コパ・デル・レイ決勝では88分から投入された久保。(C)Getty Images

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 セビージャで行われたアトレティコとの頂上決戦。周知の通り、タケ・クボ(久保建英)はキャリア初のファイナルに、万全の状態でたどり着くことはできなかった。あまりに大きな不運だが、悲劇は彼一人に留まらない。レアル・ソシエダというチームそのものが、まさに薄氷を踏むような状況にあった。

 決戦の日に向けて準備は万端かと思われたが、ラ・リーガ前節のアラベス戦で警報が鳴り響き、最悪なことに、その懸念は前半のうちに現実となった。タケの不在の間に攻撃を牽引してきたオジャルサバルとゲデスの二本柱が、万全とは程遠い限界ギリギリの状態でのプレーを強いられていた。

 試合前、ある日本のメディアから「今日のタケの状態は1から10で言えばいくつか」と問われた。スタメン表に彼の名がなかった時だ。私は情報よりも直感に基づいて「6だ」と答えた。だが、マタラッツォ監督の目にはそれ以下に映ったのか、あるいはそのレベルでは不十分だと判断したのだろう。

 指揮官がタケを投入したのは、アトレティコが2−2の同点に追いつき、不穏な空気が漂い始めた88分だった。アトレティコは終盤に三度の決定機を迎えたが、幸いにも精度を欠き、ラ・レアルを仕留め損ねた。
 
 コンディションが「6」であろうがそれ以下であろうが、タケが登場した瞬間に試合の空気は一変した。それまで、決勝の天秤はラ・レアルを限界まで追い詰めたアトレティコ側に大きく傾いていた。

 逆転劇は完遂されようとしており、サン・セバスティアンから乗り込んだサポーターは、手中に収めかけたタイトルが土壇場で指の間からこぼれ落ちていく絶望感に襲われていた。両者の控え戦力の差は歴然としており、試合の流れは一方向にのみ向かっていた。

 しかし、フットボールにおいて個の才能が炸裂する時、事前の論理など無意味と化す。延長戦に入り、実力とエネルギーの差が広がり始めたかに見えたその瞬間、タケがすべてを変えた。それは単なるプレーではない。自らの意志の表明だった。バレネチェア、ゲデス、オジャルサバルといった他の主軸たちがピッチを去った後、異能のフットボーラーが見せた、まさに希望の光となる出現だった。
 
 自陣から発進した彼は、寄せてくるプレス網を次々と掻い潜って前進し、相手守備陣を後退させた。何より、チームを精神的に再起動させたのだ。その瞬間、ラ・レアルは劣勢の感覚を拭い去った。再び競争力を取り戻し、勝利、あるいは少なくともPK戦まで持ちこたえられるという確信を抱いたのである。 

 こうしたプレーは単に危険をもたらすだけでなく、とりわけ「全か無か」の局面において試合の力学を再構築する。敗色濃厚に見えたチームは信念を取り戻し、それまで主導権を握っていた側には疑念が芽生え始める。決勝戦は、肉体面と同様に感情面が重みを増す均衡した領域へと突入した。 

 ラ・レアルはまだ勝てると理解し、対するアトレティコは、リスクを冒せばその背後でタケが牙を剥くという恐怖を植え付けられた。98分にはスチッチへ鮮やかなヒールパスを供給。放たれたシュートはファン・ムッソに阻まれ、弾かれたボールをオスカールソンが狙うも、再び厚い壁に遮られた。
 
 しかし、最も過酷な瞬間にチームを支えたその男が、PK戦では説明のつかない決断を下した。タケはキッカーとしての責任を引き受けなかったのだ。リーダーが姿を現すべき場面において、ペナルティスポットに立たなかったという事実は、直前までのインパクトとあまりに鮮烈なコントラストを成している。

 これは技術の問題ではなく、義務の問題だ。真に力ある選手こそ、一歩前へ出なければならない。PKを蹴るのが好きではないという言い訳は、もはや通用しない。

 ラ・レアルは最終的にPK戦を制しタイトルを手にしたが、この試合は明確な教訓を残した。個の才能は最悪の状況ですら筋書きを書き換えるが、同時に、決勝戦におけるあらゆる振る舞いがその選手の物語を形作るということだ。

 タケはタイトルを勝ち取り、望むなら来シーズンも欧州の舞台へ戻れる。ラ・レアル以上に輝ける場所があるとは信じがたいし、そこでタイトルまで獲れるなら尚更だ。今、彼は街全体を幸せにした祝宴の主役の1人である。私なら、残ることを熟考するが...。

取材・文●ミケル・レカルデ(ノティシアス・デ・ギプスコア)
翻訳●下村正幸
 
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