「ハーレクイン」が歴史ロマンスシリーズを廃刊へ…いま北米で進む、物語に「過激な性描写」を求める層と「性描写を無くすこと」を求める層の二極化
ハーレクインといえば、大衆向け恋愛小説の代名詞的存在である。
たとえ読んだことがない人であっても、存在は知っているだろう。
そのハーレクイン社が、1988年に創刊された歴史ロマンス小説シリーズ「ハーレクイン・ヒストリカル」を2027年秋に廃刊にする。
実はいまロマンス小説は英語圏では今や全書籍売上の20%を占め、市場規模が10年前より倍増している成長ジャンルである。
つまり、ハーレクイン的なロマンスから新しいロマンスへと、覇者の交代が起きているのだ。
カギとなるのはひとつには「スパイス」――性描写の度合いである。
ハーレクインが時代に合わなくなっていった背景
性的表現の度合いに関する話はあとで掘り下げるとして、ほかにもトレンドの変化はある。
たとえばかつてロマンス小説は、スーパーマーケットなどの棚やワゴンで売られるような簡易な装丁のマスマーケット・ペーパーバックを主戦場としていた。
しかし2004年には1億3100万ユニットあったアメリカのマスマーケット・ペーパーバックの売上は、2025年には約1500万ユニットまで減少している。
代わってロマンスで主流となっているのは、より高単価で、装丁に凝った、持っておきたくなる/飾りたくなる/映えるタイプのトレード・ペーパーバックである。
読み捨てるように次々読むだけならWattpadなどのウェブ小説やKDPなどの電子書籍で十分であり、マスマーケット・ペーパーバックは中途半端な形態になってしまったのだ。
TikTok上の本や書店紹介動画ムーブメントであるBookTokでは、本の装丁や書店のロマンスコーナーの見ばえが重視されている。
さらにむずかしい問題として、ハーレクインは良くも悪くもブランドイメージが強固にあるがゆえに、若年層からは「年寄りくさい」と思われていることがある。
実際には35歳以下向けのレーベルAfterglow Booksを2024年に立ち上げるなどしているが、市場の反応は今のところ限定的だ。
ハーレクイン読者はレビューサイトGoodreadsなどに感想を熱心に書き込んだり、ショート動画で発信したりすることが少ない。
これはハーレクインは毎月、サブレーベルごとに数点を刊行し、新刊が発売されると前の月のものは撤去されるというサイクルの速さ(過去作がすぐに簡単には手に入らなくなる)に加えて、読者年齢がやはり相対的に高いことが一因だと思われる。
ハーレクインは今言ったように「決まったジャンル、テイストの作品を、毎月安定的・継続的に楽しみたい」という需要に応える刊行形態をしてきた。
しかし若い読者はどちらかといえばTikTokなどを通じて瞬間的・短期的な話題性を享受し、読者同士でコミュニケーションしたいという感覚が強い。
そこも相容れない部分だ。
結果、ハーレクインはBookTok発のロマンスブームの恩恵を受けているとは言いがたい。
過激な性描写「Smut(スマット)」の台頭
BookTokなどのロマンス・コミュニティでは、本を紹介する際に作品の「spice level」を段階に分けて評価することが一般的になっている。
たとえばレベル0のSweet/no spiceは性描写なし、レベル5はExtra Hotで性描写が物語の核にある非常に過激な作品だと位置づけられている。
TikTokなどでは露骨な表現が禁止されているため、Spicy levelまたは唐辛子の絵文字を使って形容するようになったようだ。
もっとも、それこそハーレクインもHeat levelというかたちで性表現の度合いを明示してきたので、これ自体は取り立てて新しいことではない。
ただし出版社側ではなく、読者側が主観的に評価している(したがって人によって評価がまちまちになる)点が異なる。
このトレンドを受け、北米では出版社や書店でも「spiceの強さ」を示して販売するようになってきている。
2020年代初頭にもっとも売れたロマンス作家コリーン・フーヴァーの場合、最大のヒット作である『It Ends With Us』はspice度はせいぜいレベル3とされている。
ただショート動画上では「これはヤバい!」と紹介したほうが盛り上がることもあって、レベル4や5の作品がフォーカスされることが少なくない。
そういうレベル4〜5の作品はしばしばSmutと形容されている。
Smutは「低俗な読みもの」を指す用語として昔からあったものだが、ウェブ上、とくにファンフィクション界隈でよく使われるようになり、性的な内容を露骨に強調した物語を指すようになった(今では蔑称という感じではなくなっている)。
ロマンスとファンタジーを融合させたロマンタジーの代表格であるレベッカ・ヤロスの『フォース・ウィング』シリーズはレベル4とされることが多いなど、話題作・ヒット作にも性描写がそれなり以上の作品もある。
2025年にドラマが爆発的にヒットしたことで最近北米でもっとも売れているロマンスだとされるレイチェル・リードのクィア・ホッケーロマンス――日本なら「BL」と呼ばれるだろう――『Heated Rivalry』も「ホッケースマット」だと形容されている。
ウェブ小説サイトWattpadで人気のロマンスも過激な性描写が珍しくなく、大人が問題視することもしばしばある。
これも伝統的なハーレクインではおおむね性描写は婉曲にされてきたことを思えば、大きな違いだ。
また、ロマンタジーと並んで一大潮流を作り出しているダークロマンスでは、誘拐や性暴力、支配的な関係が「深い愛」として描かれるが、これも倫理的にクリーンであることを基本的には志向してきたハーレクインとは異なる。
主流文学、リアリズム小説では性描写が減少
一方で興味深いことに、AtlanticやGuardianなどのメディアでは、ロマンスジャンルではない主流文学、リアリズム小説での性描写の減少について議論がなされていた(https://www.theatlantic.com/books/2026/02/sex-scenes-literature-heterosexual-romance/686148/)。
13歳から24歳までの1500人を対象にコンテンツ受容を調査したCenter for Scholars & Storytellers at UCLA (CSS)による「Teens and Screens 2025 Report」によると、
・全体の51.5%が恋愛よりも友情やプラトニックな関係を中心としたコンテンツをもっと見たいと考えている
・全体の47.5%が、ほとんどのテレビ番組や映画のストーリー展開にセックスは不要だと回答
・全体の44.3%が、メディアにおけるロマンスの多用が過剰だと感じている
・全体の約39%が、スクリーン上でもっとアロマンティックな、あるいはアセクシャルなキャラクターを見たいと回答
という結果になっている。
つまり奇妙なことに、北米では若い世代において、露骨な性描写をしばしばともなうロマンス人気の高まりと、「恋愛やセックスのないコンテンツやキャラクターが観たい」という欲求の高まりが同時に起きているのである。
ロマンスの読者と一般文芸の読者がそもそも重ならないのか、あるいはどちらも読むがそれぞれに求めるものが違うようになってきているのか(「ロマンスには性描写も求めるが、そうでない作品にはセックスも恋愛もいらない」と考えているのか)……このあたりのことを掘り下げている論考や文献は筆者が調べた限りでは見当たらず、どう解釈すべきなのか、むずかしいところだ。
ただ、コンテンツが湯水のように溢れる時代に、「これ」が見たくて楽しんでいるときに「これじゃないもの」を混ぜるな、と感じてスキップする気持ちはわかる。
ということは、今後はさらにロマンスはよりロマンスらしく、文芸はより文芸らしく分化・分業し、各ジャンルやカテゴリーの作品が提供する価値、ウリはより鮮明に、先鋭化していくのかもしれない。
しかしこれまた一方では、ロマンタジー(ロマンス×ファンタジー)のような「ジャンルミックス」のトレンドも英語圏の出版界では注目されているので、ますます解釈がむずかしい。
もっとも、これを「ジャンルをかけ合わせることによって、より強固に読者の特定のニーズを満たすものである」ととらえれば、今言ったような「ニーズの細分化&求める強度の高まり」というトレンドを共有している現象だとも言える。
ともあれ話を戻してまとめると、作品内容やパッケージ、有効なプロモーション手段、販売チャネル、読者コミュニティに至るまで、ハーレクインとBookTokで話題のロマンスは見事に異なり、時代の変化をあらわしている。
従来式のやりかたでは売れなくなっているジャンル、カテゴリーに携わっている人たちには、ぜひこの新旧の差を参考にしてもらいたいと思う。
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