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第一印象は1970年代末の普通のファミリーカー

ラリーの参戦規定へ準拠するため生まれるホモロゲーション・モデルは、日常では秀でた能力を発揮しきれない場合が多い。シトロエンBX 4TCやフォードRS200などは、そんな一例だろう。他方、派手なボディキットをまとっただけでは、期待外れに終わる。

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今回ご紹介する、オペル・アスコナ 400は、実環境で不足ないスリルを味わわせてくれる。見た目も、しっかりラリーカーしている。これはドイツ中西部、リュッセルスハイムのオペル・クラシックが管理する極上な1台だから、なお一層。


オペル・アスコナ 400(1979〜1981年/欧州仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

ドアを開けば、ブラック1色のシンプルなインテリア。フロアには、厚みのあるカーペットが敷かれている。直線的なダッシュボードは飾り気がなく、スイッチ類が最小限並ぶだけ。もっとも、これは通常のアスコナと変わりない景色ではあるが。

シートとエンゲルマン社製のドアミラーは、アスコナ 400の専用アイテムで、ラジオデッキが収まる穴は塞がれている。ところが発進直後の印象は、至って普通な1970年代末のファミリーカー。グループ4のホモロゲーション・モデルだとは感じにくい。

想像以上にレスポンシブなエンジン

当時のオペルは、アメリカのゼネラルモーターズ(GM)に買収され、保守的な設計が良しとされた。洗練された操縦性より、信頼性や乗りやすさが優先された。エンジンはアイドリング時から少しノイジー。シフトレバーは締まりに欠け、ブルブルと共振する。

低い速度で凹凸を通過すると、タイヤが跳ねるような揺れが届くものの、サスペンションは柔らかく乗り心地が良い。右足を軽く傾けている限り、快適にカーブが続く裏道を流せる。徐々に、アスコナ 400との距離を縮めていける。


オペル・アスコナ 400(1979〜1981年/欧州仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

信頼関係を築けたころ、アクセルペダルを少し深めに倒してみる。ありふれた第一印象のエンジンが、想像以上にレスポンシブなことへ気付く。鋳造された長いインジェクション・マニフォールドから、吸気音が響く。

2.4L 4気筒はコスワースがチューニング

フロントに収まるのは、コスワースがチューニングした自然吸気の2.4L 4気筒。ヘッドは16バルブのツインカムで、高精度に組まれ、バランサーシャフトは備わらない。全域でトルクが太く、弾けるように四角いボディを押し出してくれる。

1970年代初頭のGMは、フォードとコスワースの連携で生まれた、DFVとBDAユニットをうらやんだ。そこで傘下ブランドのシボレーは、同社へF2用エンジンの開発を依頼。量産モデルのエンジンへ展開し、シボレー・ヴェガ・コスワースに載っている。


オペル・アスコナ 400(1979〜1981年/欧州仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

他方、GM傘下になったオペルも、同時期に高性能な16バルブの4気筒エンジンを開発していた。大西洋を挟み、各部門の連携が不充分だったことがうかがえる。

オペルが有するCIHユニットをベースに、ヘッドをツインカム化。1975年にそのKAAユニットは発表されるが、信頼性は低かった。当初の目的だったF2マシンではなく、グループ4マシンへの採用が検討されるが、コンロッドが折れやすかった。

自然吸気で278psを引き出したグループ4仕様

そこで1978年に、シボレーで前例のあったコスワースへ、KAAユニットの改良が依頼される。コンロッドは鍛造品になり、新たなピストンとツインカムヘッドを採用。クランクシャフトは、信頼性の高いディーゼルエンジンから譲り受けた。

量産用ユニットへの提案もあり、その成果からコスワースへ厚い信頼を抱いたオペルは、アスコナ 400とマンタ 400用のシリンダーヘッドの生産も委託している。合計、1000基から1200基が生み出されたようだ。


オペル・アスコナ 400(1979〜1981年/欧州仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

完成した2.4LのKAAユニットは、グループ4仕様で自然吸気ながら278psの最高出力を達成。量産仕様では、約半分の144psへ落とされていたが、排気量としては悪くない、21.3kg-mの最大トルクが引き出されていた。

この続きは、オペル・アスコナ 400(2)にて。