【熊本地震10年】南阿蘇村の“学生村”で過ごした卒業生 10年経っても続く「つながり」
特集は熊本地震10年です。南阿蘇村に、地震の前まで大学生800人が暮らし、“学生村”と呼ばれた集落があります。
大学のキャンパスが移転して姿を変えた集落に、先月、卒業生が訪れました。10年経っても続くつながりがありました。
南阿蘇村黒川地区で、学生アパートを営む竹原伊都子さんです。
入居するのは、5年前、村にできた専門学校の留学生。入学式の後にバーベキューで歓迎しました。
■竹原伊都子さん「困ったことがあったら、我慢せずにおばちゃんに言わなんよ」
■新入生「楽しんでいます。めちゃおいしいです」
かつて“学生村”と呼ばれた黒川地区。その村を変えたのが熊本地震でした。
東海大学農学部の学生およそ800人が暮らしていた黒川地区は、10年前の本震で9割近い建物が被災。学生3人を含む4人が亡くなりました。
復旧活動にあたっていたのは、竹原さんの下宿「新栄荘」に住んでいた、当時4年生の原田健汰さんです。
■原田健汰さん「僕たちはこうやって生き残ったので、本当に1人1人頑張ってやっていきたい」
その後、学生団体をつくり語り部活動を始め、地震の経験を伝えてきました。
学生と住民とが家族のように助け合っていた暮らし。
■竹原さん「もうここが、ハラケンの田舎やからね」
■原田さん「本当に思っています」
しかし、校舎の真下に断層が見つかり、キャンパスは移転することに。
学生たちは村を離れ、原田さんも県外で就職しました。
集落が復興を進める中で、残った下宿は新栄荘だけになりました。
そして、地震から10年となった先月、新栄荘を原田さんが訪れました。
現在は地元・埼玉の特別支援学校で教師をしています。
この日、黒川地区では復興の歩みを伝えるイベントが行われ、被災後ともに活動した人たちが集まりました。
原田さんも卒業生とともに集落を歩きます。
■原田さんたち「2~3年に一回は来ている」「だいぶ変わっていません?」「変わっている」
原田さんに話しかけたのは、東海大の現役の学生団体「阿蘇MIRAI広場」の須賀川舜さん。
黒川地区で交流会を続けていますが、“学生村”を知らない世代として活動の広げ方を悩んでいました。
■原田さん「楽しそうだなって思ったことをやらせてもらって、おじちゃんおばちゃんにアドバイスもらいながらやるっていうのを阿蘇で学んで体験してもらえたらすごいうれしいな」
原田さんは、楽しみながら黒川地区の人たちと仲良くなってほしいと伝えました。
イベントの終盤、原田さんたちに贈られたのは、これまでの活動に対する感謝状です。
■竹原さん「皆さんには多くの支援と力をいただきました。おかげさまで今の私たちがあります。学生村をこれからも思い出して会いに来てください」
■阿蘇MIRAI広場・須賀川舜代表「きょういろんな話を歴代の先輩から聞いて、『楽しんでやってくれる方が動いてくれる人が多いよ』というのが一番自分の心に響きまして」
須賀川さんも、先輩の言葉に背中を押されたようです。
■原田さん「うめー。おいしいね」
■竹原さん「懐かしいど?」
■原田さん「やっぱおいしいっすね」
地震で奪われた学生村の暮らし。それでも10年たったいま、住民と学生の絆は続いています。
■原田さん「時代が変わっていく中で、そこにいる人たちがとにかく楽しく一緒に支え合ってっていう、これからもそういう場所であってくれたらすごく嬉しいな」
