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俳優・モデルとしてキャリアを着実に重ねているタイミングの2022年、子ども3人を連れて日本とフランスの二拠点生活を開始した杏さん(39)。パリを拠点に東京、フィンランドとドラマやCM撮影のため世界を飛び回り、YouTubeも登録者数130万人超と好調だ。40代を前に、移住のきっかけとなった子連れでのパリ旅行をまとめた『杏のとことこパリ子連れ旅』(ポプラ社)と、移住後の生活を綴ったエッセー『杏のパリ細うで繁盛記』(新潮社)を出版した。モデルとして海外で働いていたこともある杏さんだが、子連れでの移住で視野が広がり「世界が2倍になった」という。軽やかに挑戦しつづける杏さんに、フランスでの子育てや40代を迎える心境を聞いた。(取材・文:婦人公論.jp編集部)

【写真】フィンランドでの杏さん

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「別の街で暮してみたいな」

東京生まれの東京育ちなので、自分の住んだ街を出たことがありませんでした。10代後半になると、周りには地方から東京にやってきた友達がたくさんいて。彼らの姿を見て、自分が生まれた街を出た覚悟を感じると同時に、「自分の場所が2つあるっていいな」と感じたんです。

私は大阪に10カ月住んだことはありますが、朝ドラ『ごちそうさん』の撮影だったので、期間限定。「別の町で暮らしてみたい」という思いはずっと抱いていました。

移住のきっかけは、2019年のパリ子連れ旅行です。双子が3歳4カ月、長男が1歳10カ月の時、昔からの友人もいるし、思い立って、パリに行きました。子どもの遊ぶ施設の多さや種類、教育や考え方に興味があって。2020年2月に再びパリへ。「もうパリに住んでしまおうかな」なんて、友人との食事で笑っていました。帰国後、移住したい気持ちに火がつき、フランスに住んだ場合のライフプランについて企画書にまとめて事務所に出したんです。思いのたけを詰め込んだというよりも事務的な内容でしたね。

コロナ禍だったので、日々空間を越えた仕事が成立するようになっていた時期。リモート取材も可能だし、ブースを組み立てたら遠隔でナレーションの仕事ができる。バカンスもあるから東京に戻ってくることもできる。時差もありますが、リアルタイムでのやり取りが可能な時間は半日くらい。いろんなことが成立すると思ったんです。

企画書を出したら、事務所は「おもしろいね」という反応でした。上の子どもが小学校に上がる2年後に移住することを決めました。「移住までにドラマをしっかりやろう」「映画は撮影から公開までにタイムラグがあるから映画の仕事を何本か入れよう」とか、移住後の芸能活動にブランクを感じさせない工夫を考えて、後押しをしてくれました。

直前まで準備ができず

<「これでいいよりこれがいい」が座右の銘だ。行動力の原点は10代にあった>

10代後半、モデルとして海外で仕事をした時期に、「黙っていると何を考えているのかわからないから、とにかく何かを発することが大事だよ」とよく言われました。自分の意思を持って「これがいい」と思うことが大事だと痛感したんです。必ず意見が通るわけではないけれど、自分の意思を伝えたら円滑に進んだり、考慮したりしてもらえますから。

移住までの準備期間は2年ほど。「行くぞ、行くぞ」と思っていても、直前にならないと決まらないことが多い。ビザは行く予定の2カ月前くらいからしか受け付けていなくて。学校も、家が決まらないと難しい。心の底から「行ってきます」と言えるのは出発直前でした。


『杏のパリ細うで繁盛記』(著:杏/新潮社)

<杏さんは2022年8月、自身のYouTubeチャンネルでパリへの移住を発表。父で俳優の渡辺謙さんも出演し、海外での撮影経験もある謙さんがエールを送った>

父が海外で仕事をしていた時には、私は大きくなっていたので、一緒に住んでいたわけではなかったし、海外で働く父の姿を直接見ていたわけではありません。2拠点生活の計画を父に話したら、「いいんじゃない」みたいな感じでしたね。

父からは、移住後は、毎日連絡するようにと言われました。父も含めて友人や親せきには、画像共有アプリに入ってもらって、近況報告をしています。

気が楽になって

2022年、36歳のとき、子ども3人とパリに移住しました。日本との違いに驚くことも多いです。フランスの学校は、バカンスも長いし、水曜は学校がお休み。始業式や入学式、卒業式といった団体で何かをすることがありません。日本に比べると美術や運動、音楽について学ぶ機会が圧倒的に少ない。だから、学ばせようと思ったら学校のない日に習い事などで補填する必要があります。

日本は、家庭科でお裁縫や栄養のことを、スポーツや音楽も一通り教えてくれるので、恵まれていると感じました。ただ、フランスは、バレエとかサッカーとかひとつのことを突き詰めたいなら、空いた時間に一点集中できる。やりたいことが見つかった子にはすごくいいシステムかもしれません。

暮らしも変わりました。フランスをはじめ、ヨーロッパの国は、ちゃんとお料理をするのはゆっくり時間が取れる週末だけ。平日はお惣菜や切るだけのメニューです。

料理が好きでしたが、今は、平日は朝からお味噌汁作りのように火を使って調理するようなことはなくなりました。朝はそれぞれがヨーグルトやフルーツとか好きなものを食べています。料理という点では気楽になったかな。

日本に比べて、子どもの行動に大人が関わる場合が多いです。留守番や登下校は必ず大人が付き添う。でも、必ずしも親が動かなくちゃいけないというわけではない。シッターさんに依頼したり、お母さん同士で助け合ったりしています。

知らない街でも楽しめた

<移住後も、テレビCMや情報番組に出演、YouTubeではパリや東京での暮らしを発信する。2025年には主演ドラマの撮影のためフィンランドに子連れで3カ月移住。芸能活動が途切れるどころか広がっている>

「仕事でこれはできない」とあまり言いたくないんです。例えば、日本での仕事となると距離も時差もある。「明日、日本に来てください」と言われたら難しいかもしれないけれど、本当に必要だと思ったらその場でフライトを押さえるくらいの気持ちでいます。

パリにいるからこそご縁をいただいた仕事もありました。ヨーロッパでロケをする番組は、お声がけいただく機会が増えています。テレビ番組でイタリアのミラノやクロアチアにも行きました。「ヨーロッパなら杏がいる」と思っていただけるのはありがたいことです。


杏さんインスタグラムより。フィンランドでオーロラと共に。

2025年には、日本とフィンランド共同製作の『連続ドラマW BLOOD&SWEAT』撮影のため、子どもたちを連れて3カ月、フィンランドのタンペレに住みました。タンペレについて、よく知らなかったのですが、今ではまた住みたいと思うくらい好きです。3カ月いても飽きず、居心地が良かった。パリは移住前から何度も訪れていた街ですが、タンペレのように知らなくても楽しめる街があると分かりました。

40代の楽しみは…

移住してから、今まで触れることのなかった文化を知って、世界が2倍になったような感覚です。以前よりも「こうなるべき」という考え方がゆるくなってきました。パリでは、顔を知られていないので、海外にいる気楽さもある。

日本にいる時には子どもたちは、周りの人から優しくしてもらっていました。恩恵を受けていた側面もありますが、どこかフィルターがかかってしまう。フランスで、本当にただの親子として過ごせる機会もとても貴重で、のびのびと暮らしています。

「もう死ぬまで日本には帰らない」と決めているわけではありません。今は、私の意志でフランスにいますが、子どもたちが成長したら、それぞれの意志も出てくるはず。その時々の家族のスタイルに合わせて、住む場所も考えると思います。


『杏のとことこパリ子連れ旅』(著:杏/ポプラ社)

<エッセイの出版は9年ぶり。ライフステージが大きく変わった30代の日々が詰まった内容だ。2020年のパリ旅行では幼かった3人の子どもたちも、今や小学生になった>

子どもたちも成長しました。上の子が双子ですし、子ども同士で遊ぶことがすごく多かった。だからこそ、母親である私と子ども2人の時間を作りたくて。ママ友同士になった同級生たちとの旅行も考えています。今は、数時間だけ子育ての合間を縫って会っているけれど、そろそろ子どもが全員小学生に上がるので、「ママだけで泊まりの旅行に行きたいね」なんて話しています。

30代を振り返ると、充実した楽しい時間でした。がむしゃらに働いていた20代を経て、子育てに翻弄された30代。予定をどんどん詰めるタイプですが、40代は何もしない、考えない時間を大事にしたい。20代、30代とは異なる余白の大切さがあると思っています。

今は移住して4年。畑でいうと土を耕して種をまいた段階です。お仕事のスタイルとして、オファーを受ける立場なので半年後に自分がどこにいるかはわかりません。でも、やりたいと思った仕事はこれからも飛び込んでチャレンジしていきたいです。