広島湾の西端に位置し、古くから聖域として敬われてきた宮島。厳島神社や弥山(みせん)原始林は世界遺産にも登録され、文化財と自然が織りなす神秘的な景色は、日本三景の一つとしても知られている。そんな宮島には、海の幸・山の幸を活かした魅力的な食が豊富だ。代表格として知られる牡蠣はもちろん、うま味が凝縮した「瀬戸内さかな」(瀬戸内海で獲れる多様な魚介類を表す総称)や、繊細で豊かな風味が魅力的な広島和牛など、わざわざ食べに行くべき、魅惑のグルメをお届けしていきたい。

フェリーから見えた!幻想的で優美な大鳥居

広島駅からJR山陽本線に乗り、30分ほどかけて宮島口駅へ。そこからフェリー乗り場でフェリーに乗り継ぎ、宮島にはわずか10分ほどで到着する。船上からは雄大な山並みと厳島神社の大鳥居を眺めることができ、島に入る前から思わず胸が高鳴る。

神の島として崇められていたため、潮の満ち引きする場所に社殿が建てられた

到着後は、屋台が立ち並ぶ島の海沿いで腹ごしらえ。広島初のカレーパン専門店として知られる「宮島カレーパン研究所宮島本店」の「雅 和牛カレーパン」(600円)をぱくり。和牛の奥深い味わいと甘辛さがクセになる濃厚なカレー、外はザクザク、内側はもっちりとしたパン生地の食感のコントラストがたまらない。

潮風に吹かれながら味わう「雅 和牛カレーパン」

明治の趣を感じる古民家レストランで広島和牛に舌鼓

ランチは静かな町屋通りに佇む、1912(明治45)年竣工の邸宅をリノベーションしたレストラン&カフェ、『宮島 レ・クロ』へ。

築年数100年以上を誇る、歴史を感じるレストラン

大きな窓から日本庭園を望む店内は、障子紙の代わりにガラスを用いた「吾妻障子」など、明治時代の意匠が随所に残されたモダンな空間。緑あふれる庭園をゆったり眺めながら、欧風料理を楽しめるレストランだ。

明治モダンテイストな店内

ここを訪れたら食べておきたいのは、黒越勇(くろこし・いさむ)シェフによる、広島和牛を使用した極上の肉料理だ。

繊細で豊かな風味の広島和牛

黒越勇シェフは『広島全日空ホテル』(現・ANAクラウンプラザホテル広島)で2007年〜2013年まで総料理長を務め、2000年には世界料理オリンピックにて、ヘルシーメニュー部門で日本人で初の金メダルを受賞。2009年には、厚生労働大臣賞を受賞した経歴を持つ。

2023年に宮島で開催された「G7広島サミット」では、ファーストレディーをもてなす食事会の調理も任され、2024年には卓越した技能を持つ第一人者を表彰する「現代の名工」にも選出された。

そんな華麗なる経歴を持ちながらも「ただその時その時、いる場所で求められてきた事を頑張ってきただけなんだ」と照れ臭そうに語るシェフは、国内外の料理コンクールの審査員や調理師専門学校の講師も務め、後世を担う若手シェフの育成にも力を注いでいる。

火入れに細心の注意を払い、レアに焼きあげた「牛モモ肉のタリアータ じゃがいものロースト添え」(4500円〜)は、モモ肉の中でも特に希少な部位、「マルシン」を採用。横には肉の風味を引き立てるほどよい酸味の赤ワインソースを添えている。脂肪分が少ないため、後味はさっぱりとしているが、ほどよい柔らかさと、舌の上でじんわりと広がる豊潤なうま味を堪能できる至福の逸品だ。

丁寧に火入れした「牛モモ肉のタリアータ じゃがいものロースト添え」

同店ではとろける食感と深いコクが楽しめる「比婆牛」をはじめ、ほかにも広島が誇るブランド牛を味わうことができるので、ぜひ一度トライしてみてほしい。(肉の種類は仕入れによって変動)

付け合わせには、スペイン産生ハムメロンやベビーホタテのエスカベッシュ、人参のラぺなど、色鮮やかなタパス6品が楽しめる「前菜盛り合わせ」(1600円)をオーダーするのがおすすめ。一皿でしっかり満足感が味わえる、ハズさないメニューだ。

目にも鮮やかな「前菜盛り合わせ」

「庭の景色を眺めつつ、忙しない日常を忘れてのんびりと食事を楽しんでほしい」と、黒越シェフ。時が止まったような感覚を味わえるノスタルジーな隠れ家で、おいしいひとときを楽しもう。

庭から眺める『宮島 レ・クロ』の入口

五重塔を眺めつつ、自家焙煎のスペシャルティコーヒーを

食後は豊国神社や五重塔を一望できる風光明媚な眺めと自家焙煎のスペシャルティコーヒーが支持を集め、観光スポットとして名高いカフェ『天心閣』(エントランス料金550円、未就学児1名につき+330円)へ。

雄大な景色に息を呑む『天心閣』

路地裏にある石畳の長い階段を上りきると、店の入口となる鳥居が現れ、その先のテラスのデッキには、まるで天国のような景色が広がる。

カフェへ続く石畳の階段

残念ながら五重塔は2026年6月まで工事中の為、しばらくこれまでと同様の景色を望むことはできないが、豊国神社や宮島の街並みが一望できるテラスには、それだけで足を運ぶ価値あり。

宮島を一望できるテラス席。取材時は雨が降った直後

そして実はここ、宮島の地元民にも愛される『伊都岐(いつき)珈琲』が営むカフェでもある。店内では世界各地の農園から仕入れた、シングルオリジンのコーヒーを日替わりで一種ずつ提供している。

こだわりのコーヒーと手作りの広島レモンケーキとともに癒しのティータイム

この日は、コクと苦味のバランスの取れた、深煎りの「ブレンドNo1」が登場。高品質な豆を使用し、焙煎から抽出まで自社で行う。1杯が、なんと「110円」という破格の値段。このクオリティーが、エントランス料金550円を考慮しても合計“660円”で味わえるのだからうれしい。焙煎度合いは豆の風味の特性に合わせて調整し、それぞれの豆の個性を最大限に引き出すことを追求しているそうだ。

デザートでおすすめは、手作りの「広島レモンケーキ」(660円)。上に添えた広島レモンのはちみつがけを生地にも練りこんでいる為、口いっぱいに広がる爽やかな風味としっとりとした食感を満喫できる。

自家製の「広島レモンケーキ」とコーヒー

テラスはもちろんおすすめだが、アンティーク家具が並ぶ店内でも大きな窓から同じ景色を見渡せる。観光に疲れたら、ほっと一息つくのにぜひ足を運んでみてほしい一軒だ。

オーナーの趣味が色濃く反映された、アンティーク感漂う店内

瀬戸内海の景色をパノラマビューで楽しめる、贅沢な老舗宿

締めくくりは、瀬戸内海と宮島のシンボル「大鳥居」を臨む絶景宿『錦水館』へ。宮島桟橋から徒歩5分ほどで到着する温泉旅館は、100年以上の歴史を誇る。山海の幸を五感で堪能できる懐石料理と、神の島から湧き出る「天然潮湯温泉」が魅力だ。

厳島神社の大鳥居やもみじ、艶のある日本独の色味をテーマにした客室「朱-Syu-」 画像提供:『錦水館』

『錦水館』の創業は1902(明治35)年。2025年で創業123年を迎える。「戦前は海軍御用達の武内商店として、海軍に物資を運送する商売と嚴島神社への参拝客の宿泊を提供する船宿としての2つの顔を持っていました」と語る、総支配人の志熊聡さん。

戦後は二代目の武内 松太郎さんが宿だけに的を絞り、木造2階建ての小さな建物から営業をスタートしたそうだ。宿の名称は、「どんな時代にあっても、錦川のせせらぎのように、いつまでも光り輝く宿でありたい」という想いから、岩国の錦帯橋の下を流れる「錦川」の清流にちなんで『錦水館』と名付けた。

厳島神社が1996年(平成8年)12月にユネスコの世界文化遺産に登録されてからは、県外からも多くのゲストが足を運ぶという。

「時代に合わせておもてなしを変幻自在に進化させたいという信念の元、厳島神社の世界文化遺産登録後は、神社とホテルを会場としたホテルウェディングなども独自に行い、沢山の方にお越しいただきました。2021年からは昨今の風潮に合わせて団体ではなく、少人数で宿泊されるお客様に合わせた半露天温泉付特別室などもスタートしています」(志熊さん)

瀬戸内海に酔いしれながら湯浴みを楽しめる 画像提供:『錦水館』

2021年に新設された「半露天温泉付特別室」1泊2食付1名4万5000円〜は、和の趣を感じる、モダンなデザイン。窓の外の瀬戸内海を臨みつつ、準天然の「光明神々温泉」のやわらかなお湯に癒されながら、プライベートな空間で湯浴みを楽しもう。

ぎゅっと身が締まった、鮮度抜群の「瀬戸内さかな」を満喫

ディナーで注目は、広島県が誇る「瀬戸内さかな」だ。瀬戸内海は潮の流れが複雑で速く、身が締まった魚が育ちやすい。また、海中にプランクトンが多く、栄養分をたっぷり含んだうま味のある魚も多いそうだ。外洋に比べて塩分濃度がやや低いことから、魚の風味が優しく、クセが少ないところも特徴的。

「瀬戸内さかな」が主役の季節の会席「雅 膳」

肉厚の牡蠣に卵の黄身や西京味噌を合わせた「牡蠣の西京グラタン」は、リピーターから長年愛される一度は食べておきたい一品。クリーミーな牡蠣の風味と、西京味噌特有の豊かな甘みが見事に調和している。

ぷりぷりの牡蠣と西京味噌がマッチしたグラタンのうまさに感激

近隣の漁師から直接仕入れた、ぴちぴちの「瀬戸内さかな」を味わえる「広島サーモン、穴子、鰈の造り」は、華やかな見た目にも思わず心躍る逸品。

鮮魚は甘みのある土佐醤油と爽やかな自家製酢橘醤油の2種とともに味わえる

臭みがなくさっぱりとした上品な味わいに魅了される「広島サーモン」や、コリコリとした食感に病みつきになる「穴子」、身の引き締まった「鰈」など、それぞれの素材の質の高さをまじまじと実感することができた。

光に包まれ、昼と夜で表情を変える宮島

「この島には、宮島旅館組合というものがあるのですが、これからも他の宿と切磋琢磨しながら宮島ならではの食ともてなしで、島を盛り上げていけたらと思っています。宿を拠点に島を巡っていただき、これまで築きあげてきたこの島の歴史と文化を100年、200年先まで繋いでいけたら」と、『錦水館』総支配人の志熊聡さんはこうアピールする。

夕暮れ時の宮島

嚴島神社や大鳥居を中心にライトアップが行われる宮島の夜は、驚くほど幻想的だ。ここでしか出合えない唯一無二の景色と、瀬戸内海が誇る山海の幸を満喫する、贅沢な休日を過ごしてみては。

ライトアップが美しい夜の海辺

文・写真/中村友美
フード&トラベルライター。東京都生まれ。美術大学を卒業後、出版社で編集者・ディレクターを経験し、現在に至る。15歳からカフェ・喫茶店巡りを始め、食の魅力に取り憑かれて以来、飲食にまつわる人々のストーリーに関心あり。古きよき喫茶店や居酒屋からミシュラン星付きレストランまで幅広く足を運ぶ。休日は毎週末サウナと温泉で1週間の疲れを癒している。