明治生まれの鎌倉銘菓「鳩サブレー」が、令和のいま史上最高売上を更新している。きっかけの一つは、ドラマで目黒蓮さんが食べたシーンだった。だが、好調の理由はそれだけではない。豊島屋4代目社長の久保田陽彦さんが貫く“売らない・広げない経営”に、フリーライターの弓橋紗耶さんが迫る――。

■女性客や親子連れでにぎわう店内

平日の昼下がり。鎌倉の「豊島屋」本店を訪れると、修学旅行生や老若男女の観光客、外国人旅行者で賑わっていた。みなの目的は、名物「鳩サブレー」だ。それぞれが迷う様子もなく、次々とカウンターで注文を済ませていく。

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平日にもかかわらず、注文カウンターは常に盛況だった - 筆者撮影

そのなかで、ふと目に留まったのは、若い女性客や親子連れの姿だ。彼女たちは入店するなり、「鳩サブレー」のあるショーケース……ではなく、店内の一角にあるグッズコーナーへとずんずん足を進めていく。

「あのポーチ、ふわふわでかわいい!」
「この消しゴム、かわいすぎて使えないよー」
「○○さん、これ仕事の合間にどうですか?」

会社の同僚と見られるグループ客は、ボールペン上部に取り付けられた鳩型のおもちゃ「ハトカー」をその場で走らせて、大いに盛り上がっていた。

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豊島屋の店内。右側の商品棚は、上から見ると「鳩サブレー」の形になっている(写真の一部を加工しています) - 筆者撮影

商品棚を見ると、付箋・クリップ・指サックなど文具のほか、鏡・箸置きなどの雑貨も並んでいる。これらすべてに「鳩サブレー」のマークや、オリジナルキャラクター「鳩兵衛」がデザインされていた。

和菓子屋で、こんなに多くのグッズが販売されているとは――。正直面食らってしまった。

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大人気商品「鳩ぽっぽーち」は、「おひとり様2個まで」と購入制限がなされていた - 筆者撮影

「鳩サブレー」は今から約130年前、明治時代に発売された商品だ。けれど意外なことに、近年になって過去最高売上を更新しており、顧客層の幅が広がっていると言う。明治生まれの「鳩サブレー」が、なぜ令和になってブレイクしているのだろうか。

■最初のきっかけは目黒蓮さん

最近になって「鳩サブレー」が注目を浴びるようになったきっかけは、2024年に放送されたフジテレビの月9ドラマ、『海のはじまり』だ。主演の目黒蓮さんが劇中で食べていたことから、放送後に注文が殺到。一時はECサイトのサーバーがダウンした。

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店頭のショーケースに並ぶ、「鳩サブレー」 - 筆者撮影

さらに、ドラマでは「鳩サブレー」が「誰かにもらったお土産」ではなく、「自分のために買うお菓子」として描かれた。世間では「定番土産」のイメージが強かったことから、視聴者にとっても、その衝撃は大きかったようだ。けれど、先入観を持たない若者が、同じように「日常のおやつ」として購入するケースが増えたらしい。

「もともとメインの購買層は40〜60代のお客様で、いただき物のイメージが強かったわけです。それが、ドラマで若い俳優さんが『自分用に買った』というセリフを言うのを見ましてね……。あのシーンはもう、私もびっくりしました(笑)」

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4代目社長の久保田陽彦氏 - 筆者撮影

そう語るのは、4代目社長の久保田陽彦氏だ。てっきり事前に知っていたのかと思いきや、当事者すら想像しなかったシーンだったとは、驚きである。

■鳩グッズがもたらした追い風

翌年には、フジテレビのドラマ『続・続・最後から二番目の恋』に「鳩(キュウ)ホルダー」が登場。すると、放送翌日に本店には長蛇の列ができ、1日で1000個が売れた。

※編集部註:初出時、「日本テレビのドラマ」と表記していましたが、正しくはフジテレビでした。訂正します(2月23日14時8分追記)

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右:ドラマに登場し、人気が爆発した「鳩ホルダー」 - 筆者撮影

同時期に、SNSでも別の鳩グッズがバズっていた。購入者が「鳩サブレー」や鎌倉の風景がなぞり書きできる「鳩型定規」の画像を投稿すると、8万7000件もの「いいね」がついたのだ。

「使い道に困るが欲しい……」
「これで何を書くんだ(笑)」

ネットでは困惑する声も上がっていたが、商品は即完売。再販したところ、今では累計数千個が売れているそうだ。

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筆者も購入してみると、見事にきれいな「鳩サブレー」が描けた - 筆者撮影

業績好調な理由はもう一つある。それは、年に1回全社を挙げて行っている、「鳩の日」イベントだ。「豊島屋」では毎年8月10日を「鳩の日」と定め、当日限りの商品を販売している。この限定商品がすこぶる人気で、近年はイベントの認知度とともに、当日売上が急上昇。メディアで取り上げられることも増えた。

■「売らない・広げない」戦略

ドラマや鳩グッズ効果で若年層の顧客を獲得できたことで、今年で創業132年を迎える「豊島屋」は、前期(2025年8月期)に過去最高売上を更新。さらに、今期もその記録を超える見込みだという(同社は売上高を公表していない)。だが、その販売戦略を紐解くと、実は大きく矛盾している点があるのだ。それは、一貫して「売らない・広げない」戦略をとっていることにある。

「基本的にグッズは本店でしか販売していません。すると、量産しないから意外と仕入れ単価が高いんですよね。最初のロットが全部売れても、ギリギリ赤字を免れるレベルで、1ロット追加されたら少し利益が出るくらいです。おかげさまで事業は成長してますけど、これまで以上に急激拡大することは、まったく考えてないですね」

なぜ、売れるときに拡大しないのか。それなのに、なぜ過去最高売上を更新し続けられるのか。この謎を解くためには、「豊島屋」で脈々と受け継がれてきたDNAについて、知る必要がある。

■「バタ臭い」創業当時は鳴かず飛ばず

「豊島屋」は、1894年(明治27年)に初代・久保田久次郎氏が創業した。当時の看板商品は、鎌倉で出土した古瓦をモチーフにした、「古代瓦せんべい」だったと言う。

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「古代瓦せんべい」の後継商品、「もののふ」 - 筆者撮影

それから3年後、外国人のお客さんからバターを使った焼き菓子をもらったことで、「この味を再現したい」と「鳩サブレー」を開発。だが、当時の日本人はバターの風味に馴染みがなく、「バタ臭い」とまったく売れなかったそうだ。

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鶴岡八幡宮の「八の字」が鳩の抱き合わせになっていたことから、鳩のモチーフを取り入れた - 筆者撮影

しかし、1912年(大正元年)以降に、鎌倉の小児科医が「離乳期の幼児食に最適」と推奨したことで、ようやく売れ始めるように。発売から15年以上の歳月が経ってから支持を広げ、最終的には御用邸からもご用命いただけるほどになった。

「初代は常々、『枝葉を枯らしても幹を枯らすな』と言っていたそうです」

「古代瓦せんべい」という幹を枯らさなかったからこそ、長い年月をかけて「鳩サブレー」という枝葉を諦めずに育てられたのだろう。この言葉が、今の「豊島屋」を形作る、第一のDNAとなった。

■「まさかここまで広がるとは……」

その後、関東大震災や太平洋戦争を経て、再度会社を立て直したのが3代目・久保田雅彦氏である。1957年(昭和32年)以降、鎌倉が観光地として注目され始めたことが追い風となり、地元銘菓として「豊島屋」の礎を築いた人物だ。「鳩サブレー」の外装に、トレードマークの黄色い缶が採用されたのも、この頃である。

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「鳩サブレー」といえば、の黄色い缶 - 筆者撮影

雅彦氏が説いたのは、「お客様を“お得意様”に、お得意様を“ご贔屓様”に」という考え方だ。1999年より、「これまで以上に愛されるブランドになろう」と「鳩の日」を制定。はじめは、割引価格で通常商品を販売するだけだった。しかし、3年後に当時専務取締役だった現社長の発案で、合わせて鳩モチーフのグッズを発売するようになった。

「携帯電話にストラップをつける時代だったので、根付けの『鳩ぽっぽ』とキーホルダーの『鳩三郎』を作ったんです。目に入ったときに、うちを思い出してくれたらいいなと思って。

でも、地元の人向けに本店だけで販売したので、爆発的に売れるということはなかったんです。キーホルダーはうちの社員もみんなつけてましたけど、私たちもまさかここまで広がるとは、当時は思ってなかったですね」

「鳩三郎」は今や定番商品で、発売以来、数十万個が売れていると言う。

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発売当初は、食品サンプルをキーホルダーにしていた - 筆者撮影

2006年には新業態の甘味処、「豊島屋菓寮 八十小路(はとこうじ)」をオープン。こうしてお客さんに新たな価値を提供することで、顧客のロイヤルティを高めるマインドが、第二のDNAとして根を張った。

さて、前述した2つのDNAをもとに、現代でバズを生み続けている4代目社長は何を考え、何を実行してきたのだろうか。

■開発から130年、守り続けているもの

現社長の久保田陽彦氏は、1987年(昭和62年)に家業に入り、十数年間製造現場を担当していた人物である。

「『鳩サブレー』の焼き窯はいくつかあるんですけど、昔はそれぞれに特徴があったんですよ。表面を触ると大体その日の味がわかったし、『これどっちの窯だな』っていうところまでわかりましたね」

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学生時代から、家業で商いをしたいと考えていたそう - 筆者撮影

2008年(平成20年)に代表取締役に就任すると、「守るもの」と「変えるもの」のハイブリッドで経営を進めてきた。

まず、これまで「守り続けてきたもの」は、「鳩サブレー」のレシピだ。原材料は「小麦粉・砂糖・バター・鶏卵・膨張剤」とシンプルで、これは約130年前の開発当初から変わっていない。

しかし、これだけのロングセラー商品なら、他のフレーバーや季節ごとの限定品を販売していてもおかしくはないだろう。そこで、「なぜ1種類の味しか作らないのか」と聞くと、「僕の目が黒いうちは、絶対やりません」と即答された。

「他社さんが種類を増やしたり、限定商品を出すケースはたくさん見ますけど、やっぱり本来の味が一番美味しいですよ。今の味を超えるものが作れるならいいんですけど……でも、僕はできないと思う。あの形で、あの大きさで、あの味だから、『鳩サブレー』なんです」

射抜くようなその視線は、並々ならぬ決意を物語っていた。

■味を守るための事業多角化

一方で、積極的に「変えているもの」もある。それが、原材料だ。

「小麦粉も砂糖もバターも、原料の質がどんどん良くなっていますからね。同じレシピではありますが、発売当初よりも美味しくなっているはずです」

また、事業の多角化も積極的に進めており、2014年には自家製パンが楽しめる「鎌倉駅前 扉店」をオープン。続いて、2015年に洋菓子を販売する「豊島屋洋菓子舗 置石」、2022年に焼き立てワッフルを提供する「豊島屋 瀬戸小路」を開業した。

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「豊島屋洋菓子舗 置石」で提供している「置石ミックス」ソフトクリームには、「鳩サブレー」が練り込まれている - 筆者撮影

さらに手を広げたのが、冒頭で紹介したグッズ販売だ。「鳩これくしょん」と題し、常時グッズの開発・販売を進めた。過去をさかのぼると、これまでに50種類以上のグッズが生まれている。

■「社員には菓子作りに専念してもらいたい」

ケースが名刺入れとしても使える、あぶらとり紙。某掃除機メーカーを彷彿とさせる、消しゴムクリーナー。「鳩サブレー」のマークが浮かび上がる、ペンライト。実用性が高いものから、「なんでこれ作ったの?」とつい笑ってしまう商品まで、バリエーションに富んでいる。なかには思ったよりも売れず、廃盤になってしまったものもあるらしい。

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オリジナルキャラクター「鳩兵衛」が歩いて掃除する、卓上クリーナー - 筆者撮影

グッズの企画からSNSの広報まで担当しているのは、久保田社長本人だ。「社員には菓子作りに専念してもらいたいから」と、発売直前まで従業員もグッズの詳細は知らされていないと言う。

なかでも反響が大きかったのが、2024年の「鳩の日」に販売した「一枚入り缶」だ。限定色の「一枚入り缶セット」を求め、当日は本店から鶴岡八幡宮近くまで、長蛇の列ができた。その結果、前年の倍以上の売上を記録。さらに、このグッズはのちに「2025グッドデザイン金賞」を受賞している。

写真提供=豊島屋
「鳩サブレー」カラー・青・白・赤の4色をあしらった、専用ケース - 写真提供=豊島屋

■「本店限定グッズ」にこだわるワケ

ここまでグッズの展開を広げたのは、「お客様を“お得意様”に、お得意様を“ご贔屓様”に」という先代の考えを引き継いでのことだ。しかし、ここで冒頭の疑問が蘇ってくる。「なぜ、利益の薄いグッズを開発し続けているのか」、そして「なぜ、本店での限定販売にこだわっているのか」という点だ。

そこで、「もう少し価格を上げて全店販売すれば、もっと売上が上がるのではないか」と、率直な疑問をぶつけてみた。

「『売上を上げたいんならグッズだ』っていう意識はありますよ。実際にそうすれば、恐らく今の数倍は売れるんじゃないでしょうか。ただ、グッズはやっぱり『鎌倉に来てほしい』という気持ちだけでやってますからね」

ここで少し考える素振りを見せたあと、静かに続ける。

「変な話ですけど、店がこの土地になかったら、こんなに売れてないかもしれませんよ。鎌倉の街が有名になっていくことによって、『豊島屋』も知られるようになったという側面はあると思うんです。であれば、やっぱり街に感謝だなと。

……でも、最近グッズだけしか買わない人もいるんで、『うち、和菓子屋だぞ!』って言いたくなっちゃうんですけどね(笑)」

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親しみのある笑顔が印象的だった - 筆者撮影

良いのか悪いのか――、思惑通りの成果にはつながっているようだ。

■「もう美味しいと思えない」

何もかもが順風満帆に見える「豊島屋」だが、聞けば久保田社長は一つの危機感を募らせていると言う。それは、「売上全体の8割を『鳩サブレー』に依存している」現実だ。店では年間約100種類の和菓子を製造・販売しているが、それらは売上の2割に留まっている。

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ほかの和菓子が並ぶカウンターに来る人は少なかった - 筆者撮影

「『鳩サブレー』が売れなくなったらどうしよう、という危機感は常に持ってるんですよね。この商品と同じぐらい売れるものができたら、私はもういつ死んでもいいと思ってるくらいで。せめて、助けるぐらいの商品は作りたいですよね……」

正直なところ、筆者も本店を訪れるまで、「鳩サブレー」以外の和菓子がこんなにあるとは知らなかった。だが、同じような消費者が圧倒的に多いのではないだろうか。ここでふと、久保田社長が独り言のようにつぶやき始めた。

「すごく嫌なのが、僕はもう『鳩サブレー』を美味しいと思って食べられないことなんですよ」

予想外の発言に、思わず顔を上げる。

「小さい頃は美味しいと思って食べてましたけど、今は会社の人間ですから、味見として食べるわけです。そうすると、美味しいとかじゃないんです。『美味しい』っていう言葉は、頭の外側にあるんですね。これは悲しいです。自分でも、悲しいです」

その言葉には、老舗の重みがずっしりと込められていた。

■「鎌倉銘菓であり続ける」ということ

2026年2月現在、神奈川・東京を中心に43店舗を展開しているが、未だに遠方からの出店依頼が絶えない。だが、品質の安定や従業員の管理、財務負担の観点から、すべて断っていると言う。

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「豊島屋 鎌倉本店」 - 筆者撮影

「我々は売上増や利益増を、第一義には考えていないんです。分相応ってありますからね。身の程にあった経営で、作るのも売るのもすべて、自分の目の届くところでやりたいんです」

その言葉通り、創業からこれまで内部留保を蓄積し、無借金経営を貫いてきたそうだ。

加えて、久保田社長が大切にしているのは、「鎌倉銘菓であり続ける」ことだ。あえて店舗を全国展開していないことで、地方のお客さんにとっては希少性が高まる。すると、鎌倉土産としてのブランドが、一層強化されるという仕掛けだ。

後日、採用サイトを眺めていると、経営理念に「豊島屋が鎌倉にあることに誇りを忘れず、そのことに誇りをもつこと」と記されていた。

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店内は「豊島屋」カラーの柔らかな黄色で満たされていた - 筆者撮影

■「旦那」でありたい

取材の最後、久保田社長はこう締めくくった。

「いい意味で、昔で言う『旦那』でいたいですよね」

その言葉で思い出したのが、2013年(平成25年)に「豊島屋」が「由比ガ浜海水浴場・材木座海水浴場・腰越海水浴場」の命名権を取得したことだ。年間1200万円で10年間の権利を取得したが、なぜか名称は変えなかった。

理由を尋ねると、「地元住民から『海水浴場の名前を変えないでほしい』という声が強く、他社に買われて名称が変わるのを避けたかったから」だと言う。

「目指すのは、鎌倉という街の『旦那』なんですね」と筆者が言うと、「いやいや、そこまではお金がないからできません(笑)ただ、鎌倉を良くしたいな、と思って」と笑う。

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左:「豊島屋」がオリジナルで制作した、鎌倉のガイドブック - 筆者撮影

「極論を言えば、うちで買い物をしなくてもいいので、鎌倉へ足を運んでほしい」

その穏やかな眼差しに、スッと胸に落ちてくるものがあった。

「豊島屋」は「和菓子」を売っているのではない。「鎌倉」を売っているのだ――。取材を終えて本店を後にするとき、ふと振り返ると、街を見守る大きな「鳩三郎」と目が合ったような気がした。

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弓橋 紗耶(ゆみはし・さや)
フリーライター
1987年、神奈川県生まれ。2010年からインフラ企業で営業・営業企画を経験し、2022年に独立。現在は、ストーリーライティングを軸とした取材・記事執筆などを手がける。企業の広報から経営者インタビューまで、営業現場で培った人との対話力を活かし、企業の持つ本当の価値や想いを言葉にして伝えている。
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(フリーライター 弓橋 紗耶)