ドナル・ライアンさんも幼いころから乗馬に親しんできた=2026年3月6日、ダブリン郊外の遺伝子分析企業「ジント」の研究室、高久潤撮影

世界有数の競馬産業の拠点とされるアイルランド。ダブリン郊外にある企業の実験室には馬の血液サンプルが集められ、遺伝子解析が進められています。先端技術によって競走馬の未来はどうなっていくのでしょうか。記者が実験室を訪れました。

階段で地下へと下りていくと、広大な研究室が目の前にあらわれた。手袋をした研究員が冷蔵庫から取り出す試験管に入っているのは、競走馬の血液だ。

遺伝子分析企業ジントの研究室があるのは、アイルランドの首都ダブリン郊外。人口約550万人のこの国は、世界有数の競馬産業の拠点として知られる。ジントは、世界各地から競走馬の血液サンプルを集め、次世代の「馬づくり」に向けて日々、遺伝子解析を重ねている。

最高経営責任者ドナル・ライアンさん(45)は言う。

「ひとくちに競走馬といっても、個性や能力は大きく異なる。短距離で力を発揮するタイプか、長距離で粘り強く戦えるタイプか。遺伝子をみれば、その馬の強みをより正確に知ることができるようになる」

競馬の世界では長らく、馬の能力は「血統」に依存するとされてきた。生産者や調教師は、祖父母やそれ以前の世代まで記録をさかのぼる。どのくらいの長さのレースで勝ったのか。成功しやすい配合の組み合わせはどうか。どの配合が成功してきたのか。経験則と、それに基づく勘を頼りに、馬を見極め、育てる。

ただ、遺伝学の発見はその世界に別の視点を持ち込んだ。代表例がミオスタチン遺伝子だ。筋肉の成長に影響を与えるこの遺伝子の型は、競走距離への適性と強い関係がある。CC型は短距離、CT型は中距離、TT型は長距離。ライアンさんによれば、97%の精度で当てはまるという。

もちろん、馬の能力は「距離適性」だけでは決まらない。跳躍力、パワー、気性の安定性。さらに、こうした要素は個々の馬

競走馬の血液を採って遺伝子分析をする=2026年3月6日、ダブリン郊外の遺伝子分析企業「ジント」の研究室、高久潤撮影

の育つ場所や調教のされ方、与えられる食べ物などの環境要因によって、変化していく。

では、遺伝子は、馬の能力の全体のうちどれほどを決めているのか。創業から約16年で解析した遺伝子データは、実に競走馬3万頭分以上にのぼる。ライアンさんによると、膨大なデータの蓄積をもとにした研究によれば、遺伝が総合的な「馬の能力」に影響を与える確率は、25〜40%程度と推定される。6割以上は、環境や調教が左右することになる。ライアンさんは「遺伝が馬の能力を決める最大の単一の要因だ」と話す。

ジントが手がけるような大規模な研究プロジェクトが可能なのは、競馬がスポーツであると同時に、巨大な資本を生み出す国際的な産業だからだ。アイルランド競馬統括機関がデロイトに委託した調査によれば、同国の競走馬の生産・競馬産業だけで年間24億6000万ユーロ(約4500億円)の経済効果を生み、3万人超の雇用を支えている。そして今、その産業の中心で変化が起きている。遺伝子研究と人工知能(AI)の組み合わせだ。ライアンさんによると、日本のJRAの研究機関もジントの技術を導入している。アイルランド、英国、オーストラリア、日本、米国など競馬先進国の研究者たちが、数千頭規模の遺伝データを機械学習で解析し、競走能力や健康状態と結びつくパターンを探している。

ただ、この分野の発展は新たな問題も生んでいる。遺伝子を解析するだけでなく、操作する技術が現実のものになりつつあるからだ。英国競馬統括機構は2025年、競走馬の遺伝子ドーピング検査を導入した。遺伝子編集による能力強化を防ぐためだ。国際競馬統括機関連盟や国際馬術連盟も、遺伝子操作を競技規則で禁止している。

科学技術の発展は、馬と人間の関係をどう変えるのか=2026年3月4日、英スコットランド・アボインの支援施設「ホースバックUK」、高久潤撮影

生命を「読む」技術は、同時に生命を「操作する」可能性を持つ。もっと速く走れるように。あけすけに言えば、もっとたくさんの金を生み出せるように。技術の発展は、馬が持つ力を、人間が思うがままに操る動きを加速させるのではないか。

ライアンさんにその疑問をぶつけてみると、少なくとも「操作」のために研究しているのではない、と否定したうえでこう説明した。技術によって馬の能力や健康状態をより正確に読み取れるようになれば「馬に無理をさせたり、人間の思い込みで苦しい思いをさせたりする確率を下げられる」とライアンさん。

実際、馬体にセンサーを取り付けたり、AIによる画像解析を用いたりして、歩き方の小さな変化などから故障の兆候を見つける研究の例もあるという。

「競馬は巨大産業だが、長い歴史のある文化でもある。人間には馬を幸せにしながら、ともに歩んでいく義務がある」