60年前と今の大学生では、読む本にどんな違いがあるか? アンケート調査でわかった【意外な事実】
60年前と現在で、大学生の読む本の傾向には、どんな違いがあるのか。アンケート調査をもとに見ていこう。前編に続き、立命館大学の桜井政成教授が解説します(『読書スタディーズ』より一部変更のうえ掲載します)。
今の大学生にとって、読書とは?
今の大学生にとっての「正当な読書」とは何であるかを考えてみたいと思います。
教養主義が過ぎ去って長い時間が経った現在、大学生はどのような本を、どのように読んでいるのでしょうか。またそれは、「教養」との関わりがみられるのでしょうか。
それについて、全国大学生活協同組合連合会(以下、「大学生協連」と略記)の、「読書マラソンエントリー者の『読書に関する意識調査』結果」から考察を試みてみましょう。【注1】
この調査は、読書マラソンへ参加した学生に対して、「読書に関する意識調査」をウェブアンケート方式で実施し、310人が「大学4年間で本を100冊読もう!」を合言葉にすすめている、大学生・大学院生向けの読書推進キャンペーンです。
そのため、このデータは大学生一般ということではなく、本好きな読書家である大学生に限っていることに注意が必要です。調査結果によれば、回答者の1か月の読書冊数は1〜4冊程度で、1日の読書時間は1分〜1時間未満程度とのことでした(雑誌やマンガは除く)。
この読書マラソンで、コメント投稿の多かった著者名と作品名は、【表6-2】、【表6-3】のとおりでした。
まず、著者のリストでは一見して、現代の日本の小説家が中心であることがわかります。古典的な過去の日本文学作家や、現代あるいは過去の海外作家は入っていません。また、ルポルタージュや人文書等の、ノンフィクション作家もひとりも入っていませんね。
作品名をみても同様に、日本の現代小説が大半を占めています。唯一、ダニエル・キイス著の『アルジャーノンに花束を』(小尾芙佐訳、早川書房)が海外作家による小説として入っていますが、それ以外はすべて日本人作家になります。
また、主人公が大学生や、若い世代である作品が多いですね。大学生にとって、より共感しやすい、身近な内容のものが多いということでしょうか(これは本書の第4章でとりあげた共感読書とも関連しそうです)。
いずれにしても、令和の読書家学生たちは、主に同時代作家の物語作品を読んで、その読書体験をふりかえった感想を中心的に、読書マラソンのコメントとして投稿しているといえるでしょう。
60年前の大学生が感銘を受けた本
教養主義の時代は、これとはまったく異なる状況がありました。竹内は『教養主義の没落』で、1963年に関西大学の学生の「感銘を受けた本」ベスト10を紹介しています。【注2】
【表6-4】がその一覧ですが、これによれば、同時代の日本人作家による小説は、『徳川家康』(山岡荘八著、講談社)、『人間の条件』(『人間の條件』であると思われる。五味川純平著、三一書房)の2冊のみであり、あとは海外文学や啓発書(ノンフィクション)などによって構成されています。
『出家とその弟子』(倉田百三著、岩波書店)も小説に近い戯曲ではありますが、出版は戦前であり、『三太郎の日記』(阿部次郎著、岩波書店)や『学生に与ふる書』(天野貞祐著、岩波書店)と同様に、教養主義時代の学生が人格形成の意図で「読むべき本」だったものです。
こうした教養主義時代の学生に比べ、現在の学生は小説ばかりを、娯楽のためだけに読んでいるのでしょうか。そうとは断言できないと私は思っています。
その証拠として、読書マラソン参加者への調査結果からは、参加者学生の読書の目的は「楽しみ・癒し」が中心でありながらも、「教養・成長」や「勉強・学習」を目的とすることも少なくなかったとの分析がなされています。
また、読書マラソン参加者への調査では、「あなたが考える『読書』という言葉に近いと感じるもの(3つまで回答)」という質問がされていました。
そして、それへの回答結果としては、「感動や楽しさを味わうこと」(68.7%)がもっとも多かったものの、続いて「新しい視点や価値観にふれること」(50.3%)も過半数の人が読書目的としていたのです。また、「知識を得ること」(46.5%)も高い割合となっていました。
つまりこれらの結果からは、娯楽と教養の意図が混じった志向で読書をしているというのが、現在の(本をよく読む)学生の意識といえそうなのです。
これは(本書の第4章で紹介した)「楽しむための読書」と「学びたいことを知るための読書」は必ずしも対立しない、というクズミチョヴァとスーパの主張ともつながります。【注3】
教養主義的な読書がまだ活発であったとされる1963年に、作家の阿刀田高が読書論についてしたためた短い論文があります。そのころの彼は、まだ若き国会図書館の司書でした。
その論文では、これまでの読書論には3つの型があるとしています。それは、「修養(教養)のための読書」「娯楽のための読書」「生活改善のための読書」です。それらについて、やや時代がかった考察をしつつも、阿刀田はすべての型を否定することなく、それぞれのファクターをとり出し立体座標に組んだものが、「新しい読書論」だと思われるとしています。【注4】
このような阿刀田の考察は、現在の大学生や、(本書の第5章でふれた)働く人の読書をみるに、時代を見通したものであったといえるでしょう。現代の「大人の読書」とは、教養と娯楽と生活(職業生活を含む)とが、混じり合っているのです。
注1 読書マラソンについての情報は、同団体運営のサイト「はじめようWEB読書マラソン」より。https://www.univcoop.or.jp/fresh/book/marathon_post/index.html(2025/07/20閲覧)。
注2 竹内洋『教養主義の没落:変わりゆくエリート学生文化』(中央公論新社)。
注3 Kuzmičová & Supa, “Interesting Facts: Holistic Interviews on Children’s Nonfiction Engagement.”
注4 阿刀田高「現代読書論の類型について」。
つづきを読む『なぜ、仕事のために本を読む人は、オーディオブックを使うのか? 【調査で分かった意外な事実】』
