「定時だから帰りな」「じゃあ会社辞めます」「えっ!?」…30歳期待のエースが、転職わずか半年で退職。優しすぎる職場で中途採用者が絶望する「ホワイトハラスメント」の正体
働き方改革の浸透によって、かつての過酷な労働環境やパワーハラスメントは是正されつつあります。しかし、ハラスメントへの過度な懸念から、現場では新たな歪みが生じています。それが、良かれと思った配慮が部下の成長機会を奪ってしまう「ホワイトハラスメント(ホワハラ)」です。ある男性のケースから、現代の組織における適切な配慮の在り方を考えます。
成長を望む中途採用者が直面した「過剰な配慮」という障壁
都内のITコンサルティング会社で人事を統括する佐藤大介さん(52歳・仮名)は、半年前、自ら陣頭指揮を執って採用した中途社員の離職に強い衝撃を受けました。退職したのは、大手広告代理店で華々しい実績を上げていた高橋大輝さん(30歳・仮名)です。
佐藤さんは、高橋さんのような優秀な人材を定着させるためには、前職のようなハードワークを強いてはいけないと考えていました。
「うちの会社はホワイト企業だ。前の職場のような無理はさせないから安心してほしい」
入社時にそう伝え、現場の管理職に対しても、高橋さんが過剰な負荷で燃え尽きないよう、徹底した業務管理を指示したといいます。
しかし、この佐藤さんの配慮が、現場では別の形となって現れました。 高橋さんの配属先の課長は佐藤さんの意向を汲み、ワークライフバランスを最優先に考えました。少しでも業務が立て込みそうになると、「あとはこちらで引き受けるから定時で帰りなさい」と声をかけます。 さらに、高橋さんが自ら提案した難易度の高い新規プロジェクトについても、「まずは環境に慣れることが先決だ」と判断し、経験豊富なベテラン社員へ担当を振り替えていたそうです。
佐藤さんは、当時の状況を人事担当の視点からこう振り返ります。
「現場からは『高橋さんは順調に馴染んでいる』という報告を受けていました。残業もほとんどなく、会社が提供するホワイトな環境に満足しているはずだ――と。しかし、それは大きな誤解でした」
ある日の夕方、佐藤さんのもとを訪れた高橋さんは、一通の退職願を差し出しました。驚いた佐藤さんが理由を尋ねると、高橋さんは淡々と、しかし切実な声でこう答えました。
「佐藤さん、お気遣いには本当に感謝しています。ですが、この半年間、私は一度も全力で仕事に向き合えた実感がありません。定時に帰ることを強制され、責任ある仕事を遠ざけられるなかで、何も成長できていない恐怖を感じました」
高橋さんはさらに、「このままこの環境に甘んじていたら、数年後には市場価値のない人間になってしまうと判断しました」と続けました。 佐藤さんは、良かれと思って構築した「ホワイトな環境」が、意欲ある若手にとってはキャリアを阻害する「ホワイトハラスメント」になっていた事実に打ちのめされました。
「我々は、彼を守っているつもりで、最も大切な『成長の機会』を奪っていたんですね。とはいえ、人によっては少しでも業務負担が大きくなると、ハラスメントだと騒ぎ立てるケースもある……。難しい世の中になってきたなと実感しました」
7割以上が「再転職」を検討…ホワハラの深刻度
厚生労働省「令和6年雇用動向調査」によると、個人的な転職理由として(「その他」を除き)最多だったのは「収入が少なかった」で全体の10.1%。次いで「職場の人間関係」(9.0%)、「労働条件」(8.6%)と続きます。
高橋さんの退職動機に当てはまる「能力・個性・資格を生かせなかった」は、全体では3.8%と多くはありません。しかし、年齢別に見ていくと、20代後半で4.7%、30代前半で3.6%、そして30代後半では7.9%と跳ね上がります。 社会人として経験を積み、得た能力をさらに発揮し、高めていきたいという前向きな姿勢が、この年代には強く表れていることが分かります。
一方で、ハラスメントへの懸念が強まるなか、成長意欲のある層と企業側のミスマッチが起きています。これがいわゆる「ホワハラ(ホワイトハラスメント)」です。 上司が部下に対し「残業させない」「責任ある仕事を任せない」といった過剰な配慮を続けた結果、部下の成長機会ややりがいを奪ってしまう現象を指します。
株式会社マイナビの「中途入社1年以内の社員に聞いた“ホワイトハラスメント”に関する調査」によると、ホワハラを経験したと回答した人の転職意向は71.4%に達します。ホワハラを経験していない人の48.1%と比較すると23.3ポイントもの顕著な差があり、過剰な配慮が離職へ直結している実態が浮き彫りになりました。
具体的な内容としては「先輩が先回りして作業を行ってしまう」「定時退社の強制」などが挙げられており、これらは上司の善意から生じているケースがほとんどです。 また、本人の意向を確認せずに「良かれと思って」昇進や重要な役割から外す行為も報告されています。背景には、管理職側がハラスメントのリスクを恐れて部下との摩擦を避けようとする「事なかれ主義」や、一律の労務管理への固執があります。
企業が中途人材を定着させるためには、単なる労働時間の削減だけでなく、個別のキャリアビジョンに基づいた「適切な負荷」と「質の高いコミュニケーション」が不可欠です。 本人が望む挑戦を奪うことは、たとえ善意であっても、その労働者の将来を阻害する「ハラスメント」になり得るという認識を持つ必要があるでしょう。
[参考資料]
株式会社マイナビ『「中途入社1年以内の社員に聞いた“ホワイトハラスメント”に関する調査」を発表』
