【元イスラエル空軍兵士】夢だった戦闘機のパイロットになれず 退役後に訪れた日本で「イスラエルの教育は間違っていた?」ダニー ネフセタイさん(69)【中編】
元イスラエル軍兵士、ダニー ネフセタイさん(69)による講演会が、5月3日、岡山市で開かれました。
【画像を見る】イスラエルはどんな国? 元JNNカイロ支局長が撮影したガザ ダニー ネフセタイさんの半生
ダニー ネフセタイさんは、1957年にイスラエルに生まれ、1975年、高校卒業後、徴兵制によってイスラエル軍に入隊。
退役後、1979年10月に来日し、現在は、注文家具や遊具、木工小物などを創作するかたわら、講演を行っています。
イスラエル時代、ダニーさんの夢は戦闘機のパイロットでしたが、非常に狭き門だったといいます。
戦闘機のパイロットを目指した日々
(ダニー ネフセタイさん)
「パイロット養成学校では半年間の高度な座学があり、毎日試験がありました。すべてクリアした人だけが戦闘機に触れることができます。
私はフランス製の練習機に80回乗りましたが、ある試験を突破できず、戦闘機のパイロットにはなれませんでした。
19歳のとき、3歳からの夢が崩れ落ちて、涙を流したことを今でも覚えています」
日本国憲法との出会い
(ダニー ネフセタイさん)
「日本に来て、滞在が長引くなり、私は日本国憲法というものに出会いました。
私がそれまで教わってきたことは『国を守るのは軍隊だ』ということです。それを完璧に信じていました。ところが、日本では、なんと『憲法』でこの国を守ろうとしている。しかも『永久に』とまで書いてある。最初は『冗談でしょう』と思いました」
私が受けてきた教育はおかしい?
(ダニー ネフセタイさん)
「でも、少しずつ考えるようになりました。
私の出身国には、世界一強い軍隊があると誰もが信じています。いっぽう、日本では憲法で国を守ろうとしている。
しかし結果として、私の出身国はずっと戦争をしています。日本は何十年も戦争がありません。
もしかしたら、おかしいのは日本人ではなくて、私が受けてきた教育の方ではないか。そう疑い始めたのです」
戦闘機は「かっこいい」機械ではない
(ダニー ネフセタイさん)
「日本に来てはじめて、私はある当たり前のことを考えました。戦闘機とは何のために作られた機械なのか、ということです。
イスラエルで飛ばしていたときは、一度も考える余裕がありませんでした。しかし冷静に見ると、この機械にできることはたった2つしかありません。
人を殺すこと、そして物を破壊すること。数億円かけて作られたこの機械は、茹で卵すら作れません。洗濯物も畳んでくれません。
なのに、航空ショーに26万人が集まり、みんな『かっこいい』と言う。これはどこから来るのでしょうか。映画の中で戦闘機のパイロットが美人と結婚するシーンが当然のように描かれる、そういった刷り込みが積み重なっているのだと思います。
街中でナイフを振り回している人を見て 『かっこいい』という人はいません。でも、ミサイルと爆弾を積んだ戦闘機を見て『かっこいい』という人は結構います。その爆弾一つで、ナイフの300倍の人を殺すことができるにもかかわらず、です」
1946年 イギリス領だった
(ダニー ネフセタイさん)
「1946年のイスラエルはまだイギリス領でした。当時のイスラエル人は、今のパレスチナ人と同じように、一日も早く自由と独立を手に入れたいと願っていました。
そのために武力を選んだグループがあり、イギリス軍司令部への爆破攻撃で91人が亡くなりました。イギリス軍は『テロリスト』として指名手配のポスターを貼りました」
「テロリスト」と呼ぶことで、平和への道を自ら閉ざす
(ダニー ネフセタイさん)
「そこから30年が経ちます。
1978年、イスラエルはエジプトと平和条約を結びました。翌年、その立役者となったイスラエルの首相がノーベル平和賞を受賞します。その首相こそ、かつて『テロリスト』と呼ばれていた人物でした。
彼はテロリストだったのではありません。テロという行為をしたのは事実ですが、彼の目的はイスラエルの独立でした。その目的が達成されたとき、彼は自ら武力をやめ、やがて政治家になり、平和条約を結んだのです。
私たちが誰かを『テロリスト』と呼んだ瞬間、その人たちと話すことができなくなります。自分たちの手で平和への道を閉ざすことになります」
子どもたちの死が、次の憎しみを生む
(ダニー ネフセタイさん)
「2008年、イスラエルはガザを攻撃し、345人の子どもが犠牲になりました。もちろん、生き残った子どもたちもいます。その子どもたちが2023年に大人になり、10月7日にイスラエルを襲いました。
1日でイスラエルの一般市民と軍人合わせて1200人が殺されました。それに対してイスラエルは2年間ガザを攻撃し、今回は2万2000人の子どもが犠牲になりました。
この計算でいくと、おそらく2038年頃、生き残った子どもたちが憎しみをいっぱいに抱えて、またイスラエルを襲うでしょう。この連鎖は止まりません」
※JNNの当時の報道では、2008年12月から2009年1月のガザ大規模攻撃時、ガザ側の死者は子ども約400人を含む1300人以上、イスラエル側で死者13人とされていました。
イスラエルによるガザ攻撃がきっかけとなり、ダニーさんは講演活動を始めます。ダニーさんを突き動かした衝撃的な出来事とは──。
▶この記事の続きを読む 【後編】
▶この記事を最初から読む【前編】
