若隆景 子供との約束守った復活V「朝子供たちに『優勝してね』と言われて優勝した姿を見せられてよかった」…支えてくれた家族に感謝、初Vの4年前はコロナ禍
小結・若隆景(荒汐)が、大関・霧島(音羽山)との3敗同士の優勝決定戦を制し、22年春場所以来、史上3位のブランクとなる25場所ぶり2度目の優勝を果たした。
若隆景は11日目に、霧島との2敗対決に完敗したが、あきらめずに12日目から勝利を重ねた。今場所は右肘痛を抱えながらも、低い姿勢から攻める速い相撲で快進撃を見せた。
初優勝後は苦難の連続だった。23年春場所で右膝前十字じん帯を損傷の大けがを負って手術。3場所連続で全休を余儀なくされたが、同年九州場所に幕下で復帰し、再起を果たした。25年秋場所は大関昇進にも挑んだが、首痛の影響で負け越して失敗。その後も不屈の魂ではい上がり、返り三役だった今場所、再び賜杯を手にした。
大関昇進の目安は「三役で直近3場所33勝」。7月の名古屋場所でも2ケタ白星を挙げて、足場固めができれば、9月の秋場所で1958年以降初土俵では最年長となる31歳9か月での新大関昇進に挑むことになる。土俵下で行われた優勝インタビューでは喜びと、家族への感謝を口にした。
▽優勝インタビュー一問一答
ー実に4年ぶりの優勝です。今どんな思いですか?
「あまりまだ実感が湧いてないです」
ー4年前の優勝では、新型コロナウイルスの影響で入場者が制限された中での優勝でした。この満員の国技館での優勝、どう感じてます?
「そうですね、うれしく思います」
ー今日はご家族も見に来ているという中で、この中で決められたことはどのように感じてますか?
「はい。けがをした時に、常にそばで支えてくれた家族の前で優勝できてうれしいです」
ー星が並んだ中で、今日迎えました。どんな気持ちで今日向かっていったんですか?
「最後まで集中切らさずに、自分らしい相撲を取り切ろうと思いました」
ーその中で優勝決定戦は、今場所を敗れていた霧島関との対戦になりました。素晴らしい内容でしたね。
「悔いの残らないよう相撲を取ろうと思いました」
ー何が今場所この優勝につながりましたか?
「一番一番、自分らしい相撲を取ろうと思って、集中して土俵に上がりました。それが良かったのかなと思います」
ー優勝への原動力は?
「やっぱり一番は家族の存在ですね」
ーどんな形で支えになってくれましたか?
「今日も朝、子供たちに優勝してねって言われてたんで。優勝した姿を見せられてよかったと思います」
ーこれで大関昇進の起点となる大きな白星になりました。この後どんな相撲を取っていきたいですか?
「自分の相撲は下からの攻めは常々言ってるんですけど、それをどんどん磨いていきたいなと思います」
◆若隆景 渥(わかたかかげ・あつし、本名・大波 渥)1994年12月6日生まれ。福島市出身。31歳。東洋大から17年春場所三段目最下位格付け出しで、初土俵。19年九州場所で新入幕。関脇で迎えた22年春場所、12勝3敗で高安との優勝決定戦を制し、初優勝。父は元幕下・若信夫、兄は幕下・若隆元と東前頭5枚目・若元春。183センチ、135キロ。
