美味しい寿司の条件は何か。さかなプロダクション代表のながさき一生さんは「美味しい寿司をつくるためにシャリは土台となる。さらに寿司は、ネタと米だけでは成立しない。それをつなぐ身近な調味料が、寿司を成立させるための重要な役割を担っている」という――。

※本稿は、ながさき一生『寿司ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

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■寿司は「シャリ6割ネタ4割」

私たち食べる側からすると、お寿司といえばネタをイメージすることがほとんどでしょう。ところが、多くの寿司職人たちは「シャリ6割ネタ4割」と口を揃えます。

これは、シャリの方がネタより重要だと言いたいわけではありません。どれほど最高のネタを揃えても、シャリが良くなければおいしい寿司にはならないという意味です。

寿司とは、素材の良し悪しを足し算する料理ではなく、全体のバランスによっておいしさが決まる料理です。

そもそも寿司は、シャリにネタとなる魚の身などが乗って初めて完成します。

シャリがなければ刺身になり、ネタがなければ酢飯になる。どちらか一方だけでは寿司とは呼べません。重要なのは、シャリとネタが同時に口に入り、一体となったときに、刺身では味わえない「寿司ならではのおいしさ」が立ち上がることです。

その中で、シャリは土台としての役割を担っています。

シャリは、ネタの旨みや脂を受け止め、全体をまとめあげる存在です。シャリの味や食感が少しでも崩れると、寿司全体の印象は大きく変わってしまいます。だからこそ職人たちは、シャリの出来をとても重要視しているのです。

理想のシャリとは、単に「おいしいごはん」であることを指すわけではありません。白米として食べて美味しいごはんが、そのまま寿司に向くとは限らないのです。

■「シャリか、ネタか」の最終結論は出ない

理想のシャリは、手に取ったときにはきちんと形を保ち、持ち上げても崩れません。しかし、口に入れた瞬間には、力を入れずともはらりとほどけ、ネタと自然になじんでいきます。魚の旨みを最大限に引き出す味わいが求められます。

そのため職人たちは、炊き上がった米の水分量や粒の張り具合を細かく見極めながら仕込みを行います。その日の気温を考慮し、炊き加減や合わせ酢がどのように米粒に吸収されていくかまで逆算しながら仕込まれています。

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これらを考慮しながらシャリを安定してつくることは、決して簡単なことではありません。かつては「シャリ屋」と呼ばれる、飯炊き専門の職人がいたほどです。

ネタを扱う職人とは別に、シャリだけを任される人が存在したのです。それほどまでに、シャリづくりは寿司の要であり、熟練の技術と経験が求められる仕事だったのです。

寿司の中心は、シャリか、ネタか。

この問いに明確な答えが出ないのは、寿司がどちらか一方を主役にする料理ではないからでしょう。シャリとネタが一体となったとき、初めて寿司は完成します。

ネタの品質や鮮度、仕込みといった仕事へのこだわりはもちろんのこと、ネタの旨みを最大限に引き出すものとして、シャリは重要な役割を果たしています。ネタとシャリ、そのベストな組み合わせを探り続けることこそが、寿司という料理の核心なのではないでしょうか。

■寿司に理想的な米の条件

コシヒカリ、つや姫、ミルキークイーン。

白米を選ぶとき、銘柄を意識する人は少なくありません。甘みが強い、もちもちしている、冷めてもおいしい。私たちは日常の食卓では、「ご飯そのもののおいしさ」を基準に米を選んでいます。

寿司も同じく米を使った料理ですから、「どんな米を使うのか」は寿司の味を左右する大きな要素になります。

ところが実は、寿司に向く米と、普段の食卓で「おいしいご飯」とされる米は、必ずしも一致しません。ここでは、米そのものの性質に目を向けながら、寿司に向く米、向かない米の違いを整理してみましょう。

まず、寿司に理想的な米の条件です。

寿司に向く米には、大きく分けて3つの特徴があります。あっさりとした味わいであること、粘りが強すぎないこと、そして調味料が米粒の中まで浸透しやすいことです。

1.あっさりとした味わいであること

寿司では、米が単体で主役になるわけではありません。

ネタと一緒に口に運ばれたとき、全体としてどう感じるかが重要になります。そのため、米自体の旨みが強すぎると、ネタと合わせた際にシャリの存在感が前に出すぎてしまいます。あくまで控えめで、ネタを引き立てるあっさり感を持っていることが、寿司米には求められます。

2.粘りが強すぎないこと

また、粘りの強さも重要なポイントです。粘りが強い米は、口の中でまとわりつきやすく、シャリとしてまとめたときに「ほどけにくさ」が出ます。寿司では、噛む前からほろりと崩れ、ネタと自然に一体になる食感が理想とされます。そのため、もちもち感が評価される米ほど、寿司には扱いづらい側面を持っています。

3.調味料が浸透しやすいこと

酢や塩、砂糖といった味が、表面だけでなく米粒の内部まで均一に入り込むこと。これができないと、シャリの味にムラが生まれ、一貫としてのまとまりが失われてしまいます。寿司米にとって重要なのは、「味が強いこと」ではなく、「味がきちんと馴染むこと」なのです。

■もちもちしておいしい米でも寿司は別

こうした理由から、寿司の世界では新米よりも古米が好まれることが少なくありません。新米は水分量が多く、柔らかく炊き上がるため、寿司にすると重たく感じられる場合があります。

一方、古米は水分が落ち着き、炊いたときに余分な水分を抱え込みにくい。その結果、調味料が入りやすく、寿司に求められる「軽さ」や「ほどけやすさ」を出しやすくなるのです。

具体的な品種を見てみましょう。寿司屋でよく使われるのは、ササニシキ、あきたこまち、はえぬきなどです。いずれも、粘りが控えめで、あっさりとした後味が特徴です。

日本で生産量の多いコシヒカリを使うところもありますが、コシヒカリは粘りが出てしまうので精米度合いや研ぎ方で調整したり、ブレンドしたりして使うこともあります。また、つや姫も寿司に合うお米の1つでしょう。

反対に、寿司に向かないとされる米もあります。

代表的なのが、ミルキークイーンに代表される低アミロース米です。これらの米は非常に粘りが強く、冷めても柔らかさが残ります。

家庭の食卓では「もちもちしておいしい」と高く評価されますが、寿司にすると口の中でまとまりすぎてしまい、ネタとの一体感を損ねやすい。ここに、「ご飯として美味しい米」と「寿司に向く米」の違いがはっきりと表れています。

また、最近では、寿司米向きの品種として「笑みの絆」という品種も開発されています。また、ササニシキとひとめぼれを掛け合わせた「東北194号」も寿司に向くとされ、一定の基準を満たしたものは「ささ結(むすび)」という銘柄で展開されています。

これからも米の品種改良は進められていくので、どんな寿司に合う米が誕生してくるのかが楽しみです。

■酢、塩、砂糖……美味しいシャリをどうつくる

シャリとは、炊き上がったご飯に合わせ酢(酢・塩・砂糖)を加えて仕上げたものです。使う調味料だけを見れば、とてもシンプルです。しかし、その味は決して単純ではありません。

どれほど良いネタを使っても、シャリが良くなかったら美味しい寿司にはなりません。そのため、シャリづくりは、寿司屋の理想とする味を実現するために、極めて繊細に設計されています。ここでは、シャリを構成する調味料に焦点を当てて見ていきましょう。

シャリの味を最も強く特徴づけるのが「酢」です。

写真=iStock.com/Michelle Lee Photography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Michelle Lee Photography

寿司屋で使われる酢には、大きく分けて米酢系と赤酢系があります。米酢は、米を主原料として造られ、透明感があり、酸味がすっきりとしているのが特徴です。えぐみや雑味が少なく、素材の風味を邪魔しにくいため、白身魚や繊細なネタとも合わせやすい酢です。

一方、赤酢は熟成した酒かすを原料とし、米酢と比べてアミノ酸を多く含み、うま味や香りに厚みがあり、個性があります。

色味もやや濃く、酸味も角が取れてまろやかです。仕事を施して風味を引き出したマグロや、味の強いネタと合わせても、シャリが負けずに存在感を保ち、寿司全体に奥行きを与えます。

江戸時代の握り寿司では、赤酢が使われていました。その後、米を原料とした米酢が普及すると、白いシャリの色が生き、見た目も美しく、ネタの色合いを引き立てることから、次第に米酢が主流になっていきました。

現在、多くの寿司屋で米酢が使われているのは、素材の風味を邪魔しないという実用的な理由によるものです。

しかし近年では、赤酢が持つ香りやまろやかさ、その伝統に改めて価値を見出し、あえて赤酢を使う店も増えてきています。

■シャリに照りを出し、米ふっくらの調味料

次に、塩です。

塩は目立たない存在ですが、シャリの味を成立させる上で欠かせない役割を担っています。使われる塩は店によってさまざまですが、溶けやすさ、ミネラルの含有量などが考慮されます。

これらの違いが、口に入れた瞬間の味の立ち上がりや、後味に影響します。一方で、すし酢の主役はあくまでも酢であり、塩にはそれほどこだわらない場合もあります。

次に砂糖です。

砂糖は、寿司のシャリにおける甘みについて果たす役割大きいところですが、単に「甘くする」ためのものではありません。酸味や苦味を和らげ、味に丸みを持たせ、全体をなめらかにつなぐ役割も果たします。

砂糖を使うことでシャリに照りが出て、酢の酸味が角張らず、米もふっくらと仕上がります。また、デンプンの老化を抑える効果があるため、シャリの状態を保ちやすくなるという実用的な側面もあります。

こうした理由から、砂糖が広く流通するようになった1950年代以降、多くの寿司屋で砂糖が使われるようになりました。

一方で、砂糖を使わないという選択をする店も少なくありません。すし酢はもともと酢と塩のみで作られていたという歴史に立ち返り、あえて甘みを加えないことで、シャリをよりシャープに仕上げるというその判断がなされることもあります。

■寿司を成立させるための身近な調味料

なお、上白糖や三温糖、きび砂糖など、私たちが日常で使うオーソドックスな砂糖が使われる場合が多いようで、特殊な砂糖を用いる話はあまり聞きません。

ながさき一生『寿司ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)

塩もそうですが、すし酢の主役はあくまでも酢であり、酢にはこだわりつつも、すべてにこだわっていてはバランスが崩れてしまうということなのだと私は解釈しています。

また、回転寿司などの大規模な業態では、酢の納品業者が使う米に合わせてすし酢を調合・調整し、大ロットで納品することが多いようです。

寿司は、ネタと米だけでは成立しません。それをつなぐ、酢・塩・砂糖は、どれも、身近な調味料でありながらも、寿司を成立させるための重要な役割を担っています。

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ながさき 一生(ながさき・いっき)
魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師
1984年、新潟県糸魚川市にある「筒石」という漁村の漁師の家庭で生まれ、家業を手伝いながら育つ。2007年に東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売会社に就職し、水産物流通の現場に携わる。その後、東京海洋大学大学院で魚のブランドや知的財産の研究を行い、修士課程を修了。2006年からは、ゆるい魚好きの集まり「さかなの会」を主宰。2017年に「さかなプロダクション」を創業し独立。食としての魚をわかりやすく解説する中で、ふるさと納税のコンテンツ監修、ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修、寿司の絵本や図鑑の監修を手がける。水産業を取り巻く状況を良くし、魚のコンテンツを通じて世の中を良くするため、広く、深く、ゆるく、そして仲間たちと仲良く活動している。著書に『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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(魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師 ながさき 一生)