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小学館の漫画アプリ「マンガワン」編集部が、性加害事件で刑事罰を受けたことを把握しながら、その漫画家を別名義で再起用していた問題は、「加害者の更生」と「被害者への配慮」という二つの難題を社会に投げかけた。

被害者支援に取り組む上谷さくら弁護士は、性加害者と性被害者の「その後」がこれほどまでに注目された例はほとんどなかったと語る。

一般に、性被害事件では、刑事罰や民事賠償で法的な「決着」がついたとしても、被害者にとっての「被害」は長く継続するものだからだ。

はたして加害者の「更生」は、どのように実現されるのか。上谷弁護士に見解を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)

小学館謝罪、問題の背景

北海道の私立高校の元生徒が、当時講師をつとめていた漫画家から性被害を受けたと訴えている訴訟では、一審に札幌地裁が男性の不法行為を認め、1100万円の賠償を命じた(双方が控訴中)。

この訴訟では、編集者が示談に関与したとされる経緯も明らかになった。小学館はその後、この漫画家の作品配信を停止。さらに、別のペンネームで再起用していた事実について「女性の人権を蔑ろにした」として管理監督責任を認め、謝罪した。

●元生徒の悲痛な訴え「前科がある人であっても」

被害女性は代理人を通じて声明を発表。非を認めず謝罪もしない「加害教員」への憤りをつづる一方で、再起用そのものについてはこう言及した。

「前科がある人であっても、絵を描いたりストーリーを考えたりすることはしても良いと思いますし、そういう人に発表の場を与えることも、一概に悪い事だとは考えていません。

ただ、私は、加害教員の漫画を読んでくれている読者に対して誠実に、休載の本当の理由を伝えるべきだと思っていただけなのです。

加害教員には、犯罪行為を認めて充分な対処をした上で、二度としないと約束してから次に進んでもらいたいと考えていました」

性加害に及んだ人の立ち直りと、性被害者の心情をどのように考えるべきだろうか。

●性加害者への本音「消えてくれたらいいのに」

被害者支援に取り組む上谷さくら弁護士は、多くの被害者から「加害者は消えてくれたらいいのに」「どこかで死んでほしい」といった本音を聞いてきたという。

それでも上谷弁護士自身は加害者の更生を強く望む。それは「被害者にとっても悪いことではない」と考えているからだ。

「加害があったからといって人生を終わらせることはできません。罪を犯しても再起を認める社会であるべきです。また、加害者が更生すれば、自分と同じつらい思いをする人が二度と現れない。被害者が大変な思いをして被害申告をする背景には、そんな願いも込められています」

ただ、生半可な覚悟で、その「更生」を実現することは難しい。

●「二度と会いたくない」被害者の思い

裁判や和解協議の場では、判決や和解によって事件が「解決」したとされても、PTSDが再燃するケースは少なくない。

事件から何年も経った後でも、加害者の名前や関わった作品を目にすることで、苦しみがよみがえることがあるという。

「被害者は、加害者に二度と会いたくないと考えています。加害者に対して、少なくとも自身の安心と安全は保障してほしいと求めているのです」

●表舞台に出る人間が性加害に及ぶべきではない理由

たとえば、テレビ番組などで加害者の姿を突然目にすれば、被害を思い起こしてしまう。被害者側からそれを防ぐことは難しい。

「だからこそ、テレビに出たり、創作の世界で活動したりしているのであれば、なおさら性加害をしてはいけないのだということを広く理解してもらいたいのです」

更生や活動再開にあたっては、被害者の目にできるだけ触れない形で活動すべき──。上谷弁護士はそう指摘する。

「能力を生かして、ペンネームを変えて活動すること自体を悪いとは思いません。それでも、表現活動を再開する場所や作風を変えるなどして、被害者が加害者の存在を思い起こさせないよう努力を続けるべきではないでしょうか」

●ペンネーム変更と「被害者に知らせる」ことの是非

マンガワンでは、別のわいせつ事件で有罪判決を受けた漫画家を、別名義で『星霜の心理士』の原作者として復帰させていたことも明らかになった。

編集部は再発防止の取り組みを確認するプロセスを踏み、作画担当にも経緯を伝えたうえで受諾されたという。

関係者の合意のもとで進められたペンネーム変更だったが、被害者には知らされていなかったようだ。

この点について、上谷弁護士は、ペンネーム変更を被害者に知らせることが、必ずしも適切とは限らないと指摘する。

●「加害者が更生に向けて進んでいる」と言えるには

「知らせることが誠意なのか。それが単なる自己満足になっていないか。知らせることで被害を思い出し、被害者が苦しむ可能性について、どこまでも思いをめぐらせるべきです。

加害者が法的に罪を償っても、被害そのものは消えません。被害者を傷つけずに生きていこうと考え続けていれば、加害者は更生の道を歩んでいると言えるのかもしれません」

●「罪を認めて謝罪してほしいのは復讐が怖いから」

被害者が何より望むのは、加害者が罪を認め、謝罪することだという。

「逆に言えば、最も被害者を苦しめるのは、加害者が罪を認めず謝罪しないことです」

なぜ被害者は罪を認めてほしいと願うのだろうか。

「怖いからです。罪を認めないということは、自分の行為が悪いと理解していない証拠です。刑期を終えた後、復讐に来るのではないかという恐怖が消えないのです」

現在、小学館では第三者委員会による調査と再発防止策の提言が待たれている。加害者の再起と被害者への配慮をいかに両立させるのか。難しいテーマではあるが、その仕組みづくりが社会に問われている。

【取材協力弁護士
上谷 さくら(かみたに・さくら)弁護士
福岡県出身。青山学院大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。新聞記者として勤務した後、2007年弁護士登録。犯罪被害者支援弁護士フォーラム(VSフォーラム)事務次長。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員、こども性暴力防止法施行準備検討会委員、保護司。著書に「新おとめ六法」(KADOKAWA)、「犯罪被害者代理人」(集英社新書)など。
事務所名:桜みらい法律事務所