信号待ちをしていたら意図的に車道に突き飛ばされ… 渡邊渚さんが明かした「壮絶な暴力体験」と「PTSDになってから受けた誹謗中傷」との向き合い方
2024年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん(29)。2020年の入社後、多くの人気番組を担当したが、2023年7月に体調不良を理由に休業を発表。退社後に、SNSでPTSD(心的外傷後ストレス障害)であったことを公表した。約1年の闘病期間を経て、再び前に踏み出し、NEWSポストセブンのエッセイ連載『ひたむきに咲く』も好評だ。そんな渡邊さんが、PTSDになってから受けた壮絶な暴力体験について明かします。
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トラウマをきっかけに、私は1人でタクシーに乗れなくなりました。運転手のおじさんと小さな空間で2人きりになるのが怖くて、移動は基本的に電車か徒歩です。
ある日の仕事帰り、1人で歩いて駅に向かっていた時のこと。交差点で信号を待っていたら、50代前後のおばさんに後ろから突き飛ばされました。
私はただ信号を待っていただけだったので完全に気を抜いていて、バランスが取れず、身体が半分車道に出た状態で手をついて転んでしまいました。運良く車に轢かれることはなかったけれど、アスファルトで手を擦りむいてしまいました。
私は突き飛ばしてきた人の顔をはっきり確認しておらず、転んだ後に小走りで去っていく後ろ姿をぼんやり捉えただけでした。
すると、同じく信号待ちしていたベビーカーを押していた女性が「大丈夫ですか?」と駆け寄ってきてくれました。「あのおばさん、追いかける? あなたのこと、意図的に手で押してたよ」と教えてくださいました。
気が動転していたし、手のひらの傷が痛くて、追いかける気にならず、私は「大丈夫です。ありがとうございます」と半泣き状態で答えました。
その方はベビーカーからティッシュや絆創膏を取り出して、手当てもしてくださり、「私はちゃんと見たから。ピンク色の花柄の服を着ていて、50代くらいのおばさんだと思う。いつでも証言するからね」と電話番号を教えてくれました。
実はここ1年弱、私は似たようなことを何度か経験しました。その度に、もう外に出たくない、外が怖い、と思います。でも、働かなければいけないし、外で社会とのつながりをもつことが病気からの脱却になると思って、頑張って外に出ています。
最近は、PTSDになってすぐの頃に抱いていた"外の世界が怖い"とは別の"外が怖い"を感じています。
毎日少しずつ距離を伸ばして外に出る訓練をした
PTSDの症状がひどかった時からしたら、外に出られるようになった今は、本当に奇跡的で、ものすごい成長です。当時は手足をうまく動かせなかったし、震えがすごかったので、「自宅のマンションの入り口にいく」「それができたら入り口を出て数メートル歩く」「家の目の前のコンビニに行く」「健康なら徒歩5分もかからない道を15分くらいかけて歩く」みたいに、毎日少しずつ距離を伸ばして、段階的に外に出る訓練をしていました。
電車に乗るのも初めは怖かったけど、タクシーには絶対乗りたくないから、移動手段は電車などの公共交通機関しかないので、何度も息が苦しくなりながら、動悸を耐えて、頑張って乗りました。
自分で言うのもなんですが、これは本当によく頑張ったと思います。これまで当たり前にできていたことができなくなることもショックだったし、私はこの先一生普通に生活できないのではないかと不安になっていたくらいです。タクシー以外の乗り物なら、何の気無しに乗れるようになったのは、私にとっては本当にすごいことなのです。
でも、たった一回、突き飛ばされるなどの恐怖を感じたら、また外に行く気力がなくなってしまいます。そして、また外に出る訓練を一からやり直し、になるのです。
外に出られるようになっては、外で怖い目に遭って引きこもる。訓練して頑張って出られるようになっても、また外で怖い目に遭って、またしても引きこもり。この繰り返しを、この1年何度もやってきています。
「私が死んでないから殺人犯にならずに済んでいる人たち」
日本の路上では突き飛ばされますが、海外ではそのようなことはありません。海外で過ごす時間は、外に恐怖を抱かずに済んで、やっと落ち着いて過ごせます。だから去年今年と、何度も海外に長期滞在しています。
多くの人たちが「海外より日本のほうが治安がいい」と思うかもしれませんが、私にとってはそうではありません。フランスでも、ニューヨークでもトルコでも、他のアジアの国々でも、突き飛ばしおばさんの被害には遭わずに済んで、安全です。何なら外に出て冒険したいと思えるほど気が楽になって、生き生きしていられます。
でも、SNSやネットニュースのコメント欄には「PTSDの人間がこんなふうに海外に行けるわけない」「本当のPTSD患者に失礼」「詐欺師」「PTSDなんて嘘だ」「お前が加害者」という言葉がちょくちょく見受けられます。私は、自分の身の安全と心の平穏を求めてすらいけないのか、と絶望的な気持ちになります。
いまだに度を超えた誹謗中傷も大量に届きます。「死ね」「殺す」という言葉を長期間ずっと浴び続けられているので、徐々に私の心も麻痺してきて、何とも思わなくなってきました。何なら、「じゃあ殺してよ」とも思ってしまいます。
私だって、こんな人生いらないです。どれだけ時間が経っても、頭の中からトラウマが消えることはないし、未来に何の希望もなく、ただ漫然と生きているだけですから。殺していただいて結構なのです。
先日もインスタのDMに「何でまだ死んでないの?」「生きていたくないなら自殺すれば」とメッセージが来ていました。確かに私は生きる意味を見失っているけれど、自殺はしません。
なぜなら、私の遺体を発見するであろう家族をPTSDにしてしまう可能性があるからです。PTSDの辛さは、誰よりも理解しているつもりです。だから誰にもこの病気になってほしくない。私の死に方のせいで、ずっとそばで支えてくれた家族や友人を不幸にしたくはないのです。
それに、私が本当に自殺しても、誹謗中傷を繰り返していた人たちも、私をPTSDにした人たちも、みんな何の責任も感じないでしょう。半分冗談、半分本気で言いますが、私からしたら、その人たちは、"私が死んでないから殺人犯にならずに済んでいる人たち"です。殺人犯にならずに済んでいることを、ありがたく思ってほしいくらいです。
生きたいと思える希望
PTSDと向き合うだけでも、正直しんどい毎日です。3年かけてやっと大きなフラッシュバックはなくなってきましたし、パニックになることもなくなってきました。薬の量も減らせるようになってきました。
でも、今の私はトラウマの恐怖というより、本当に害を与えられる恐怖に怯えているんだと思います。同時に、私の頭の中から死にたいという言葉が消えてくれるのも厳しい、とわかってきました。
こんな日々が、あと何年続くんだろうな。私の人生、いつ終わってくれるのかな。と毎日思っています。
ただ、突き飛ばしおばさんのせいで怖い思いはしましたが、手を差し伸べてくださる方もいらっしゃるのは事実です。眼前が黒いアスファルトと擦りむいた血の光景だったけど、救いの手のおかげで世の中捨てたもんじゃないな、とほんの少しだけ温かさを感じました。生きたいと思える希望がまだあるといいな、と思いながら、私は今年も一つ歳を重ねました。
【プロフィール】
渡邊渚(わたなべ・なぎさ)/1997年生まれ、新潟県出身。2020年に慶大卒業後、フジテレビ入社。『めざましテレビ』『もしもツアーズ』など人気番組を担当するも、2023年に体調不良で休業。2024年8月末で同局を退社した。今後はフリーで活動していく。2025年1月29日に初のフォトエッセイ『透明を満たす』を発売。同年6月には写真集『水平線』(集英社刊)も発売。渡邊渚アナの連載エッセイ「ひたむきに咲く」は「NEWSポストセブン」より好評配信中。
