冤罪事件に巻き込まれた元厚生労働事務次官・村木厚子「東日本大震災発災1カ月後に被災地へ。避難所の人々から<予期せぬ言葉>をかけられ…」
医師で作家の鎌田實先生は、人とは違う自分らしさやユーモアを「変さ値」と表現し、「あなたらしさであり、ほかの誰も持っていない『自分だけの武器』」だと語ります。これまでさまざまな人々に「変さ値」の重要性を話してきた鎌田先生ですが、そんな中で、自分らしくあろうと挑戦している「変さ値」の高い女性たちの存在に気づいたといいます。そこで今回は、鎌田先生の著書『女の“変さ値”』より、元厚生労働事務次官・村木厚子さんのインタビューをお届けします。
【写真】医師で作家の鎌田實先生(左)と元厚生労働事務次官の村木厚子さん(右)
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職場への復帰後、用意されたポストは……
村木厚子さんは厚労省の雇用均等・児童家庭局長を務めていた2009年6月に虚偽公文書の作成・行使の容疑で逮捕された。
5カ月もの勾留を経て、村木さんが保釈されたのは2009年の11月末。その後、担当検事による証拠改竄が明らかになり、冤罪だったことが認められた。無罪が確定したのは翌10年9月で、すぐさま村木さんは職場に復帰することになる。用意されたポストは局長級の内閣府政策統括官だった。
「どうやら前任者が異動になったまま空席になっていたそうなんです。もしかすると、なんとなく物事が分かっている人が、その席を埋めずにおいてくださったのかもしれません」
職場に復帰して半年が経った頃に発生したのが2011年3月11日の東日本大震災だった。
発災から約1カ月後に、村木さんは内閣府の大臣に随行するかたちで避難所となっていたビッグパレットふくしま(福島・郡山市)を訪れた。
被災地でかけられた予期せぬ言葉
福島の被災者一人一人の手を握り、肩を抱いて「ご不自由はありませんか。頑張ってください──」と声をかける大臣たちの後ろについて、村木さんも被災地を回った。
当時の村木さんは、不条理な冤罪事件によっていわば“時の人”だった。意外なことに、避難所の人々は口々に村木さんに声をかけたという。あ、村木さんだ。無罪でよかったね。頑張ってね──。

『女の“変さ値”』(著:鎌田實/潮出版社)
「皆さん、そう言ってくださったんですが、いやいや違うだろうと。私が励まされてしまったらいけないと。だけど、東京に戻ってそのときのことを弁護士の堀田力さんに話したら、思いがけないことを言われたんです。
『村木さんはいいことをした。東北の人は1カ月間、ずっと励まされて、慰められて、支えられてきた。人間っていうのはそれだけでは元気になれないんだ。村木さんを励ますことで、ちょっとだけ元気になれたはずだよ』と」
さすが堀田力さんだ。僕も堀田さんの意見に100%同意する。
拘置所職員への共感と感謝
村木さんの優れた人格をよく表しているエピソードがある。
厚生労働事務次官になる約2年前の2011年に、彼女は『あきらめない──働くあなたに贈る真実のメッセージ』(日経BP社)という本を発表した。そのなかで村木さんは保釈の際のこんな話を綴っている。「拘置所の職員さんたちにお礼を言わないまま出てきてしまったことが今も心残りだ」と。
これには驚いた。冤罪被害で5カ月も不当に勾留された身である。拘置所の職員には何の落ち度もないことは分かっていたとしても、そうした気持ちになるものだろうか。自分を勾留した側の人間として、ネガティブな感情を向けたって仕方がない。このことについては、ぜひとも直接話を聞いてみたかった。
「同じ公務員としての共感があったのかもしれませんね。彼女たちはかなりハードワークで、本当に一生懸命に働いていたんです。交代制とはいえ、24時間体制で各フロアの廊下に職員が一人立っていましたしね。多くの人は刑務所のすぐ近くの官舎に住んでいますし、どれだけ受刑者のために働いても犯罪を繰り返してしまう人だっているわけです」
人々の善性を引き出す力
この話には後日談がある。職場に復帰した村木さんは、あるときに法務省の人にお礼を言う機会がなかった旨を話した。すると、しばらく経ってから、近畿地方女子刑務職員研修会なる会合に講師として呼ばれたのだ。会場に足を運んでみると、拘置所でお世話になった職員が参加していた。
「面会に来てくれた娘と馬鹿話をしている最中、ずっと笑いを堪えていた職員の方とかもおられたりしてね。法務省ってとてもお堅いイメージがありますけど、粋なこともしてくれるんだということが分かりました。本当にありがたかったです」
僕の見方は少し違う。お堅い法務省に粋なことをさせたのは、村木さんの優れた人格だと思うのだ。村木さんには、人々の善性を引き出す力があるのではないだろうか。
※本稿は、『女の“変さ値”』(潮出版社)の一部を再編集したものです。
