【礒貝洋光×松波正信|特別対談】語り継がれる選手とは? ふたりが導き出したレジェンドの条件
レジェンド=伝説的人物。すなわち語り継がれる選手とは? その問いに答えてもらったのは、日本屈指の強豪校でもある帝京の先輩・後輩にあたる礒貝洋光と松波正信だ。ふたりが導き出した“伝説の条件”は示唆に富むものだった。
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松波 先輩、ご無沙汰しております。
礒貝 久しぶり! 遠いところから活躍を見ていますよ。
礒貝 そうだね。コロナ禍になってから会うのは難しいからね。
松波 以前は大阪に来ていたと聞いたのですが……。
礒貝 そうそう、セレッソのお世話になって。
――え!? そうなんですか?
礒貝 嘘だよ!(笑)。
――騙されかけました(笑)。確認ですが、松波さんは礒貝さんの5歳下ですよね?
松波 そうです。なので帝京では一緒にプレーしていないんですよ。ただ、礒貝さんは帝京のスーパースター。年齢差があってもその背中を追って、東海大の試合は見に行っていました。
礒貝 卒業後は帝京の夏合宿にも顔を出していたよ。
松波 はい、来てもらいましたね。
――松波さんは、そんな礒貝さんがいたからガンバ加入を決断したとか。
松波 そのとおりです。高校では叶わなかったからこそ、一緒にプレーしたくて。僕はFWなので、礒貝さんのパスを受けたいなと。影響はかなり大きかったですよ。
礒貝 ありがたいね。
松波 こちらこそ恐れ多いです。しかもガンバ加入後、後輩なので可愛がってもらって。家探しに協力してくれて、そして最初は近くに住んだので、いろいろお世話になりました。
礒貝 帝京の後輩では、あとは森下仁志さん(95年にG大阪加入/現G大阪ユース監督)のこともね。
――さて、今回はレジェンド特集なので、メイントークテーマは「ガンバのレジェンド」ですが、せっかくなのでおふたりにとっての「帝京のレジェンド」も教えて下さい。
礒貝 それは年代によって違うだろうね。俺らの世代は、早稲田(一男)さんや名取(篤)さんなど、1978年の選手権優勝メンバー。あとは(木梨)憲武さんとかもね。平岡(和徳)さんなども挙がるけど、年齢が4歳差だから“レジェンド感”はないかな。つまり、小さい頃にテレビで「おぉ、すげぇな」という目で見ていた年齢差がある先輩のほうが、より偉大に感じるよね。
松波 そういう視点では、僕にとってのレジェンドは礒貝さんです。中学校2年生の時には選手権準々決勝の東海大一戦を見に行っていましたし。あとは同じ岐阜出身の先輩である森山(泰行)さん、本田(泰人)さん、飯島(寿久)さん、池田(伸康)さんとかも憧れて見ていましたので、レジェンドですよね。もちろん礒貝さんが挙げた先輩たちの名前は知っていたので、偉大な方々が歴史を作った帝京に入れるのは、すごく嬉しかったです。
礒貝 でも、そんな選手たちもみんな古沼(貞雄)監督に従順なわけで(笑)。先生のカリスマ性なしでは帝京のレジェンドを語れない。
松波 そうですね。実際に僕も古沼監督という偉大な先生の指導を仰ぐのはすごく憧れていましたし。
――選手ではありませんが、ある意味「帝京史上最高のレジェンド」は古沼監督と言えるかもしれませんね。
礒貝 それはもちろんそうですよ。
松波 間違いないです。
礒貝 ひと言で言うなら、“お父さん”みたいな存在。だから有望な選手が集まったんだと思う。
松波 そうですね。それに古沼監督が務めていた当時のほうが、今よりも選手を集めるのは大変だったと思います。そのなかで帝京の歴史を築き上げ、自然と子どもが憧れるチームを作り、そしてまた有望な選手が入ってくる。そういうサイクルを生み出したのは凄いです。
