KRY山口放送

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幕末の志士=高杉晋作の命日の14日、下関市で、慰霊の行事=東行忌が執り行われました。

高杉晋作の墓所がある下関市の東行庵で営まれた、東行忌。

「動けば雷電のごとく」と例えられた行動力や奇兵隊創設などで知られる高杉晋作は、1867年4月14日、27歳の若さで生涯を閉じました。

東行忌は今回で160回を数え、高杉晋作の親族の子孫や、奇兵隊の隊士の子孫も参列し、焼香していました。

高杉家縁者代表 周布敬造さん
「高杉晋作の評価も、善悪いろいろありますが、発想の転換で、古い時代を打ち破る活力があったということが、評価されているのではないか」

伊藤隆介さんの曽祖父は、奇兵隊の幹部で晋作の葬儀で祭文を奏上した片山貫一郎です。

伊藤隆介さん
「毎年160回続いてきた。本当にうれしく思っております。これからも東行忌が繋がるように祈念しています」

参列者の中には、東京や四国などから訪れたという晋作ファンの行列ができ、それぞれ手を合わせていました。