SNSで話題の“日本の蒸しパン好きのイギリス人”を直撃。「僕の人生を救った」蒸しパンの大きな意味とは?
--SNSにも蒸しパンの写真を投稿されていましたね。
蒸しパンを“主役”にするために、構図はしっかり考えて撮りました(笑)。そしたら「構図が完璧」「ドローンで撮ったの?」といったコメントをたくさんいただいて、蒸しパンの魅力を広められたのが嬉しかったです。
僕にとって蒸しパンは、ただの食べ物ではありません。人生の中で大きな決断をしなければならなかった時期と結びついている、重要な思い出の一部なんです。その時に「どんなに不可能に思えても、ほとんどの場合は道がある」と教えてくれた存在でもあります。
--他にもSNSでの投稿を、自然な日本語で書かれています。なぜそんなに日本語が話せるんですか?
きっかけはゲームです。キャラクターが必殺技を出すときに日本語で叫ぶのですが、当時は何を言っているのか全く分からなくて、逆にそれがどんどん面白くなったんです。アーケードでは日本人プレイヤーに意味を尋ねたりしていました。
『King of Fighters』にはキャラクター同士の独特な掛け合いがあって、「どないでっか?」「ぼっちぼっちでんな!」といった関西弁や、博多弁、沖縄の方言まで登場します。「なんだこの言葉は!?」と強く興味を惹かれました。
僕にとって日本語は、まず「響き」が魅力的でした。発音も独特で、リズムも面白く、英語にはない表現がたくさんある。「まったく違う世界がここにある」と感じて、そこからどんどんのめり込んでいったんです。
--どんなふうに勉強したんですか?
最初はロンドンの友人から教科書を借り、日本語を学んでいた交換留学生にアーケードで話しかけて、意味を聞いてはメモする……その繰り返しでした。その後、語学学校で基礎クラスを受講して、ひらがなは1週間、カタカナは1日で覚えました。集中して、夢中で学びました。
実は、日本に長く住んだことはありません。1998年の初渡航では7週間滞在しましたが、それ以降は長くても2週間〜1か月ほどです。
住んだ年数より、「どれだけ好きか」のほうが大きいと思います。僕は「日本語を話せるようになりたい」ではなく、「どうしても話したい」だった。それが短期間で習得できた理由だと思っています。
日本はイギリスとはまったく違います。ゲームに興味がなくても、日本を訪れる価値はあります。当時、ロンドンで抱えていた大きな問題から気持ちを切り替える良いきっかけにもなりました。
だから日本が大好きになりましたし、今でも日本語を勉強し続けています。日本語を学ぶことで、異なる文化・価値観を持つ人々の考え方を理解する助けにもなりましたし、その過程で自分自身を深く知るきっかけにもなりました。
--好きな日本語はありますか?
「七転び八起き」です。たとえ今がどん底でも、そこから“ベネフィット”を見つけられる。蒸しパンだって、つぶれてもまたふくらむでしょう? 人生もきっと同じだと思うんです。
◆「ただのプレイヤー」で終わらない。伝える人、支える人としての現在地
--現在はどのようなお仕事をされているんですか?
いまはプロゲーマーというより、ゲーム業界のアンバサダー的な役割がメインになっています。たとえば、セガの『バーチャファイター』ではIPアンバサダーとしてイベント運営に関わり、コミュニティのプレイヤー同士が円滑に交流できるようサポートしたり、アドバイスをしたりしています。オフラインイベントの運営・解説・分析なども行っています。
--プレイヤーとしての実績があるからこその役割ですね。
僕がやりたいのは「勝者だけが光を浴びる世界」じゃなくて、「関わった人みんなが何かを得られる場」をつくること。自分が若い頃に、そんなサポートがあったらよかったなと思ったので。
