(※写真はイメージです/PIXTA)

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日本人は勤勉に働き、節約に励んできましたが、資本の成長はどこか遠い世界の出来事として扱われてきました。世界中の企業が日々価値を生み出し、成長を続けるなかで、日本の家庭はその恩恵を拒み続け、膨大な機会を損失してきたのかもしれません。現在、日本の資産運用は、特定の銘柄を当てる手法から、世界経済の流れに身を委ねる「資産形成」という、より「再現性の高い考え方」へと移り変わりつつあります。その歴史的な兆候ともいえるのが、「オルカン(全世界株式)」の普及です。本記事では、「オルカンの生みの親」代田秀雄氏の著書『オルカン思考:世界経済を味方につける「長期投資」の教科書』(Gakken)より、日本がこれまで歩んできた道のりと、同氏が考える投資の本質について解説します。

「個人金融資産2000兆円」貯蓄の国・日本が失ってきたもの

日本は長いあいだ、「貯蓄の国」といわれてきました。まじめに働き、節約し、将来に備える。銀行の通帳に刻まれる数字が、一歩ずつ、確実に増えていくことに安らぎを覚え、それを美徳として語り継いできた社会です。

私自身も、信州の豊かな自然に囲まれ、地道に土を耕し、額に汗して働く人々を間近に見て育ちました。そうした堅実な価値観は、今も私の中に大切な背骨として残っています。

一方で、資産運用の現場に身を置き、30年近く仕事を続けてきた中で、私はある種の強い違和感を覚えるようになりました。私たちが長年、誇りとしてきた「個人金融資産2000兆円」という数字。それは、日本人の勤勉さの証であると同時に、世界経済のダイナミックな成長からあえて距離を取り続け、その果実を拒んできた「停滞の記録」でもあるのではないか。そう感じるようになったのです。

世界に目を向ければ、企業の成長が株価を通じて家計の資産に反映されることは、ごく自然な社会の循環として受け入れられています。資本主義がもたらす豊かさは、一部の資産家だけが独占するものではなく、広く一般の家庭の将来を支え、老後の安心や子どもたちの教育を支える「インフラ」として機能してきました。

しかし日本では、個人の努力は主に「労働」と「貯蓄」に向けられ、資本の成長はどこか遠い世界の出来事として扱われてきました。投資は不安定で、難しく、特別な人だけが行うもの――そんな認識が、長く社会に根づいていたのです。

本来であれば、世界経済が力強く成長する過程で生み出された膨大な付加価値は、日本の家庭をより潤し、次の世代への教育投資や、社会の新しい挑戦を支える資本へと循環していたはずです。最強のエンジンを積みながら、アクセルを踏まずに坂道を上ろうとしていた――そんな表現が頭をよぎるほど、私たちは巨大な機会を損失し続けてきたのかもしれません。

もっとも、この構造は今、静かに、しかし確実に変わり始めています。

貯蓄から投資へ…2018年運用開始の「オルカン」による日本の変化

私たちが普及に心血を注いできた「eMAXIS Slim(イーマクシススリム)」シリーズ、中でも「オルカン(オール・カントリー)」の純資産残高は10兆円を超え、かつては想像もできなかった規模に達しようとしています。

これは単なる一商品のヒットではありません。日本の資産運用が、特定の銘柄を当てる「点」の投資から、世界全体の成長を丸ごと受け取る「面」の投資へ、そして「投機」から「資産形成」という、より普遍的で再現性の高い考え方へと、確かな流れとして移行しつつあることを示す歴史的な兆候だといえます。

「eMAXIS Slim」シリーズ全体で見れば、その残高はすでに20兆円を優に超えています。こうしたインデックスファンドが、たとえば世界経済の成長に合わせて年率5%で運用されれば、そこから生まれるリターンは年間で1兆円を超えます。

この数字は、もはや個々人の「儲け話」という枠を完全に超えています。1兆円という規模は、日本の科学技術振興や少子化対策といった、国家予算の主要な政策分野と肩を並べる水準です。

重要なのは、その富が誰かの犠牲や税金、あるいはゼロサムゲームの奪い合いによって生まれるものではないという点です。それは世界中の何十億という人々が今日をよりよくしようと働き、企業活動が生み出した付加価値の一部として、正当に分配されるものです。資産運用が健全に社会に根づくことは、社会全体のパイを広げ、未来への選択肢を増やすための、最も静かで持続的な「民間の力」なのです。

オルカンが既存の投資イメージと異なる理由

投資」という言葉を聞いて、今でも多くの人が、複数のモニターに張り付き、刻一刻と変わる相場に神経を尖らせ、複雑な判断を迫られる姿を思い浮かべるかもしれません。

しかし、私が考えるインデックスファンド投資の本質は、その対極にあります。市場全体に投資するということは、もはや「どの銘柄が勝ち、どの国が沈むか」を予測し続ける苦行から、自分自身を解放することに他なりません。予測に貴重な時間と労力を費やすのではなく、世界経済そのものの成長に参加し、その流れに身を委ねる。この「発想の転換」こそが、投資の姿を劇的に変えました。

もちろん、企業の価値を分析し、銘柄選択の探求そのものを趣味として楽しむことを否定するものではありません。それは一つの高度で知的な営みです。

ただ、多くの人にとって、人生の主人公は投資であってはならないはずです。あなた自身の仕事、大切な家族との食事、趣味や学び、あるいはただ静かに流れる休日。投資に振り回されず、そうした「自分にしかできないこと」に全力を注げる状態をつくること。

実はそれこそが、長期的に見て合理的であり、かつ人生の生産性を最大化する最も無理のない投資戦略なのです。

代田 秀雄

三菱UFJアセットマネジメント 前常務

シロタ・ウェルス・アンド・ウェルビーイング・アドバイザーズ 代表