六本木の全裸シャンパンタワー炎上がかわいく思える? 呂布カルマがXの自動翻訳に危惧

『週刊プレイボーイ』でコラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」を連載している呂布カルマ
ラッパーとしてはもとより、グラビアディガー、テレビのコメンテーターなど、多岐にわたって異彩を放っている呂布(りょふ)カルマ。『週刊プレイボーイ』の連載コラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」では『Xの自動翻訳』について語った。
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★今週のひと言「Xの海外ポストが自動翻訳されているが、本当に大丈夫か?」
この春ぐらいから、Xで海外のポストがGrokで自動で翻訳されて流れてくるようになった。
最初は便利じゃんと思ったよ。でも、それは勘違いだったと今は思う。
以前のように気になったポストを自分で選んで翻訳して読むのと、勝手に翻訳された海外ポストが日本語のタイムラインに混在している状況は似て非なるものだ。
価値観というものは、ある程度ゾーニングされてこそ育まれる。今までは国内の話題に向き合い、良くも悪くも翻弄(ほんろう)されていたのが、一気に世界中のバズが流れ込んでくるようになった。完全に個人の許容量をオーバーしている。
日本だけでもさまざまな価値観が共存し、Xでは日々共感したり争ったりしているが、結局のところそれは日本という幅の中での話なのだ。
海外はそれぞれの国や地域で文化的な背景や宗教観などが複雑に絡み合い、それぞれの感覚が日本人とはあまりにもかけ離れすぎていて理解するのは簡単ではない。
それでも共通する部分を楽しんだり、その違いそのものを面白がることもできなくはないが、そもそもXが共感よりも怒りや争い、センセーショナルなトピックがバズりやすい性質上、海外の不快なポストばかりが勝手に流れてくる。それも日本語に翻訳された状態で。
今まではそういった理解し難い価値観も、外国語をこちらが翻訳することでよそをのぞき見している感覚でとらえることができた。良くも悪くもよそごととして。しかし、それらの情報が最初から日本語で日常的に目に入るのは、正直不快だ。
このニュアンスを伝えるのは難しいが、例えばよそのおっさんがどれだけ小汚かろうが、関わらなければ問題ないが、隣人として日々目に入るのはイヤだろう。昆虫や架空のモンスター同士の捕食シーンは平気で見ていられるが、それが擬人化されていたらちょっとキツい、的な? そんな感じかな?
そしてもうひとつが数の暴力だ。国内外の価値観を混ぜ合わせたとき、結局人数の多いほうが勝つ。ワールドワイドな規模になると、われわれ日本人は完全に少数派だということを忘れてはいけない。
いまさらそれによって俺がどうということはないのだが、当たり前に子供の頃からSNSに触れて育つ子供たちにどのような影響があるのかと考えると不安になる。水は低いほうへ流れるのだ。
かつては言語の壁が文化的な壁となり、日本人をこの狭い島国に閉じ込めているように感じてもいたのだが、今はテキストベースでの自動翻訳が近い将来会話レベルで実装されればどうなってしまうのだろう? 言葉という強制的なゾーニングにより育まれたこの日本独特の文化や気品を保つことができるのか?
最近では、俺の冗談に対して外国のインプレゾンビから大量のリプがつくようになった。おまえらにわかるわけねーんだから口を挟むな。
テキストによるコミュニケーションや日常のつぶやきを理解するのに前提としての教養が違いすぎると、比喩やお約束などが一切通じないのだ。
それも長い目で見れば平均的にならされ、お互いに影響し合い、世界中の人たちや文化と相互理解できる未来があるのかもしれないが、民度や文化レベルが今の日本の水準より下がってしまうのではないかという恐怖、そもそも狭いコミュニティで成り立っていた価値観が生き残れるのかもわからない。
そう考えると、六本木のクローズド空間で一部の下品な金持ちが全裸の女を重ねてシャンパンタワーをする程度の動画で炎上できている現在がかわいく思えるかもしれない。
