小倉監督を事実上解任した名古屋。ここ5年間、8月以降の監督交代で残留に成功した事例は…
小倉前監督はクラブ公式HPを通じて、「愛するクラブをなんとかしたいという思いで、全力で取り組んできました。(中略)自分の力不足により、このような状況を招いてしまったことは本当に申し訳なく思っています」とコメント。無念の思いを滲ませた。
新監督に就任したジュロヴスキーアシスタントコーチは、かつてストイコビッチ監督のもとでアシスタントコーチとして活躍。2010年に名古屋が初優勝を果たした時の土台を作った男としても知られている。上向く気配を見せないチームの現状を改善するうえでも、適任と判断したクラブが今回の人事に踏み切った。
残り8試合。この監督交代劇が、年間順位で16位(26試合終了時)と降格圏に沈む名古屋にとって吉と出るのか?
過去5年間、今回の名古屋と同じように、残留を争う状況で8月以降に監督交代に踏み切った事例は6例ある。その時の結果は次ページのとおりだ。
2011年 甲府:三浦俊也 → 佐久間悟
(結果:16位 → 16位=降格)
2011年 浦和:ゼリコ・ペトロヴィッチ → 堀 孝史
(結果:16位 → 15位=残留)
2012年 C大阪:セルジオ・スアレス → レヴィー・クルピ
(結果:14位 → 14位=残留)
2012年 神戸:西野 朗 → 安達 亮
(結果:15位 → 16位=降格)
2014年 C大阪:マルコ・ペッツァイオリ → 大熊裕司
(結果:16位 → 17位=降格)
2015年 清水:大榎克己 → 田坂和昭
(結果:17位 → 17位=降格)
過去のデータを見る限り、名古屋にとってJ1残留を勝ち取ることは厳しい道のりとなるのは間違いない。ここ5年、残留争いをするチームが8月以降の監督交代を経て残留に成功したのは6例中2例で、降格圏(16位以下)に位置しながら残留を勝ち取ったのは2011年の浦和だけだ。
監督交代後に劇的に順位が上がった例としては、レヴィー・クルピ監督が就任した12年のC大阪だが、就任後7試合を6勝1敗のハイペースで一時は11位まで巻き返した。だが終盤戦はなかなか白星に恵まれず、残留決定は最終節までもつれている(ちなみに、クルピ監督は翌13年には4位躍進を果たし、その手腕を買われ日本代表監督の候補にも名が挙がっている)。
果たして、名古屋はジュロヴスキー新監督のもと、負のデータを打ち破り、残留を勝ち取ることができるだろうか。
