2034年、スマホを持ち歩く人間は絶滅する…元マイクロソフトエンジニアが大予想「iPhoneに代わる次世代機」
※本稿は、中島聡『2034 未来予測 AI(きみ)のいる明日』(徳間書店)の一部を再編集したものです。

■【小説】「シースルー」
このデバイスには、カメラと骨伝導スピーカー、そして高性能AIアシスタントの「SACHI(サチ)」が搭載されている。 相手を見て「まばたき」をするだけで、視界には相手の名前や所属、過去の会話ログが半透明のウィンドウで浮かび上がる。さらにSACHIは、相手の些細な外見の変化から趣味を推測したり、ネット上の最新情報を検索したりして、最適な会話の切り出し方を耳元で囁いてくれるのだ。
高塚は、この「魔法のメガネ」を武器に、苦手としていた高田部長との商談に挑む。SACHIの鋭い観察眼と過去データの照合により、高田との「共通の母校」という接点や、その母校が野球の決勝戦を控えている事実を瞬時に把握。これらを絶妙なタイミングで会話に盛り込むことで、ビジネス上の付き合いを超えた「母校の先輩・後輩」という親密な間柄として信頼を勝ち取ることに成功する。
半年後、高塚は月額8000円の「プロプラン」を契約するほどこのデバイスに心酔していた。もはやSACHIは道具ではなく、「自分自身の脳の一部」を拡張したパートナーとなっていた。
しかし、24時間データの裏付けを提示し続けるAIのサポートは、時に情緒を欠いた残酷な側面も持ち合わせる。相手が「とっておきの品」として振る舞ってくれたワインに対しても、AIは即座に「ネットストアで3980円。セール中です」と「冷徹な数字」を突きつけてくるため、相手の純粋な厚意を素直に受け取れなくなる葛藤が生まれるのだ。
終盤、仕事に没頭するあまり結婚記念日を忘れてしまった際も、SACHIが先回りしてギフトを手配し窮地を脱する。すべてを見抜いている妻に「来年はちゃんと自分の頭で覚えておいてね」と釘を刺されながら、高塚は「何でも見抜いてしまう二人の女性(妻とAI)」に支えられた新しい日常を歩み始める。
■iPhoneが人間の生活を一変させた
「スマホに代わる“次のデバイス”は何だと思いますか?」
私が配信しているメルマガ『週刊 Life is beautiful』には、毎週のようにこうした質問が寄せられます。多くの人がこの問いに関心を持つのも当然でしょう。2007年にiPhoneが登場して以来、私たちの生活は一変しました。

変わったのは私たちの生活や習慣だけではありません。スマートフォンは、世界経済の主役そのものを入れ替えてしまいました。その象徴がAppleです。時価総額はいまや4兆ドル(約600兆円)を突破。
ここまで時価総額が跳ね上がったのは、単に「高価な電話機がたくさん売れた」からだけではありません。スマホという「常にネットにつながったデバイス」が人々の生活を支配したこと。そして、それによりあらゆるビジネスの主戦場が、「手のひらの上のプラットフォーム」へとシフトしていったからです。
もちろん、スマホがすべての商売を奪い取ったわけではありません。いまでも私たちは街のレストランで食事をし、デパートやショッピングモールで買い物を楽しんでいます。しかし、その店を「どうやって見つけるか」「どうやって予約し、どう支払うか」という決定権の多くは、スマホの画面の中に移りました。
人々の「関心」と「お金の出口」の多くをスマホが握るようになった。この「流れの入り口」を押さえたことが、Appleのようなプラットフォーム企業に莫大な富をもたらしたのです。
■革命の本質はデバイスの「形状」ではなく「知能の進化」
では、かつてのスマホのように、次は何が私たちの日常をひっくり返し、どの企業が主役になるのか。スマートグラスなのか、あるいはスマートリングなのか。ペンダント型のデバイスが躍り出てくるかもしれない。もしかすると、折りたたみ型のスマホが主流になると思っている人もいるかもしれません。

しかし、「次のハードウェアは何か」という視点だけで未来を予測している時点で、実は少しピントが外れています。なぜなら、次に起きる革命の本質は、デバイスの「形状」ではなく、その背後にある「知能」の進化にあるからです。
これまでは、デバイスそのものが主役でした。しかしこれからは、主戦場が「ハード」から「知能」へと完全にシフトします。デバイスがメガネの形をしていようが、指輪の形をしていようが、それは本質的な違いではありません。それらはすべて、背後にある巨大な知能へアクセスするための「インターフェース(接点)」にすぎないからです。
つまり、私たちが「次のスマホ」と呼ぶべきものの正体は、特定のハードウェアではなく、「24時間、自分と視界や音声を共有し、常に隣で支えてくれるパーソナルAIアシスタント」という新しいプラットフォームそのものなのです。
■スマホのように「必要な時に取り出す」必要がなくなる
では、この24時間寄り添うAIが、私たちの生活をどう変えるのか。その最たる変化が、小説の中でも描いた「記憶の拡張」です。想像してみてください。数カ月前に一度だけ会った人の名前。そのときに聞いた「娘さんが小学校に入学した」という何気ない世間話。そんな、多くの人の記憶からはこぼれ落ちてしまうような些細な会話の断片を、AIは漏らさず記憶しています。そして次にその人と目が合った瞬間に、そっと耳元で教えてくれるのです。
さらに、AIはあなたの記憶をサポートするだけでなく、いま置かれている状況をリアルタイムで認識し、適切な提案もしてくれます。お腹が空いたと言えば、以前テレビで見て気になっていた最寄りの飲食店を提示してくる。移動の際には、最もストレスのないルートを案内してくれる。
24時間あなたと共にいるAIは、あなたの好みの変化にも敏感です。時には良き相談相手になり、時には他愛のない雑談相手にもなるでしょう。これまでのスマホは、ポケットから「使うときに取り出す道具」でした。しかし、次世代のプラットフォームにおいて、AIは意識せずとも「常にそこにいるパートナー」へと変わります。私たちはいま、人生そのものを共有する「新しい知能」を手に入れようとしています。
■人類は「信用の損失」防止にお金を払うようになる
小説に登場したSACHIのようなAIアシスタントサービスは、本当に普及するのでしょうか。ここでは「なぜこのサービスが流行るのか」を、ビジネスモデルの観点から考えてみましょう。
この小説の主人公は、人の顔と名前を覚えるのが苦手な営業マンです。実はそのモデルの一部は私自身で、私も人の顔と名前を一致させるのが致命的に苦手です。街なかやイベントで親しげに話しかけられたとき、冷や汗をかきながら必死に記憶を掘り起こす。そんな経験は何度もあります。
特に私が拠点を置くアメリカ社会では、名前を呼んで挨拶することは相手へのリスペクトを示す重要なマナーです。名前を忘れることは、ビジネス上の信用を失うことにつながりかねません。だからこそ、もし小説に登場したSACHIのようなAIアシスタントサービスがあるなら、私は月額数万円を払ってでも喜んで使います。
私にとって、名前が思い出せない気まずい状況は大きなストレスですし、たった一度の「信用の損失」を防げるなら、あるいは相手の心象をよくできるなら、それくらいのコストは十分に見合う投資なのです。
■次世代デバイスの使用量は月額3000円ほどか
小説の中で、SACHIの利用料は月額3000円と設定しました。なぜこうしたAIアシスタントサービスは買い切りではなく、サブスクリプション型なのか。それは、AIの維持には膨大な「ランニングコスト」がかかり続けるからです。
リアルタイムで映像を解析し、膨大な過去データと照らし合わせ、自然な音声で回答を生成する。その裏側では、巨大なGPU(画像処理演算装置)を回し続けなければなりません。
サーバーの維持費、データの通信費、そして知能をアップデートし続ける開発費。これらを賄うには、継続的な課金モデルが不可欠です。月額3000円という価格は、現在のChatGPT Plus(有料プラン)を参考にしています。ユーザーの加入率・継続率と、サービス提供側の運用コストを天秤にかけると、そのあたりが妥当なラインでしょう。
■一度使うと「24時間AIアシスタント」からは離れられない
こうしたAIアシスタントサービスのビジネスモデルには、もう1つ重要な特徴があります。それは、ユーザーに対する圧倒的な「グリップ力」です。つまり、一度サービスを使ったユーザーをつかんで離さない力。

たとえば、長年使い続けている名刺管理アプリに不満を抱えながら、そのまま使う人が多くいます。これは蓄積された膨大なデータを移行するのが面倒だから。あるいは、携帯電話番号やメールアドレスを変えるとき、変更を伝えるのが面倒で、キャリア変更を断念した人も多いはずです。
24時間あなたに寄り添うAIアシスタントは、名刺管理アプリや電話番号、アドレス以上のグリップ力を持ちます。あなたがこれまでの仕事やプライベートで出会った数え切れない人の顔、交わした会話、その相手の家族の誕生日までをすべて記憶しているパートナーを、そう簡単に解約できるでしょうか。
AIは汎用的なツールではなく、あなたに密着して学習し続けることで、世界で唯一の「あなたのコンテクスト(文脈)を理解する存在」へと進化していきます。使い続けるほどに精度が上がり、代替不可能になっていく。これを乗り換える際の心理的・機能的障壁は、恐ろしいほど高くなります。
これは「気の利く秘書をリストラする」「長年連れ添ったパートナーと離婚する」レベルの話ではありません。たとえるなら、「長年かけて拡張してきた、自分自身の脳の一部を切り離す」ようなものです。
一度AIに記憶を預け、その便利さを知ってしまった私たちは、もはやAIなしの“裸の脳”には戻れなくなる。これこそが、今後のAIビジネスが持つ究極の収益基盤となるのです。
(後編へ続く)
----------
中島 聡(なかじま・さとし)
エンジニア、起業家、投資家
1960年北海道生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了1985年、同大学院を卒業し、NTTの研究所に入所。1986年、マイクロソフト日本法人に転職。1989年、米マイクロソフト本社に異動。ソフトウェア・アーキテクトとしてWindows95、Internet Explorer3.0/4.0、Windows98の基本設計を手がける。2000年、米マイクロソフトを退社。同年、Xevo(旧UIEvolution)を創業し、全米ナンバーワンの車載機向けソフトウェア企業に成長させる。現在、iPhone、iPadのアプリをはじめとした、さまざまなソフトウェア開発を行っている。シアトル在住。人気メルマガ「週刊 Life is beautiful」は約2万人の会員数を誇り(2025年1月時点)、まぐまぐ大賞・総合大賞1位を2年連続(2024年度、2025年度)で獲得。著書に15万部を超えるベストセラー『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』(文響社)、『メタトレンド投資 10倍株・100倍株の見つけ方』(徳間書店)など。
----------
(エンジニア、起業家、投資家 中島 聡)
