けみおが6秒動画でつなぐネットとリアル! スマホ時代のシンデレラボーイが語る
撮影/平岩亨 ヘア&メーク/藤沢輝守 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc.
原点はカートゥーンとレディー・ガガ
――いまではネットにとどまらず、モデル、歌手、そしてTVにも出演し活躍の場を広げています。いまのご自分に肩書をつけるなら?
何でしょうね…? 究極の夢は“スーパーアイドル”になることですが、いまはまだ夢を追いかけているので“ドリーマー”ですね(笑)。
――なるほど。ではそんなドリーマー・けみおさんがどのように生まれたのか?話を伺っていきます。子どもの頃はどんなお子さんでしたか?
小さいころからとにかく目立ちたがり屋でした。幼稚園の学芸会でも主役がやりたくて、女の子の役でも自分が奪い取ろうとしたり(笑)。『白雪姫』では主役ではなく悪い魔女役だったのに、一番目立ってました(笑)。
――みんなを引っ張るリーダータイプだったんですか?
そうですね。小学校に上がってからも、クラス委員とかに立候補してましたし。ただ、小学2年生のときに一時期、グレちゃってたんですよ。
――小学2年生でグレるって早過ぎないですか?(笑)
いま思い返すと恥ずかしいんですが、先生の言うことにちょっと反抗してみたり、授業が始まるとみんなが前を向いているのに僕だけ後ろを向いたりとか。小さな反抗期といいますか…(笑)。
――現在の身長は193センチということですが、子どものころから高かったんですか?
高い方でしたね。ただでさえ目立ちたがり屋なのに、身長で余計に目立ってました(笑)。
――その明るさ、目立ちたがり屋の性格というのはご家族の影響なんでしょうか?
家族はみんなすごく真面目なんですよ。兄は僕とはいろんなところが正反対で、兄が白黒やモノトーンの配色が好きなのに、僕は原色やレインボーカラーが大好きだったり。どちらかというと静かな家庭で、小さいころから僕はよく注意されてました。
――ご両親にしてみたら、なぜこの静かな家庭にこんな騒がしい目立ちたがり屋の子が…という感じ?
ホント、そうだと思います(笑)。兄が戦隊ものの本を読んでて、僕にも同じものが渡されたけど「イヤだイヤだー!」って、ディズニーの本に替えてもらったりしてました。
――子どものころに最も強く影響を受けた存在は何ですか?
小学生のころは両親が仕事でいないとき、家でケーブルテレビのカートゥーン・ネットワークを見るのが大好きでした。『パワーパフガールズ』とかアメリカのアニメが大好きでした。中学生に上がるとレディー・ガガに出会って、それからずっと大好きです。
――レディー・ガガのブレイクが中学時代なんですね。
2009年くらいからですかね。ガガの影響はすごく強く受けていると思います。アニメもそうですが、原色系の目がチカチカするようなものも大好きだし、ファッションとか派手なパフォーマンスはすごく勉強になりますね。

少年時代はインターネット禁止!
――中学、高校と進んでも明るく目立ちたがり屋のまま、すくすくと育ってきたんですか?
そうですね、怖いもの知らずのまま(笑)。基本的に、いまとまったく変わってないですよ。あまり周りの言うことは聞かないで、やりたいようにやってました(笑)。
――ちなみに中学、高校では制服は着てたんですか? いまのけみおさんから制服姿が想像できないのですが…。
あははは、よく言われます(笑)。着てましたよ。ブレザーをきちんと着て、チャリで通学してました。
――この高校時代に動画投稿アプリVineでアップした動画が大反響を起こしたわけですが、そもそもインターネットとの出会いはいつごろですか?
小学6年生とか中学に入ったころにはインターネットにはすごい興味を持っていたんですけど、うちの親はすごく厳しくて、携帯も自分でバイトしてお金を出さないと持たせてもらえなくて、ネットに一切触れられない環境だったんですよ。家でパソコンにも触らせてもらえなかったんです。
――いま、これだけアプリを駆使してネットがあってこその大ブレイクを果たしていることを考えると意外ですね。
反動ですね。当時、やりたくて仕方がなかった気持ちが爆発したんです。周りはみんな携帯を持ってて、日記を公開したりしてて、見たかったし自分もやりたかった。それでよく考えて『PSP(プレイステーション・ポータブル)』があればネットもできるから、買ってもらって、バレないようにYahoo!のアドレスを作ったりしてました(笑)。
――当時から自分で外の世界に何かを発信したいという気持ちは持っていましたか?
ありましたね。SNSがどんどん発達して、自分の世界を外に発信できるようになっていったのを見ながら「早くいろいろ発信したい!」と思ってました。
――芸能界に入りたい気持ちや有名になりたいという思いは、ずっと以前から持ってたんですか?
目立ちたがり屋のまま生きてきて、自然とそう思うようになってました。芸能界やエンターテイメントの世界に入りたいなと。僕、“ミッキーマウス”になりたかったんですよ。ミッキーマウスのことを知らない人はいないでしょ? そんなキャラクターのような存在になりたかったんです。

週2でディズニーランド!
――具体的に高校時代について深く掘り下げて伺っていきます。夢につながるツールとなるインターネットを自由に使える環境を手に入れたのも高校時代ですか?
高校に入学して、すぐバイトを始めて最初の給料が入って、やっと携帯電話を手に入れました。
――そのときはガラケーでしたか? すでにスマホでしたか?
最初はまだガラケーでしたね。ちょうどガラケーからスマホへの移行の時期で、僕もすぐに機種変更してスマホに切り替えました。すぐにTwitterとか始めましたね。
――バイト以外は何をしてましたか? 友達と遊びに行ったりもしてたんですか?
普通の高校生ですよ。カラオケ行ったりプリクラ撮ったり。あとディズニーランドが大好きで年間パスポートを持ってたんですよ。
――年間パスポートを持っていて、実際、どれくらいのペースで行ってたんですか?
放課後に週2回は行ってましたね。実はテスト期間中が一番行きやすいんです(笑)。乗り物で遊ぶのではなくパレードが見たかったので、レジャーシートを敷いて場所を確保して、パレードが始まるまで勉強して、パレードを見て、また次が始まるまで勉強してました。
――やはり、そのころもキラキラとしたショー的な要素があるものがお好きだったんですね。
華やかな感じに憧れてましたね。
――当時、芸能界に入るために具体的に自分で活動はされてたんですか?
オーディションを受けたりはしてたんですが、なかなか形にならなかったんです。一度、YouTubeに自分の動画をアップしたこともあったんですが、たいしてヒットせず、そろそろ進路を決めなくちゃいけないし、諦めかけていました。これからどうしようかな? と悩んでたときに遊び半分でアップしたVineの動画がヒットしたんです。


6秒動画で手にした“ワンチャン”
――ここでVineにたどり着いたわけですね。そもそもVineを始めたのは?
高校2年生の秋くらいですかね?よく原宿に通ってて、そこで知り合いのカフェの店員さんが使ってたのを見て始めました。
――まだまだ一般に普及する以前のころですね。
当時はまだ英語表記で周りもほとんどやってなかったですよ。だから最初は内容を見て面白がるだけでなく、アプリの物珍しさで見てくれた人も多かったと思います。「Twitterにこんな動画を作ってアップできるのか!」って。
――ちなみにそのときの6秒動画はどんな内容を?
そのころ、まわりで「ワンチャン」という言葉が流行ってたんです。「ワンチャンス」という意味で「ワンチャンあるよ!」とかって使うんですけど。僕はその意味がよくわかんなくて、僕の周りの友達に訴えるつもりで「ワンチャンって何だよ!?」って動画を上げたんです。
――それが爆発的に同世代の共感を呼んだんですね?
そもそも「ワンチャン」ってうちの学校や僕の周りだけで流行ってると思ってたんです。でもそうじゃなくて、しかも僕と同じ気持ちのひとが多かったみたいです。リプライで「私もよくわかんない」とか「男子よく使うよねー」とか来るようになって、どんどん広がっていきました。
――ものすごい数の人が視聴し、フォロワーが一気に増えていくのはどんな気分でした?
ちょっと怖くなりました。ずっと携帯がピコンピコン鳴り続けていて、壊れるんじゃないかって感じで。でもそこで波に乗っちゃおうと、どんどん動画を上げていくことにしました。
――これが芸能活動につながるかも…という思いはありましたか?
最初はそれがタレントとしての活動につながるなんて一切思ってなかったですね。まあ、やり始めて「ちょっと地元で有名になるかも。ヤッホー!」くらいの気持ちはあったかな(笑)。一度、ヒットした後は1日に2〜3本のペースでアップして、2秒ごとに30人くらいずつフォロワーが増えていきましたけど…。
――実生活での変化はありましたか?
そのころから原宿とかに行くと声を掛けられるようになりましたね。動画で自分の顔を出してたので。おまけに背が高くて服も派手なので目立ってました(笑)。
――動画をアップするだけでなく、モデルやタレントとして活動するようになったのはどういうきっかけだったんでしょうか?
いまの事務所が出している『HR』という雑誌には、高校時代からモデルとして何度か出してもらっていたんです。Vineがフィーチャーされて『めざましテレビ』(フジテレビ系)で取り上げてもらえることになったんですが、そのタイミングで、いまの事務所に入ることになりました。
――そこで芸能人やスーパーアイドルになる夢への道が開けてきたという感覚はありましたか?
ありましたね。自分の中では高校卒業までに芽が出なきゃやめるとずっと決めていたので、ギリギリのところで間に合いました。うん、あのときはホントに「間に合ったぁ!!」という感覚でしたね(笑)。
――もしも動画のブレイクがなく、間に合っていなかったら…。
卒業したら普通にアパレルでバイトしてたと思いますね。特に進学も考えていなかったので。


