給食時間に椅子で次々プリントを解く子どもたちーー荒れた教室を立て直してきた教師が見た! 小学校の真実
「なぜ子どもが、不登校になったり、学習意欲がなくったりするの?」
その疑問に答え、解決策を持っているのが、全国の小学校の飛び込み授業でひっぱりだこの菊池省三先生です。
数々の崩壊した教室をコミュニケーションの授業で立て直し、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」や日本テレビ系列「世界一受けたい授業」などにも出演。
この10年で3000時間以上の授業を行い、もっとも日本の公立小学校を知っていると言っていい存在です。
著書『足型をはめられた子どもたち』では、各地で出合った目を疑うような授業、規則を紹介。「型にはめる教育」が、子どもたちの未来を狭めているとわかるでしょう。
小学校2年生の「机の下の足型」は、足型に足を置くだけでなく、椅子の座面に滑り止めのようなマットが載っていて体を動きづらくしています。学力テストの点数を上げるためよかれと思って設置されたのです。
ほかには、黒板の内容を生徒がクラスメイトに向かって読むだけの「セルフ授業」――。この記事では、給食時間に子どもたちに椅子でプリントを次々と解かさせる小学校と、一方で、菊池先生のコミュニケーション授業でなぜ成績が上がるのか紹介します。
給食時間に次々とプリント問題を解く子どもたち
2016年、北九州で昔からの勉強仲間の先生が異動になった小学校を「ちょっと様子を見てみよう」と訪れたときのことでした。
ちょうど子どもたちのわいわいとした声が聞こえてきそうな給食の準備の時間でしたが、静かだったのです。なぜかと言うと……、給食当番以外の子どもたちが、椅子の上にプリントを置き、床に座って算数などの問題を解いていたのです。
小学校の給食の時間というのは本来、子どもにとって学校の一日の中でも楽しい時間のはずです。かつては「それが楽しみで学校に来ている」というかわいげのある子もいたものです。
食育という言葉も浸透しています。子どもの学びは遊びからも得られます。また、学校生活で午前と午後のメリハリをつける重要な時間、という意味もあるのです。
しかしそこでは、ひたすら「給食の準備時間にプリントで問題を解く子どもたち」がいました。
机の上は使っていません。給食が置いてあるからです。問題を解き終えるとまたプリントが渡されるという状況でした。ちらっと問題の内容をのぞいてみましたが、それほど難しいものではないようでした。この「ランチビフォー」とネーミングされた時間を使って、基本問題の復習をしているようです。
問題を解いた子に対して担任がプリントを次から次に渡していくのです。終わりがなく、子どもたちはまるで穴を掘っては埋める、という刑を科された1960年代のアメリカ映画の囚人のようでした。
子どもたちはある意味、それを疑わず取り組んでいる様子でした。
全国学力テストの順位33位が発端
なぜそんなことになっていたのか。理由は明確です。
私の活動拠点である福岡県北九州市は、毎年、テレビや地元紙が全国学力テストの結果を報じます。私が「給食の準備時間のプリント」を目撃した前年の2015年には、福岡県全体の小学校の学力テストの全国順位が33位と発表されていました。翌2016年、北九州市教育委員会は「北九州市学力・体力向上アクションプラン」を策定します。
同年(平成28年度)から3年間集中的に取り組むそのプランの柱は「確かな学力」と「健やかな体」を育成するということです。
このうち、学力に関する内容は、以下のとおりでした。
柱1 全校体制でのPDCAサイクルの確立
柱2 指導力向上のための日々の継続的な取組
柱3 学力定着に向けた協働的な取組
「給食の準備時間のプリント」は、これらの内容が実際に教室の現場で実践されたものだったのでしょう。学力テストの成績を上げさせるために、追加で勉強をさせる時間はどこにあるのか。給食の準備時間しかないから、そこでやらせよう。そういう短絡的発想から生まれたように見えました。
なぜそう考えるのかというと、北九州市は私が教員生活を33年すごした地でもあるので、全国学力テストと教育委員会の関わりをよく知っているからです。
北九州市のような政令指定都市は例年、県単位ではなく、市単位でのランキングが発表されます。最近では地元紙「西日本新聞」が、「北九州市が5年連続で全国平均下回る 学力テスト、小中学校とも全教科で」(2025年8月5日朝刊)という見出しの記事を掲載しました。
下位になるのは毎回のことで、すると教育委員会から公立小学校の現場へのお達しが届きます。「点数を上げるための対策をとりなさい」「教育委員会の方針はこういったものです」と。
現場の先生たちも、もちろん子どもたちの成績を上げたいと思っています。しかし、どうやってそれを実現していくかについては、その方針に反発をしてまでも自分の色を出すようなことはやりにくいです。じつのところ右から左に、いや上から下に指示が伝わっているだけ。そんな状況を多く目にしてきました。そもそも型にはめられているのは先生たちなのかもしれません。
なぜなら、業務が多く多忙な日々をすごすなか、反発してまでも自分の色を出す時間的、精神的余裕がないからです。上からの方針を他の学級がやっているのに、自分だけがやらないというのは、その反発のためのエネルギーを使います。結果的に面倒しか生み出さないのです。何も考えずにやる、ということでした。
それを受け入れる職員室の雰囲気、というのもあります。「おかしい」とは言えない。私も経験しましたが、強い表現をするのであれば「まるで戦時中の雰囲気」です。言いたいことが言えない。あるいは「言っても無駄」というマイナスな悟りとでも言いましょうか。
私が1980年代前半に北九州市の教員として就職したころは、まだ組合が強い時代でした。管理職に対して、組合系の教員が同数くらいいたものです。いまはほぼ絶滅し、結果的に健全な対立議論が生まれにくくなっています。
順位に一喜一憂する学校関係者が考えた成績アップ法
全国学力テストは、1947年、地方自治体レベルで子どもたちの学力把握のためのテストが実施されたことが始まりです。1960年以降、中止、再開をくり返し、2002年から一部高校生を対象に再開。2007年には全国の公立中学校・小学校で実施が再開されました。
再開の理由は、OECD(経済協力開発機構)加盟国が参加する学力調査PISA(児童生徒の学習到達度調査)での日本の順位低下で、当時行われていたゆとり教育の批判を受けて、という背景があります。
現在は小学校6年生、中学校3年生を対象に年一回実施されています。各教科のテストのほか、「生活習慣や学校環境に関する質問紙調査」「児童生徒に対する調査」「学校に対する調査」が実施されています。
文部科学省が明らかにしている調査の目的は次のとおりです。
・義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
・学校における児童生徒への教育指導の充実や学習状況の改善等に役立てる。
・そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
私は、文部科学省が出しているこの全国学力テストの目的は正しいと思っています。「教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る」というのはいいことでしょう。そもそも教師として「絶えず研究と修養に励み」というのは、教育基本法にも書かれていることですから。あるべき姿だと思います。
問題は、それがランキング競争に変質し、本来の教育の目的から逸脱してしまっていることにあります。
現に、読者のみなさんはお住まいの地域の学力テストの点数がよいのか悪いのか、という点はあまり意識されてはいないのではないでしょうか。「そういうものがあるんですか?」「そうなんですか?」程度の反応でしょう。しかし、学校関係者は「うちは47都道府県で何位だ」と一喜一憂しているのです。
これを見ても、全国学力テストの滑稽な状況は明らかです。
よくよく見てみると、2024年版のテスト(国語と算数の合計30問)の結果は、1位の県が正答率69.33%で、最下位は61.77%。もちろん問題によって点数の配分は違うでしょうが、この差を考慮しなければ「約2.28問の違い」だそうです。いわば「2〜3問の違い」です。もちろん受験であれば、この差を詰める努力は必要です。しかしこのテストは受験とは違うのです。いったい小学校6年生の「2〜3問」は大きく騒ぐべきことなのでしょうか。
なぜ、学力スコア全教科低下は起きたのか
成績が上がるよう取り組んでいるにもかかわらず、2025年、子どもの学力の変化を見る学力スコアの結果が出て、いま非常に深刻に受け止められている状況です。
学力スコアとは、2013年度から原則3年ごとに実施されていて、同じ問題を全国から抽出された小学校6年生(約3万人)と中学校3年生(約7万人)が解くことで、学力を比較できるというものです。
この結果は、小6が国語と算数、中3が国語と数学と英語で、すべて低下が見られました。これほどまで下がる原因は複合的と見られています。そのなかで主な原因として、基礎的な内容を学ぶ時期がコロナ禍と重なってしまったり、ゲームやスマートフォンを使う時間が増えたりしたことがあげられています。
国が力を入れて学力テストの点数を上げる取り組みをしてきましたが、結果は思わしくありません。ならば、ここから根本的に目指すものをしっかり考え直すのはどうでしょうか。私の提案は、子どもを一方的に従わせるのでなく「教室を心が落ち着き安心できる環境にして、ともに学び合う」「これによって結果的に学力アップも目指せる」ということです。
私は、北九州市の教員だった2000年に、市内にある経済的に格差のある地域の小学校に赴任しました。そこで子どもたちと『小学生が作ったコミュニケーション大事典』という書籍を作ったことがあります。
きっかけは当時の北九州市立教育センター所長から、打ち合わせに呼ばれたことでした。私の学級の算数と国語の平均点が大幅にアップしたというのです。
「いったい、何をしたのですか? どうやってこんな点数に?」
私は答えました。
「コミュニケーションの授業です」
実際に私は当時、ディベート型の授業を推進していました。子どもたちとともに「コミュニケーションをとるためにはどうしたらいいか」ということを教室で研究し、言語化していくことも進めました。
しかし、その所長のリアクションは「嘘でしょ?」といったものでした。
私はそれでちょっと火がついて、打ち合わせが終わったあとすぐに、出版社の知人に電話したところ出版が決まりました。出版後に所長に「生活環境が厳しいあの地域の子どもがここまでできるようになるのか」とほめてもらいました。
