「監督の責任なので申し訳ない気持ちでいっぱいです」歯車が狂った局面では判断が半歩遅い…広島東洋カープが体感した“采配”における“2つの課題”
〈《18年ぶりのリーグ制覇と38年ぶりの日本一を達成》阪神タイガース・岡田彰布が藤川球児・新監督に残していた“計り知れない遺産”の内実〉から続く
2016年から球団史上初のリーグ3連覇を達成し、黄金期を築いた広島東洋カープ。近年は苦境が続いているが、往時の采配には2つの課題があった。そう指摘するのが野球評論家・著作家のゴジキ(@godziki_55)氏だ。
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その課題が現在の苦境につながっているのか? ここでは、同氏の著書『マネジメント術で読むプロ野球監督論』(光文社新書)の一部を抜粋。黄金期の残響を検証する。
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打力と機動力を融合した歴代屈指の野手陣
2016年から広島は球団史上初のリーグ3連覇を達成し、“黄金期”を築いた。その原動力となったのが、圧倒的な攻撃力と機動力の融合である。緒方は走塁を重視し、一つ先の塁を狙う積極走塁を奨励した。送りバントなどの小技も要所では辞さないものの、序盤から大量点を狙う場面では強打者に強攻させるケースが増えた点で、従来の日本的な「まず送る」采配からの脱却も見られた。実際、無死一・二塁で強打者が打ちに出てビッグイニングをつくる場面も多く、打線の爆発力を最大化する戦略が取られている。
田中広輔、菊池、丸の上位「タナキクマル」トリオが高出塁率を誇り、クリーンアップの新井とエルドレッドが勝負強い打撃で返すのが基本の形。下位打線にも松山竜平や安部友裕、會澤ら打力のある選手を配し、代打や代走・守備要因まで含め、歴代で見ても屈指の野手力を形成した。
16年には7人の打者(新井、菊池、田中、エルドレッド、松山、丸、鈴木)が二桁本塁打を放ったうえに、俊足巧打の選手が揃い、盗塁数も100以上で常にリーグ1位を記録。打力と機動力の相乗効果で、広島は常に試合終盤まで反撃の糸口を掴んだ。「逆転のカープ」という異名が示す通り、16年は89勝中45勝が逆転勝ち。守備面では二遊間の菊池・田中が鉄壁で、野間ら俊足選手を終盤の守備固めに投入する采配も定石化し、リードを守り切る工夫もなされた。
前田健太が前年オフにメジャー挑戦したが、それでもリーグトップのチーム防御率を記録。この背景には、投手陣全体の底上げと充実した継投策があった。先発はジョンソンや黒田、野村祐輔らが軸となり、それまで実績の少なかった岡田明丈、薮田和樹といった翌年以降に活躍する若手も台頭した。リリーフでは、15年に中粼翔太を守護神に抜擢して以降、今村猛や外国人のジェイ・ジャクソン、ブレイディン・ヘーゲンズ、一岡竜司ら層の厚い救援陣を整備し、盤石の継投パターンを確立した。
マネジメント面では、黒田と新井という精神的支柱の力を最大限に活用した。黒田は先発陣を牽引し、新井は打棒が復活しMVPに選出される活躍で若手を引っ張った。緒方はベテランを単なる功労者ではなく戦力の中核として遇し、試合前の円陣などで新井や黒田が発する言葉がチーム全体の士気を高めた。また、前年まで二軍暮らしの鈴木を抜擢し、結果的に首位打者争いを含むシーズン打率.335、29本塁打、95打点と大ブレイク。野間や西川龍馬といった将来のレギュラー候補にも代走・守備固めなどで一軍経験を積ませた。

新井貴浩 ©文藝春秋
起用方針は実力・成果主義。不調の選手や結果を出せない選手はたとえ実績者でも二軍落ちやスタメン落ちを厭わず、その代わり調子の良い選手を積極的に起用した。この方針に選手も応え、控えだったプライディや小窪哲也が勝負強い代打で結果を残すなど選手層全体の底上げが進む。シーズン途中にはベテラン永川勝浩を約2年ぶりに一軍昇格させ、中継ぎの駒として復活登板させるなど、ファームで準備の整った選手にチャンスを与える公平な人事も光った。こうしたマネジメントが、ベテランの経験値と若手の躍動を融合し、長丁場のシーズンを戦い抜く原動力となったのだ。
CSでは勢いそのままにDeNAを下したが、日本シリーズでは日本ハム相手に2勝4敗で敗退。
短期決戦の弱さが露呈した采配
緒方のポストシーズン采配は基本的にレギュラーシーズンの延長線上で、普段通りの戦い方を貫くスタイルだった。その結果、第1戦、第2戦こそ大谷を攻略するなど野手力の物量で勝利したものの、敵地での第3戦以降は4連敗と失速。ジャクソンの不調など誤算もあったが、シーズン中の采配に固執しすぎ、短期決戦での柔軟さに欠けていた。
例えば継投策のタイミングなど、日本ハムの栗山監督との駆け引きで後手を踏んだ場面が散見された。緒方自身も「交代のタイミングを間違えた。今季ずっと切り抜けてきたが、自分の判断ミス」とコメントしており、投手起用に差が出たシリーズだった。とはいえ、25年ぶりのリーグ優勝という最大目標を成し遂げたこの年の采配は概ね高く評価され、短期決戦の戦い方は次年以降の課題として残った。
翌年も、前年の勢いそのままに球団史上初のリーグ連覇を成し遂げる。2位に10ゲーム差をつける圧勝で、チーム総得点は12球団トップの736に達した。チーム打率.273、本塁打152本、盗塁112、長打率.424はいずれもリーグ断トツの1位だった。さらに、「同年の平均的なチームと比べて、打撃でチーム総得点を何点分増やしたか」という指標では歴代1位の177.を記録(2位は05年のロッテで167.5)。前年の117.3と比較しても、打線がレベルアップしたことがわかる。このシーズンも41試合が逆転勝ちで、88勝の実に半数近くを占めた。
投手陣はエース黒田の引退やジョンソンの戦線離脱もあり万全ではなかったが、2年目の薮田がシーズン中盤から先発ローテに定着し、チーム最多の15勝、勝率.833で最高勝率を記録する大躍進。野村も安定感ある投球で9勝ながらリーグトップクラスの防御率2点台をマークし、岡田は12勝、大瀬良大地も10勝を記録した。中粼は守護神として着実にセーブを積み重ね、不振の時期には今村猛や一岡が代役を務めるなど継投の層も厚みを見せた。チーム防御率は3.39とリーグ2位だったが、平均得点5点超の打線でカバーし、打高投低のセ・リーグを圧倒的な野手力で制圧した。
しかし、この年のCSでも緒方采配の短期決戦の弱さが露呈し、DeNAに敗れることになった。初回に先頭打者の田中が出塁すると2番菊池に送りバントを命じて得点圏に走者を進める策を5試合中4試合で繰り返したが、そのうち得点に結びついたのは第4戦と第5戦だけで、しかも両試合とも最終的には逆転負けを喫している。序盤から確実に1点を取りにいく作戦が裏目に出て、全体的な火力が低下し、相手に勢いを与えてしまう面があった。
また、このシリーズでは雨天順延の影響もあり、第1戦で好投した薮田と第2戦で敗戦投手となった野村を中4日で再度先発させたが、両投手とも再登板時に初回のリードを守れず逆転されてしまった。短期決戦での先発の中4日強行はリスクが高く、この采配も結果的には失敗に終わっている。
逆に、DeNAのラミレス監督は冴えまくっていた。先発の見切りが早くなる一発勝負で今永や茺口遥大をリリーフに回した采配がハマり、広島打線を抑え込んだ。さらに、巨人とのCS争いで神がかり的なピッチングを見せた井納翔一を第3戦に先発させるなど、リスクを負ってリターンを得た。
常勝の裏で進行していた疲弊
翌18年、広島はついに球団初のリーグ3連覇を成し遂げる。勝ち星自体は前年より減少したが、2位以下を大きく引き離した。チーム打撃力は依然リーグ随一で、総得点721、平均得点5.04と2年連続でチーム得点700点超えを達成。チーム本塁打数175本、盗塁数95もリーグトップ。特に丸が打率.306、39本塁打、97打点で2年連続MVPという圧巻の成績を残し、若き4番鈴木もシーズン後半に故障離脱しながら打率.320、30本塁打と成長を見せた。田中、菊池の1、2番コンビも健在で、「タナキクマル誠也」という強力な上位打線は他球団の脅威だった。
一方で機動力野球には陰りも見え始めた。チーム盗塁数こそリーグ最多ながら、盗塁成功率が低く、走ることが得点に結びつかない場面も目立った。実際、統計指標のwSB(盗塁による得点価値)はマイナス3・67で、盗塁が必ずしも得点増に寄与していない。それでも緒方は方針を崩さず、盗塁死を恐れて消極策に転じることはなかった。
この姿勢は短期的にはリスクだが、長期的には相手バッテリーへのプレッシャーとなり得点機会を増やす効果もあった。しかし結果的に、この年の日本シリーズではその弱点を突かれる形となる。
安定していた打撃陣とは反対に、この年は投手陣の弱体化が顕著だった。チーム防御率はリーグ3位とはいえ4.12と悪化し、4点台防御率での優勝は85年の阪神以来。先発では大瀬良大地が15勝で最多勝と最高勝率のタイトルを獲得しエースに成長したが、あとはジョンソンを除いて軒並み成績を落とした。前年15勝の薮田は不調でわずか1勝に終わり、九里亜蓮や岡田らもローテを埋めたが防御率は軒並み4点台後半と安定感を欠いた。リリーフ陣ではフランスアが戦力として加わり、中粼、今村、一岡らと勝ちパターンを形成。しかし、シーズン後半には疲労からか失点が増え、終盤に追いつかれる試合もしばしば起こった。
それでも総合力では他球団を上回り、危なげなく優勝を決めた。逆転勝利は3年連続40試合以上となる41試合に上る。緒方政権3年目にして、粘り強さと爆発力を兼ね備えたチーム文化が完全に定着したシーズンだった。
日本シリーズで露呈した緒方采配の限界
3度目の正直で悲願の日本一を目指し、CSは相性がいい巨人を相手に4戦全勝(アドバンテージ含む)と圧倒。勢いそのままに日本シリーズへ駒を進めた。しかし、迎えたソフトバンクとの日本シリーズでは、第1戦に引き分け、第2戦に勝利したものの、第3戦以降は攻守で後手に回り1勝4敗1分で敗退。緒方の采配は概ねレギュラーシーズンと同じだったが、ソフトバンクという強力な相手に対して策の限界が露呈した面は否めない。
最大の誤算は機動力野球が封じられたことだ。広島はシリーズで盗塁を8度試みたが、驚くべきことにすべて失敗に終わった。さらに、本塁突入での憤死も2度あり、走塁は完全にソフトバンクバッテリーに読まれていた。前述したように盗塁成功率の低さはシーズン中からの課題だったが、短期決戦でも強行した緒方采配は裏目に出た。
投手起用でも後手に回った。第3戦では先発ジョンソンが早々に捕まり、早めの継投策が必要だったが、緒方は5回まで引っ張り大量失点を許してしまった。逆にソフトバンクの工藤は、奇襲的なオープナー起用や小刻みな継投で広島打線を幻惑した。
また、第5戦では1点リードの9回に守護神中粼が同点打を許し延長サヨナラ負けする痛恨の展開となったが、この試合でもフランスアを温存せず続投させることもできる中、8回頭から中粼を投入する決断が議論を呼んだ。短期決戦での柔軟性と奇策においては工藤に及ばなかった。
このようにポストシーズンでの課題は残したものの、緒方の16〜18年はリーグを知り尽くし、シーズンを勝ち抜く戦術・マネジメントにおいて卓越した手腕を発揮した3年間だったといえる。
黄金期の残響と終着点
広島の黄金期はここでついに終わる。19年は丸の巨人への移籍と新井の引退、救援陣の再編という構造変化に直面し、シーズン成績は4位。好不調の波が大きく、噛み合わせの悪さを最後まで解消できなかった。
田中の極度の不振を受けて小園海斗をショートに抜擢するなど若い選手に経験を与える判断もしたが、守備面の未熟さやチーム全体の停滞もあり、短期的な打開には至らなかった。また、長年の守護神・中粼の不調を受けてフランスアへ抑えをスライド。勝ちパターンの顔触れを日々の状態で組み替える小刻みな継投に傾いたが、「方程式の再確立」までには届かず、僅差での取りこぼしが増えた。丸不在で長打の脅威が分散し、相手の鈴木誠也包囲網が強まる中では、走者を進めても返し切る火力が不足しがちだった。このように、前提となる中軸の質や厚み、救援の安定度といった戦力の変化になかなかアジャストできず、戦略の有効性が薄まった格好だ。
大瀬良とジョンソンを柱に試合はつくれるが、救援は再編途上で終盤の質が揺れる。攻撃は鈴木という突出した存在に対して周辺の厚みが不足し、得点圏の「あと一本」の欠落が慢性化。守備は菊池を軸に総体として堅実だったが、一撃でひっくり返す力が足りない。緒方の強みである我慢と一貫性は、勝っている時には再現性を生んだが、歯車が狂った局面では判断が半歩遅い温情として作用しやすい。若手登用と主力の保護、規律と尊重のバランスを模索し続けたが、“決断の速さ”と“戦力の再定義”という2つの課題を残した。
広島の3連覇後を見ると、世代交代と戦力刷新の難しさがよくわかる。黄金期を築いた主力選手の高齢化や流出が避けられない中で、新たな軸となる若手をどれだけ育成できるかが問われたが、19年時点ではその答えを見出せなかった。
緒方は退任会見で「1年勝負の決意の中で4連覇、日本一を目標に戦ってきたが、期待に応えることができなかった。監督の責任なので申し訳ない気持ちでいっぱいです」と語り、新体制にチームを託した。
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(ゴジキ/Webオリジナル(外部転載))
