13歳でグラビアアイドルとして活動を始め、年齢を感じさせないルックスで長く人気を集めてきた岡山県出身の西永彩奈さん(30)。

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 30歳を迎えてグラビア卒業を発表した彼女に、デビューの経緯、中年男性に囲まれた初めての撮影会、関西と関東でのファン気質の違いなどについて、話を聞いた。


西永彩奈さん

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ホリプロオーディションの「もう少しだったかも」が悔しくて

――デビューしたのは、2008年。12歳だったそうですね。

西永彩奈さん(以下、西永) 中学1年生の年末で、13歳になるギリギリ前でした。誕生日が1月なので、ほぼ13歳からの活動ですが、デビュー自体は12歳です。

――スカウトで芸能界へ?

西永 当時、ホリプロタレントスカウトキャラバンが「写メで撮った写真をメールで送っても大丈夫です」みたいなCMをやっていて。

 双子の妹がいるんですけど、CMを見てすぐに妹と一緒に写メを撮って、「通ったら、広島旅行だね」みたいな軽い気持ちで送ったんです。写真審査が通ったら中国地方の代表を選ぶオーディションが広島で行われるので、旅行にもなるなと思って。

 そうしたら運良くオーディションに通って、いいところまで行けたんですけど、同じ岡山からエントリーした3つ上の子が特別賞を取ったんです。それで「もう少しで特別賞を取れたのかも」と、ものすごく悔しくて。それが芸能界を目指すきっかけになりましたね。その後、東京や大阪の事務所から声をかけていただいて。

――最初の事務所を選んだ決め手は何だったのですか?

西永 大阪の事務所だけがレッスン費がかからなかったうえに、唯一、わざわざ岡山まで来てくれたんです。すごく小さい事務所だったんですけど、当時は何も分からなかったし、岡山まで来てくれるというのが嬉しくて。大阪なら岡山と近くて安心なのもあって、そこに入りました。

――もともと芸能界に憧れがあった?

西永 「ドラマに出たいな」とか、キラキラした世界への憧れは漠然とありましたけど、「グラビアをやりたい」はなかったです。

――でも、グラビアでデビューすることに。

西永 その大阪の事務所の社長が、「綾瀬はるかさんとか長澤まさみさんとかも、みんな最初はグラビアをやっているから、名前を売るためにもまずグラビアをしよう」って。いま思えば、いい感じに丸め込まれているんですけど、グラビアでデビューということになりました。

 親もさすがに「えっ!?」みたいな感じで。その頃、ビキニなんて着たこともなかったので。

「私もプロの人に撮ってもらいたいな」とワクワクして

――“芸能人=水着”のイメージもなかったですか。

西永 なかったです。でも、事務所の社長から、同い年の女の子たちが出ている雑誌をたくさん見せてもらったり、好きだった北乃きいちゃんのミスマガジンのDVDを見たりして、「北乃きいちゃんもグラビアやってるんだ」って、いい感じに洗脳されていきました(笑)。

――グラビアに対して「えっ!?」となった両親も納得を?

西永 うちの親も最初は「本当にビキニとか大丈夫?」という感じでした。でも、当時の社長がうまかったんだと思います。たくさんの資料を親に見せてくれて、「変なことはさせません!」と説明をしてくれて。最初に私が載った『Chu→Boh』というグラビア専門誌には、「アイドリング!!!」の子や小池里奈ちゃんとか、ちゃんと活動している子たちが載っていたので、親も「それなら」と。

――「それなら」でも渋々といった感じではなく?

西永 すごくかわいく撮ってもらっている雑誌に載っている女の子の写真を見て、「私もプロの人に撮ってもらいたいな」とか「私もこんな風にメイクしてもらったらどうなるんだろう」とか言っていて。意外とワクワクしていました。

10人のおじさんに囲まれてピンクのビキニで撮影会

――抵抗なくスッとグラビア活動に入っていけましたか。

西永 最初はドキドキしました。「まだ世に何も出ていない私にファンなんてつくの?」って感じだったんですけど、社長が岡山駅の地下でデジカメで撮った写真を掲示板に載せて「撮影会やります」って告知したら、あっという間に満員になって。

 その撮影会で芸能界デビューをしたので、一番印象に残っていますね。

――どれくらいの人が来たんですか。

西永 団体撮影会だったんですけど、とりあえず目の前に10人くらいおじさんがいたのを覚えています。

――10人のおじさん。

西永 50代あたりの方々。当時の自分の父親よりちょっと上かなってイメージです。

――13歳が10人のおじさんに囲まれるって、なかなかの状況ですよね。

西永 “おじさんの壁”みたいな感じで「ドンッ」と。コンクリートっぽかったです。花の壁ではなく(笑)。初めて見る光景だったので、いまだに鮮烈な記憶として残ってます。衝撃的ではあったけど「何者でもない私にお金を払って、この人たちは撮りに来てくれてるんだな」という嬉しさもありました。

――撮影会はビキニ姿で?

西永 ビキニは着たことがなかったんですが、社長にROXYのショッキングピンクのビキニを買ってもらいました。当時は今みたいに水着が安く買えなかったので、そのビキニは今も思い出として持っています。デビューの頃からサイズも変わってないので、最後にどこかでもう一回着ようかなと思っています。

――初めての水着に対しては「うわ」よりも「かわいい」が上回った感じでしょうか。

西永 ピンクだったので(笑)。自分で買ったミニーちゃんの水着もあったんですけど、著作権の問題があるってことで着られなかった記憶があります。

「脚が短く見えちゃう」ポージングを教えてくれたおじさんたち

――初めての撮影会でポーズの要求はあったんですか?

西永 関西のファンの人って、普段はレースクイーンの撮影会に行っている人がすごく多くて、ポージングに詳しくて厳しいんですよ。だから、ポージングは関西のおじさんたちに教えてもらったと言っても過言じゃないです。

 みんな本当に優しくて、スパルタっちゃスパルタかもしれないですけど、「かわいい」なんて甘いことは言わずに「もっと脚をこうやったらきれいに見えるでしょ」とか「そのポーズのままだと脚が短く見えちゃうよ」とか、おじさんたちがいろいろ教えてくれて。

――育ててくれたと。

西永 中1から中2の夏にかけての半年ぐらい、関西で鍛えられました。その後に初めて『Chu→Boh』の撮影で東京に行った時、プロのメイクさんやカメラマンさんに「ポージング上手だね」ってすごく褒められて。「鍛えられた成果が出てる」と思いました。

東京は「ロリ好きの人がしっかりいるんだな」って

――関西と関東でファンの雰囲気に違いはありましたか?

西永 全然違いました。初めて東京でDVDのイベントをした時に、「うさぴょんしてください」とか「にゃんにゃんしてください」って言われて、「えー、今までいなかったタイプ」みたいな衝撃を受けましたね。私は関西で教えられたポーズを一生懸命やろうとしてたけど、「ぴょんぴょんでお願いします」「あれ?」って。東京はファンの年齢層も少し下がった気がします。

――ファンの方々の目的も少し違うのでしょうか。

西永 たぶん関西の人は、被写体として見てくれているというか。関西では撮影会をするグラビアアイドルも少なかったので、「育てたい」みたいな意識があったのかもしれません。写真の腕も上手な人が多かったです。

 東京に来て初めて、「こっちにはロリ好きの人がしっかりいるんだな」って思いました。

写真=深野未季/文藝春秋

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(平田 裕介)