これからのメディアビジネスはどうあるべきか。多くのパブリッシャーがその答えを模索するなかで、今年2月20日にリニューアルした「日経ビジネス電子版」は、読者を「顧客」に置き換えることで社内の意識を変えていった。今回の刷新にあたり、同サイトが掲げたのは「顧客体験を向上させる」こと。そのパートナーに選ばれたのが、戦略コンサルティングとデザインを掛け合わせたサービスで国内外に実績のあるグローバル・イノベーション・ファーム「I&CO(アイアンドコー)」だ。日経ビジネス電子版はどのようなプロセスを経て、どう生まれ変わったのか。そして今後のメディアビジネスのあるべき姿について、日経ビジネス電子版編集長の原隆氏、I&CO Creative Director / Art Directorの長井崇行氏、DIGIDAY[日本版]編集長の分島翔平が語り合った。
長井 崇行/I&CO Creative Director / Art Director。東京藝術大学デザイン科卒業後、McCann Erickson、ENJIN、BIRDMANにてデザイナー・クリエイティブディレクターとして活躍後、メルカリにてメルペイの立ち上げに参画。その後BIRDMANに復帰し、Chief Creative Officer(取締役)を経て、2021年より現職。企画やコンセプトの立案から、UIUX設計、ビジュアル、空間、映像CGまで幅広い経験とデザイン領域で、新たな価値の実現をプロデュースする。
原:このやり取りを通して改めて特集について考えたのですが、雑誌の巻頭特集は2時間半で完結する大作映画を5〜6人で作るような感覚です。ところが、サブスクで求められるのはストリーミングサービスなどで高い人気を誇るドラマのように点と点を繋ぐ、次を見たくなるような構成。雑誌の記者はそうした作り方に慣れておらず、これから挑戦しなければなりません。分島:そうした仕掛けづくりには、顧客ニーズを捉えることがますます重要になりますね。事業会社が手がけるブランドのように、個々のコンテンツが後ろで大きく繋がっているストーリー、メディアブランドとコンテンツのあり方も進化が求められているとも言える。原:おっしゃる通りで、コンテンツとコンテンツを繋げる仕掛けとして、今回「TIME MACHINE」を導入しました。I&COさんの提案によって実現したこの機能は、キーワードを入力すると約6万本のアーカイブ記事から閲覧できる仕組みで、検索結果がグラフとリストで表示されます。たとえば「機能性表示食品」と入れてみると、最初に登場するのは2015年で、解説とともに当時から消費者のリテラシーが大事だと言われていることがわかり、2017年には医師が警鐘を鳴らす記事がある。記者は各記事が繋がることを意識して書いたわけではないけれど、点と点を線にすることで、世の中の出来事が繋がっていくことを認識できます。長井:過去の記事をただ残すのではなく活用することで、俯瞰して物事を見通せる装置になる。TIME MACHINEは点と点を繋ぎ、古いこと自体に新たな価値を生み出す仕掛けにできたと思います。分島:メディアが蓄積してきたコンテンツが、時間を経たあともただアーカイブされるだけでなく、新たな価値になる。理想的ですね。ほかにも今回のリニューアルではタブのカスタマイズやTIPS OF THE DAY、文字サイズの変更など、さまざまな機能やサービスを追加されましたが、これから実現したいことはありますか?原:まずアプリを改善したいですね。アプリ利用者のロイヤリティは非常に高く、年末年始など休みの日もアクセスされるので、この先はアプリユーザーを増やしていきたいと考えています。ただ現状ではスマホで読むには雑誌の記事は長すぎるし、有料記事が多いので新規でダウンロードした人はほぼ読めない。そうなるとアプリの評価が下がるから、どうするかが課題です。さらに、電子版の大型リニューアルはこれが最後だったと言えるくらいフィールバックループを回し、絶えず改善し続けていかなければと考えています。
大事なのは、自分たちの立ち位置をぶらさないこと
分島:単刀直入にうかがいますが、メディアビジネスは今後どう変わっていくでしょう。原:4マスと呼ばれるテレビ・新聞・雑誌・ラジオにインターネットが加わり、この20〜30年でメディアを取り巻く環境は大きく変わりました。ただ、私にはそもそも雑誌がマスメディアだという意識がないのです。ニッチな雑誌ばかりを出してきた日経BPにいるからかもしれませんが、もとから興味関心に合わせたコンテンツを集合させたメディアなので、ネットとの相性も良い。もちろん広告モデルにして記事を無料にしたほうがPVは稼げます。でもPVを追い求めるとターゲットが見えなくなり、コンテンツはどんどん散らかっていく。それはターゲティングをベースとした出版社のデジタルメディアには苦手な領域で、サブスクにして個人がお金を払ってでも読みたいもの、会社であれば社員のスキルや知識が上がり、会社全体のパワーアップに繋がる情報提供に力を入れるほうが本領を発揮できる。誰にコンテンツを提供し、誰を幸せにするのか。これからも立ち位置をぶらさずにビジネスモデルを構築することを大事にしていきたいと考えています。分島:国内外で顧客体験を改善されてきた経験から、日本のデジタルメディアを見て思うところはありますか?長井:海外メディアの多くはアートディレクターやコンテンツを作る人など、デジタルに特化した人たちが社内にいる体制になっています。これからはインフォグラフィックを使う場面も増えるので、ニュースデザイナーという役割も求められるでしょう。ニューヨークタイムズがアプリのパズルゲームを取り入れたように、サイトとアプリの両輪で顧客が満足する体験を提供するには、内部運用できる体制づくりが欠かせなくなると思います。分島:改めて、デジタルメディアって面白いですね。面白いけど、正解がわからない。原:まさしく、何が正解かはわかりません。でも、メディアビジネスとは元来そういうものでもあると考えています。我々の仕事は答えがないところになんとか答えを見出そうとする、葛藤する仕事でもあるわけで。デジタルになって数値化されたことで、膨らませると面白いジャンルになりそうなヒントが見つかることもある。そうして日々発見し、葛藤しながら進んでいくしかないと考えています。Written by 山本千尋Photo by 渡部幸和