常のバス座席として扱われる。そこで「通常の椅子席を変形させてフラットな状態にできる」という仕様で180度水平を実現しており、実際に椅子の形に戻すことも可能な設計になっているのだ。
高速バスとしての車検・強度試験をクリアした上での"抜け穴"的な発想ではあるが、これによって通常のリクライニング座席では実現し得なかった「180度水平なバス座席」が誕生したのだ。
全国初のフルフラット座席を搭載した夜行バス「フラットン」は、きわめて高い利用水準をキープしているという。
東京でも大阪でもなく、四国・高知県に根を張る小さなバス会社が、どうして「フルフラット座席」を開発しようとしたのか。高知駅前観光・梅原章利社長に、これまでの開発の経緯を伺ってみた。
きっかけは「ドンキ高知1号店」だった?
高知駅前観光がフルフラット座席を開発したのには、意外なきっかけがあったという。それは、同社が経営していた「ディスカウントストア事業」だ。
梅原章利社長の父で、現在は同社の会長を務める梅原國利氏(元・社長。以下「國利社長」)の著書『高知駅前観光バス物語』によると、同社はバス事業のかたわらで、1989年にフランチャイズ1号店として「ドン・キホーテ高知店」などのディスカウントストアを営んでいた。
店舗は大盛況だったようで、当時の國利社長はドン・キホーテの創業者である安田隆夫氏と親交を持ちつつ、世界中で商品の買い付けを繰り返していたという。
その際にたまたま中国で乗車したのが、バス車内に2段ベッドを押し込んだだけの現地の寝台バスであった。車両の状態は劣悪でひどく揺れているにもかかわらず、「水平に寝たほうが疲れが取れる」ことを実感した國利社長は「乗り心地の良い日本のバス車両に寝台を搭載すれば、お客さんの負担は軽くなるはずだ!」と確信。これがフルフラット座席の開発を思い立つきっかけとなったという。
※フルフラット座席のデビュー直前に国土交通省が作成したガイドライン
しかし、日本の高速バスはシートベルトを着用する義務があり、実用化に向けた技術的な問題は山積み。地方の中小企業である高知駅前観光が単独で開発することは不可能に近く、自動車メーカーや座席の開発メーカーなどに協力を要請しても、ことごとく断られ続けるばかりであった。
こうなればフルフラット座席をゼロから開発するしかない。幸いにも、電動ラジコンヘリの開発で知られる「サーマル工房」やコンクリート打設用機器の製造で実績を持つ「垣内」といった県内企業の協力を得ることができ、設計から開発まで自社で手がけることになったという。
高知駅前観光はもともと、快適性を追求するためのリクライニング座席改造を試みるなど、技術的な試行錯誤を積極的に行う社風だった。フルフラット座席の開発においても、3Dプリンタを用いて空調システムの送風口を独自に改良するなど(普通のバスの空調は上下2段ベッドに対応していない)、実用化に向けた課題をひとつひとつ丁寧に解決していったそうだ。
こうして「メイド・イン・高知」ともいえる体制で、日本初の「フルフラット座席」は完成した。国土交通省から「フルフラット座席のガイドラインを急きょ策定する」と通達され、デビューが半年遅れるという想定外の事態もあったが、2025年から試験運行を開始し、いまに至る。
ちょっとお高めでも乗車率は8〜9割!
フルフラット座席の実現に奔走した國利会長の後を継ぎ、現在は梅原章利社長がその普及に力を注いでいる。そんな梅原社長に現在の評判を聞いてみた。
――フルフラット座席「ソメイユ・プロフォン」の評判は、いかがですか?
当初はバスファンの乗車が多く、地元の方々は物珍しそうに眺めるだけで、それまで高知〜東京間で運行していた「スマイルライナー」からフルフラット座席に乗り換える方はほとんど見当たりませんでした。しかし「ガイアの夜明け」「がっちりマンデー!!」などで全国的に報道されたことをきっかけに、“お試し乗車”にとどまらず、公務や出張での利用される方も見受けられるようになっています。
現在のところ、「フラットン」「スマイルライナー」ともに、平均で8割〜9割の乗車率をキープしており、「フルフラットだと熟睡できる」「通常のリクライニング座席に戻れない」というお声も、多くいただいています。
――他社では広くスペースを確保して10席程度に絞り込む、プレミアム感のあるバスも存在します。(例・関東バス「ドリームスリーパー」など)なぜ「2段ベッド」という方式をとったのでしょうか?
10席程度ですと、相当に高額な料金に設定せざるを得ません。また高速バスの利用には季節ごとに波があるため、閑散期にはそれでも空きが出てしまいます。
その点、2段ベッドの24席であれば加算運賃を抑えられるうえ、繁忙期でも多くの方にご乗車いただけます。高知県のように需要がさほど多くない地域から首都圏までを結ぶ路線では、価格を抑えながらも多くの方に利用していただける「ソメイユ・プロフォン」が最適解ではないかと考えています。
――各社が座席の材質やリクライニングの角度などに創意工夫を凝らすなか、フルフラットの寝台バスを考えていたバス会社は他にもいたように思えます。なぜ、高知駅前観光だけが実際に開発し、実用化に漕ぎ着けたとお考えですか?
構想していた人は業界内にも多くいたと思います。しかし、やはり法令上、実現は難しいと思われていたのでしょう。ただ実際には「誰もやろうとしていなかっただけで、実現可能だった」のです。こうした思い込みを疑い、開発を諦めなかったからこそ、他社に先んじられることなく、フルフラット座席を世に送り出すことができたのだと思っています。
今後は「外部販売」で全国へ
――「ソメイユ・プロフォン」は、すでに多くの特許等を取得していると伺いました。今後、どのように普及を進められる予定でしょうか。また、一般的な車両にも搭載できるものなのでしょうか?
当社は高知県に本拠を置いており、免許の関係から自社での新路線・営業エリアの拡張が難しい状況にあります。そこで世間への普及の方法として「ソメイユ・プロフォンの外部販売」を検討しています。現行の高速バス車両も、一般的なバス車両(日野セレガ)の座席を入れ替える形で装備しており、多くの車両で導入が可能です。
価格は最短工期であれば、フルフラットへの換装費用は上下1ユニットあたり400万円、24席フル装備で4800万円を想定しています。フル装備だけでなく、たとえば左側1列のみを換装するプラン(縦1列4ユニット×上下2段=8席で1600万円)なども用意しています。乗車率の状況を見ながら段階的に換装を拡大していくという方法も取れると思います。
――他社への導入は決まりそうでしょうか?
昨年10月に東京で開催された業界関係者向けイベント「バステクフォーラム」に出展した際には、多くの問い合わせをいただきました。しかしまだ具体的な商談や導入の相談には至っていません。
本格運行に移ったばかりということもあり、各社とも様子を見ている段階のようです。本格的に普及する時期はまだだと思いますが、いったん導入が始まれば一気に広まるのではないかと考えています。
――「ソメイユ・プロフォン」はどのような地域への導入に向いているのでしょうか。
東京からある程度離れていて、新幹線のような高速移動手段がない地域では、高速バスでの移動時間がどうしても長くなります。実際に高知県の場合は、既存の高速バス(JRバスなど)が定期運行を終了し、鉄道は山岳地帯を抜けるため時間がかかる上に運賃も高く、飛行機も相当な高値になっています。そうした背景から「フラットン」「スマイルライナー」をご利用いただく方が多い状況です。同様の条件を抱える地域の高速バスにとって「ソメイユ・プロフォン」はうってつけの選択肢となるはずです。
将来的には高速バス・夜行バスにとどまらず、災害時に救助要員が疲労を抑えながら現地に滞在するためのバスとして、自衛隊などへの提案も検討しています。
全国で人気を集める「プレミアムな夜行バス」
大幅増便後もフルフラット座席と「ソメイユ・プロフォン」は人気を維持できるのか? まずはその推移を見守りたいところだ。
このようにプレミアム感のある夜行バスの座席は、高知駅前観光に限らず全国各地で人気を集めている。なかにはバスとは思えないほどの個室・半個室仕様の車両もあり、各地で重宝されている。
その背景には、首都圏を中心としたホテル宿泊代の高騰があるようだ。なぜ各社の夜行バス座席はプレミア化しているのか? そのトレンドを後編で読み解いていこう。
(写真はすべて筆者撮影)
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