日本の新・お家芸は「スノーボード」 五輪で見た衝撃的強さ…フリースタイルが日本人向きの理由
連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」第3回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」ではミラノ・コルティナ五輪期間中、連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」を展開。スポーツ新聞社の記者として昭和・平成・令和と、五輪を含めスポーツを40年追い続けた「OGGI」こと荻島弘一氏が“沼”のように深いオリンピックの魅力を独自の視点で連日発信する。第3回は日本の新たな「お家芸」スノーボードについて。
◇ ◇ ◇
日本の強さは衝撃的だった。スノーボード男子ビッグエアで、木村葵来(きら)が金、木俣椋真が銀メダルを獲得。本格的な競技初日で日本勢が好スタートを切った。表彰台独占まで期待されたほどの強さ。日本の冬に、新たな「お家芸」が誕生した。
見事なワンツーフィニッシュだった。12人の決勝のうち、日本勢は最多4人。スノボ大国の米国が1人だけ、地元イタリアや中国も1人だったのに対し、日本の層は圧倒的だった。予選3位だった木村が優勝し、同10位の木俣が2位。予選トップの荻原大翔と同5位の長谷川帝勝はメダルを逃したものの、誰が勝ってもおかしくないほど日本スノボ陣は充実していた。
それぞれ世界選手権やW杯、Xゲームでの優勝経験があり、世界トップレベルだ。目標も、みな「金メダル」。銀メダルの木俣は「悔しい」と言ったし、荻原らは次のスロープスタイルで「金メダルを」と話した。日本を代表するスノーボーダーたちの意識は驚くほど高い。
スノーボードが冬季五輪の仲間入りをしたのは1998年の長野大会。最初はアルペンの大回転と、フリースタイルのハーフパイプ(HP)だけだった。日本が得意なフリースタイルは、14年ソチ大会からスロープスタイル、18年平昌大会からビッグエアが行われている。
男子では、平野歩夢が14年に15歳で銀メダルを獲得。22年北京大会では金メダルで3大会連続表彰台に立った。前回大会までの獲得メダル数は7個。14年女子パラレル大回転の竹内智香を除けば、いずれもフリースタイルでのメダルだ。
平野が連覇を狙う男子では、戸塚優斗、平野流佳らも金メダル候補。女子にも前回銅メダルの冨田せならメダル候補がいる。女子ビッグエアでは前回3位の村瀬心椛、岩渕麗楽らがメダルを狙う。まだまだ金を含めてメダルを量産しそうだ。
小柄な日本人向き? 回転数を考えればフリースタイルは有利
突然強くなったわけではない。五輪のメダルこそなかったが、2000年代に入って國母和宏や青野令らがXゲームなど世界を舞台に活躍。15年のXゲームでは、角野友基がビッグエアで優勝を果たした。当時の彼らに憧れた世代が、今大会に出ている選手たちだ。
回転技を中心としたフリースタイルは、小柄な日本人向きなのかもしれない。優勝した木村は166センチ、木俣は168センチ、荻原と長谷川は160センチと、欧米勢に比べて体格的には恵まれない。しかし、回転だけを考えれば有利といえる。
もちろん、回転を生み出す筋力や軸となる体幹も重要だし、単純に小さければいいというわけではない。それでも、同じ条件なら回転半径の小さい方が回りやすい。体操のトップに小柄な選手が多いのも同じ理由だ。
さらに、充実した練習環境も見逃せない。人工芝などのキッカー(ジャンプ台)にエアマットを備えた施設が全国にある。決して多くはないが、夏場でも練習できる環境は重要。雪面と違ってケガの心配なく高難度の技が練習できることも、技術力向上に役立っているはずだ。
これまで、冬季大会での日本の得意競技といえばスピードスケート、スキージャンプ、フィギュアスケートか。スピードスケートは前大会までメダル26個を獲得、ジャンプは14個、フィギュアは11個を手にしている。スノーボードは前回まで7個でノルディック複合と並んでいたが、これで9個になった。
金メダルはスピードスケートの5個、ジャンプの4個、フィギュアスケートの3個に次ぐ2個目で、ノルディック複合に並んだ。後発の競技としては大健闘といえる。夏季大会ではスノーボードの「兄弟」といってもいいスケートボードが日本の「新お家芸」になっている。同じ「横乗り系」が、冬季大会でも日本の得意競技になりそうだ。
(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)
荻島 弘一
1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。
