【後編】「信じられない」公務員としてどう競技に臨んでいる?仕事は? 快挙を成し遂げた公務員ジャンパー ワールドカップ優勝後の心境を取材 挑戦は続く(山形)
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https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2584349?display=1
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先月、スキージャンプのワールドカップで日本人選手として17人目の優勝を果たした内藤智文選手。
今回、大会後に初めて出勤した日の様子と異色の公務員ジャンパーとして快挙を成し遂げた今の心境を取材しました。
日本人史上17人目のスキージャンプワールドカップチャンピオンで、公務員でもある内藤智文選手。33歳で掴んだ初の栄冠について聞いてみると。
■「意味が分からない」
山形市役所 内藤智文 選手「(Q優勝した時のことを今どう噛み締めているか?)本音は意味が分からないという所ですね。意味が分からない、信じられないという所で。(優勝は)本当に難しいことだと何十年もW杯を見てきて身に染みて感じているので、だからこそ意味がわからない、信じられないという気持ちが強いです」
大会で飛んだ240メートルのジャンプは長年の夢だったということです。
内藤智文 選手「今回(オリンピックで)メダルを取った二階堂蓮選手でも達成できていない(数字)そういった意味でも中々できないジャンプ選手たちが憧れる数字ではある。どちらかというと優勝よりもそこを達成できたことの方が達成感は
大きい」
■決して順風満帆ではない
今回のシーズンは快挙の連続となりましたが、実はこれまでの選手生活は順風満帆なものではありませんでした。
大学を卒業後、社会人となり茨城県を中心に競技生活を続けてきましたが、コロナ禍のあおりを受け、支援先の企業を辞めざるを得ませんでした。
■山形との縁
そんな中、3年前に開催された「やまがた雪未来国スポ」に向けて選手を強化していた県スポーツ協会から声がかかりました。
その後3年間のスポーツ技術員を経て去年、山形市役所に入職。ゆかりのなかった山形で働くことを決断しました。
内藤智文 選手「東京の出身で(北海道の)下川にいって札幌に行って茨城に行って、転々とする中でそろそろ定住したいというか身を固めたいというか山形に来てしっかり仕事をしたいなという所で紹介をされ受験をした」
■練習時間や費用の面でハンデ
安定した仕事に就いた一方で、遠征や練習にかかる費用はほとんどが自己負担。今回のシーズンは500万円ほどの費用がかかりました。
内藤智文 選手「金銭的にも制約がありますし時間的にも制約がありますし、見る人が見れば「舐めているのか」と思われる状況」
■スキージャンプへの情熱
練習時間や費用の面でハンデを抱えながらも競技生活を続けてこられたのはスキージャンプへの情熱があったから。
山形市役所 内藤智文 選手「スキーをまずは長く続けられればいいなと思いますし「遠くに飛びたい」という気持ちは常々あるのでそこに向けて精進していければいい。そこに結果がついてくれば更にうれしいですし、周りの方々がさらに喜んでくれればこれ以上選手としての喜びはない」
「少しでも長く、遠くへ飛びたい」その思いを胸に公務員ジャンパーの挑戦は続きます。
【前編】https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2584349
