これを下回ると酩酊くらいで終わってしまい、超えてしまうとたった数gなのにもかかわらず、翌日は二日酔いに襲われるのだ。

どのように計算していたかというと、当時、スマートフォンに沖縄県が開発した「うちな〜節酒カレンダー」という、日々の飲酒を記録するアプリを入れていた。

これは「どのようなお酒を何杯飲んだのか?」ということを記録して、飲み過ぎを防ぐためのアプリで、例えば「ビールを1本」飲むと画面上のシーサーがニコニコ顔で「ほろ酔い期」となり、ストロング系を2本飲めば目がグルグル回っているシーサーが「酩酊期」を示してくれるものだ。

ただ、筆者はこのシーサーに毎晩150g以上のアルコールを飲ませていたため、常に「昏睡期」に陥らせてしまい、シーサーは小便を垂らしながら、白目を剥いて倒れていた。

そういえば、一度、吉祥寺でガールズバーのキャッチに声をかけられたことがある。普段は聞く耳も持たないのだが、その日は仕事がうまくいき、みんなからもチヤホヤされたため、気分よくホイホイついてしまった。

そこで、ブラックニッカをロックでガバガバ飲まされた結果、記憶を失ってしまった。気が付いたら、家のベッドの上。手元にはタクシーのレシートと10万円の領収書があった。決して、筆者もザルのように酒を飲めるわけでもないのだ。

ただ、この10万円で何本、ストロング系が購入できたのだろうか……。

◆どうも記憶が曖昧。脳みそが溶けていた?

胃が荒れない飲み物であるストロング系を、濃い味の弁当と共に流し込む。そして一服をキメる。これが1日の締め方であり、楽しみだった。どれだけ、仕事で疲れてもこの1日の締めさえあればやっていける。

多分、ストロング系を1缶飲むたびに脳がトロトロと溶けていった気がする……。いや、もしかすると、本当に溶けたのかもしれない。というのも、この頃の記憶は非常に曖昧なのだ。

よく「子どもの吸収能力は乾いたスポンジのようだ」というが、筆者の場合はすでにストロング系でビチョビチョのスポンジに、さらにストロング系をぶちまけて、吸収力という名のスポンジを酒浸しにしてしまった。

そんな飲み方をするくらいであれば、編集者なのだから、居酒屋やバーに行ってそこでお酒を嗜みながら交友関係を広げていくべきだろう。しかし、20代前半の筆者は毎日、居酒屋で晩酌できるほど金はない。同業者が集まるゴールデン街のバーなどもってのほかで、法外な値段に感じた。

それに、普段は家でひとりで飲んでいるため、飲み会などで居酒屋に行ったとしても、その帰り道に「1日の締め」のため、改めてストロング缶を買うのだから意味がない。

きちんと、158gにするために、例のシーサーのアプリに飲み会で飲酒した量を打ち込み、何缶まで飲めるのかを確かめていたのだ。ただ、飲み会が終わった時点で、アプリのシーサーはとっくに倒れている

だったら、せめて自炊でもすればいいのだが、母親が料理上手だったため、それと比べると自分の作る料理はなにを作ってもマズい。自己嫌悪に陥り、冷蔵庫にはチューブのわさびや梅肉しか入ってないほどだ。ちなみに、アルコールは常備すると際限なく飲んでしまうため、毎晩購入していた。

一度、母親が作ったことのないメニューを作ろうと思い、にぼしをミキサーで削り、豚骨を砕いて本格的にラーメンを作ったが、苦労とかかった金額の割に3食分くらいしかスープができなかったため、心の中でなにかが折れてしまい、『ガチンコ』(TBS系)の「ガチンコラーメン道」の佐野実のごとく、スープも麺もすべてシンクに流して捨てた。アルコール依存症のくせに妙に繊細なのだ。