新たな出会いのために…『ホンジャマカ』石塚英彦が経験した「卒業」

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第2ボタンの思い出

みなさん、ごきげんよう。暖かくなってまいりました。綿のTシャツからメッシュのTシャツへの衣替えは、もうお済みですか? 石塚英彦です。

卒業シーズンを終え、入学や入社など新生活を迎えた方も多いと思います。今回は、私が経験したいくつかの「卒業」について書かせていただきます。

人生で最初に迎えた卒業は小学校の卒業式です。あまり悲しかった印象はありません。なぜなら、小学校の友人のほとんどが、同じ中学校に進学するからです。ところが、中学校の卒業式は違いました。同級生がそれぞれ違う高校へ進学するからです。

卒業式当日は、一気に3年分の思い出がよぎりました。教室を見ては「ああ、ここで人違いで佐藤先生にハタかれたなぁ」とか、渡り廊下を見ては「ああ、ここで後輩の女子に告白されたなぁ」とか、プールを見ては「ああ、ここでクロールをして耳に水が入ったなぁ」とか、胸が熱くなりました。明日から、もうここへは来ない。そう思うと、たまらなくなりました。

卒業生たちはみんな別れを惜しみ、なかなか帰りません。制服の第2ボタンのない男子たちが右へ左へ。ご存知ない方もいらっしゃると思いますが、当時は女子生徒が好意を寄せる男子の第2ボタンをもらう風習がありました。

多くの卒業生たちが下校し、残っている人もわずかになった段階で、私の制服にはすべてのボタンがしっかりと縫い付けられていました。私は勇気を出して自ら第2ボタンをむしり取り、告白できずにいた女子に強引に「ん!」と言って渡しました。あのボタンは今、どこにあるのでしょう。

そんな熱い思い出があったにもかかわらず、高校に入学すると、すぐに好きな女子ができました。人間とはそんなものです。

アジフライに絶望

高校時代は柔道にすべてを捧げていたので、卒業するときは「あのキツい練習から解放される」という喜びが強く、大学に関しては学食で食べたカレーライスとナポリタンの思い出しかありません。その後、辛かったのは、アルバイトの卒業です。

高校を卒業してから9年間、私は横浜駅東口のステーキレストランでウエイターのアルバイトをしていました。この店を選んだのは、まかないでステーキが食べられると思ったからです。

しかし、初日のまかないはアジフライでした。私は絶望しましたが、店長や他のアルバイト、社員のみなさんがあまりにいい方々だったので、9年間も続けることができました。

ミスをしても優しい言葉をかけてくださった店長、ミネラルウォーターのケースをどちらがたくさん持てるか競い合った斉藤くん、バイトの帰りに二人でエロ本を買いに行った松原くん、バイト終わりにバイクに乗って本牧まで行き、その日に出会った気にくわない客の悪口を叫んだ仲間たち。

『ホンジャマカ』での仕事が入り出したことで、ついに彼らとの別れのときがきました。店長は「そっちの仕事、頑張ってよ」と一言。どこまでいい人なんでしょう。最終日、仕事を終えて自分のロッカーから名札を剥がしたとき、心に冷たい風が吹き込んだ気がしました。

その後も芸能界で卒業という名の「番組終了」をいくつも経験し、現在があります。卒業は悲しい儀式ではありません。卒業した後には「次」があります。みなさんも、4月からの新生活でどんな仲間に出会えるのか。ワクワクしながら過ごしてくださいね。

『FRIDAY』2026年5月1・8日合併号より

文・イラスト:石塚英彦

’62年、神奈川県生まれ。恵俊彰とのコンビ「ホンジャマカ」で活動、「元祖!でぶや」(テレ東系)などのバラエティに加え俳優や声優としても活躍。現在、「よじごじDays」(テレ東系)の金曜MCとして出演のほか、YouTubeやInstagramにも注力している