「草むしりと自治会でクタクタでした」古民家を手放し、東京に戻った72歳夫婦が語る〈20年目の決断〉
退職後は自然豊かな土地でのんびりと過ごしたい――。近年では「移住支援金」など自治体の支援も充実し、実際に地方移住を選択する高齢世代も増加しています。一方で、老後に田舎暮らしを始めたものの、加齢に伴う体力の低下や人間関係の負担などから、再び都市部へ戻る“Uターン組”も少なくありません。地方部で「日常生活に不便を感じる」場合も多く、移住先での生活が長期的に続けられるとは限らないのが現実です。
「すべてが自分たちの手作業」だった生活
「畑つきの古民家で、自給自足に近い暮らしがしたかったんです」
そう語るのは、東京都出身の75歳・高橋正夫さん(仮名)と妻の恵子さん(73歳・仮名)。子育てを終えた20年前、都心の自宅を売却し、長野県の山間部に築60年の古民家を購入。移住生活をスタートさせました。
最初の数年は、新鮮な野菜づくりや薪ストーブのある生活に心を躍らせていたといいます。しかし、10年を過ぎた頃から徐々に身体の疲れが抜けなくなり、20年目の今年、ついに家を手放し、再び東京へ戻る決断をしました。
「朝から草むしり、雨どいの掃除、地区の会合や行事の準備……。やることが山ほどあるんですよ。若い頃は“自然の中で動くのが健康的”なんて思っていたけど、70過ぎたらもう、しんどいのひと言です」(正夫さん)
さらに大きかったのは、「自治会」と「ご近所付き合い」の密度だったといいます。
「地区に住む世帯数は30件ほど。だからこそひとり一人の役割が大きくて。夫婦で役員を何度も引き受けました。断りづらいし、“移住者だから”って言われないように頑張っていたけど、正直プレッシャーもありました」(恵子さん)
移住後の“地域活動への参加”や“孤立の不安”は、しばしば大きな課題として指摘されます。都市部と異なり、地方では自治会や地域の相互扶助が生活の基盤となることも少なくありません。慣れない環境や慣習の中で、心理的負担を抱えてしまう移住者も一定数存在しています。
結局、高橋夫妻は都内のUR賃貸住宅に転居。駅やスーパー、かかりつけの病院が徒歩圏内にあるという理由でこの地を選びました。
「正直、東京はうるさくて高いし、もう戻らないつもりだったんです。でも、年を重ねた今は、便利さのありがたみが身に沁みますね」(正夫さん)
二人は地方の家を売却し、今後は賃貸で暮らす予定です。「終の住処は“自分で管理しない家”でいい」とも語ります。
「地方暮らしは、“期間限定”でよかったのかも」
国土交通省の『住生活基本計画(全国計画)』では、高齢期における住まいのあり方として、“持ち家”にこだわらず、ライフステージに応じた“住み替え”や“民間賃貸住宅”“サービス付き高齢者向け住宅”の活用など、多様な選択肢が提示されています。
特に都市部では、医療・福祉・商業施設が近接して立地するケースも多く、高齢者の生活利便性の観点から、コンパクトシティの整備や都市居住の選択肢にも注目が集まっています。
「古民家での暮らしは、大変だったけど楽しかった。でも、70歳を超えてからは“心地よさ”よりも“義務感”が勝つようになってしまって。もう草むしりや雪かきに追われる毎日はやめようと思いました」(恵子さん)
夢だった地方暮らしを経て、改めて「自分たちにとっての“ちょうどいい暮らし”」を見つけた高橋夫妻。人生100年時代――住まいもライフスタイルも、年齢や体力にあわせて柔軟に変えていくことが、これからの老後には必要なのかもしれません。

