ウサマ・ビンラディンが9.11を起こした「真の理由」…実は「アメリカ帝国主義」への恐怖ではなかった

写真拡大

ロシアによるウクライナ侵攻、世界的な移民排斥運動、権威主義的国家の台頭、トランプ2.0、そして民主主義制度基盤の崩壊……。

「なぜ世界はここまで急に揺らぎはじめたのか?」。

発売からたちまち重版が決定した話題書、『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』(川北省吾 著)では、共同通信社の国際ジャーナリストが、混迷する国際政治の謎を解き明かすために、国際政治学者や評論家、政治家や現場を知る実務家へのインタビューを敢行。辿り着いた答とは?

本記事では、〈西側の勝利で「終わった」はずの歴史が逆流…北京の軍事パレードが予感させる「アメリカ主導の国際秩序」の終焉〉に引き続き、元CIA工作員グレン・カールの話から、プーチンやトランプ、そしてビンラディンをも突き動かした「伝統主義」の正体について詳しくみていく。

※本記事は、川北省吾『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』より抜粋・編集したものです。

「堕落した世界」に決起

「スルコフはゲノンの思想的系譜に連なる。彼のような伝統主義者にとって、西側の価値観は受け入れられるものではない。受容すれば、(ロシアの伝統に根差している)自分が自分ではなくなってしまう。アイデンティティーに関わる実存的問題なのだ」

01年9月11日のアメリカ中枢同時テロを理解する鍵もその点にあるという。カールによれば、事件を首謀した国際テロ組織アルカイダ指導者だったウサマ・ビンラディンは、「堕落した世界」に対して決起した。

冷戦後、世界を席巻したグローバル化という名の西洋化。その大波は、イスラムの豊かな伝統文化を押し流していく。イスラムの盟主サウジアラビアの名家の出であるビンラディンは受け入れられなかったという。

「肌を隠す伝統に反し、イスラム女性が西洋の女性のようにビキニを着る。アラー(神)や預言者ムハンマドにも敬意を払わない。1300年に及ぶイスラムの伝統がグローバル化の中で崩れ去り、俗世にまみれて堕落する……。そうした変化への憤りがビンラディンを突き動かした。軍事力を背景にした『アメリカ帝国主義』への恐怖や、キリスト教文明との対決などは二次的な要因だ」

多くのイスラム教徒は世俗化の波に流されていったが、ビンラディンは頑なに拒んだ。21世紀の世には、もはや「神聖なものなど存在しない」と諦め、女性のビキニ着用を受け入れたら、自分を否定することになるからだ。

怒りが沸点に達した時、ついに彼は決意する。グローバル化の流れにあらがい、「失われゆく伝統を守り抜く」と。付き従う者たちに対し、近代合理主義や物質主義の象徴であるニューヨークの高層ビルに飛行機で突っ込むよう命令した。

前例のない凶行は3000人近い人々の命を奪い、今も癒えることのない悲しみを遺族にもたらす。非道極まりない所業だが、ビンラディンという原理主義者にとっては、「堕落した世界」を倒し、浄化するための儀式だったのだ。

バノンは「米国版スルコフ」

カールによれば、旧ソ連圏の民主化運動「色の革命」を目の当たりにしたプーチンやスルコフも、ビンラディンと同じジレンマに直面した。民主主義や個人の権利といった西側の価値観にひれ伏したら、ロシアの伝統は失われると考えたのだ。

「だからこそ、スルコフは『過度の自由』を拒絶した」とカールは言う。プーチンが2022年2月にウクライナへ全面侵攻したのも「ウクライナが西側への接近を強めていたことが根底にある」。

「2000年代前半、ウクライナの国民意識は欧米志向へ傾いた。プーチンは(同じ共同体の一部と見なす)ウクライナが失われゆくさまを見て取った。そこで21年7月、両者の『歴史的一体性』を説く論文を書き起こし、7ヵ月後に全面侵攻した」

カールによれば、サウジやロシアのジレンマは、強烈な外来文化と対峙した全ての社会に共通する。日本でも1853年の黒船来航後、尊皇攘夷運動が沸き起こった。天皇を敬い、外国排斥を唱える伝統主義である。

現在のヨーロッパも似た状況にあるという。中東や北アフリカから流入するイスラム系移民との文化摩擦の中で、伝統回帰を説く「ドイツのための選択肢(AfD)」やフランスの「国民連合(RN)」などの右翼政党が台頭している。

ストロングマン(強権指導者・独裁者)も現れた。代表格が「ハンガリーのトランプ」と称されるビクトル・オルバンである。欧州連合(EU)加盟国の首相でありながら、プーチンに理解を示し、異端児と評される。

ヨーロッパだけではない。インド首相のナレンドラ・モディ、トルコ大統領のレジェプ・タイップ・エルドアン、イスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフ……。ストロングマンは各地で権力の頂に立っている。

「地域を問わず、伝統主義がよみがえっている証しだ」とカールは言う。民主主義大国アメリカも例外ではない。行き過ぎたリベラル化への反動として伝統回帰のトレンドが生まれ、力強く脈打っている。

ドナルド・トランプはその産物だ。2016年の大統領選に当選後、20年に敗北したものの、不倒翁のように再起し、24年に再び勝利した。彼を支える「MAGA(米国を再び偉大に)」運動は、アメリカの土壌で咲いた伝統主義とも言える。

MAGA派の思想的支柱の一人で、トランプの右腕だったスティーブ・バノンも、ルネ・ゲノンの伝統主義に心酔していた。(注2)「バノンはアメリカの伝統主義者だ。米国版のスルコフなんだ」とカールは言った。

さらに〈「世界の警察官」の座を降りたアメリカの「ギブアップ宣言」がもたらしたもの…なぜアメリカは「唯一の超大国」ではなくなったのか〉では、アメリカが「世界の警察官」を辞めることになった経緯や、それによる国際秩序の混乱について詳しく見ていく。

注2 ジョシュア・グリーン『バノン 悪魔の取引』(草思社)P262〜268

【つづきを読む】「世界の警察官」の座を降りたアメリカの「ギブアップ宣言」がもたらしたもの…なぜアメリカは「唯一の超大国」ではなくなったのか