(※写真はイメージです/THE GOLD 60編集部)

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子どもにとっての実家は、心理的な拠り所としての側面が強くなりがちです。しかし、そこに住む親にとっては、日々の移動や建物の修繕といった生活の継続性が問われる現実の場です。本記事ではAさんの事例とともに、親子間の認識のズレが招く事態と、高齢期の住まいの所有リスクについて、FPオフィスツクル代表・内田英子氏が解説します。※本記事で取り上げている事例は、複数の相談をもとにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から一部脚色を加えて記事化しています。読者の皆さまに役立つ知識や視点をお届けすることを目的としています。個別事例の具体的な取り扱いは、税理士・弁護士・司法書士など専門家にご相談ください。

「少しのあいだ、実家に戻ろう」

Aさんは現在43歳、一人暮らしです。進学を機に地元を離れてから、気づけば25年が経っていました。数ヵ月前、勤めていた会社が業績悪化で事業縮小を発表し、配置転換の打診を受けました。新しい部署か、希望退職か――。人生の岐路に立ったとき、ふと頭に浮かんだのが実家でした。

「いったん母のいる実家に戻って、落ち着いて考えよう」Aさんは久しぶりに地元へ帰ることにしました。

親とは長らく疎遠になっており、頻繁に連絡を取り合っていたわけではありません。母親からたまに電話がかかってくることもありましたが、仕事の忙しさを理由に「また今度」といって短く切り上げることが多く、自分から連絡することはほとんどなかったのです。

3年前、父親が亡くなった際、葬儀に顔を出しました。母親は「これから一人になるから」と寂しそうにいいましたが、Aさんは「なにかあったら連絡して」と返しただけでした。それ以来、ろくに連絡を取っていません。それでもAさんの心のどこかには、「実家はいつでもそこにある。困ったときには帰れる場所だ」という思いがあったのです。

ところが、なつかしい道を歩いてたどり着いた実家の前で、Aさんは絶句します。目に飛び込んできたのは、見慣れた玄関先の「売物件」という看板。家の中はカーテンすらなく、生活の気配は消えていました。

驚いて母親に電話をすると、予想外の答えが返ってきます。「帰ってきたの? ……いってなかったんだけど、私は施設にうつったのよ。心配かけると思ってね。家は売ったから」。

そのとき初めて、Aさんは気づきました。実家がもう自分の「帰る場所」ではなくなっていることを。スマホを握る手が震えるのがわかりました。

年金月18万円だが、「持ち家」で暮らせない現実

母親にも事情がありました。現在73歳。5歳年上の夫を3年前に亡くし、一人暮らしを続けてきました。年金は月18万円ほど。決して少なくはありませんが、持ち家に一人で住み続けることには、さまざまな困難があったのです。

母親が住んでいたのは人口減少がじわじわと進む地方都市の郊外。ひざが悪くなり、運転ができなくなったことも生活に大きく影響していました。近くのスーパーは車で15分のところにあり、徒歩で通うのは難しく、宅配サービスを利用していました。病院も遠く、リハビリ通院にはタクシーが必要です。タクシーを使えば往復で数千円の出費。週に数回通うだけで、年金が大きく減る感覚がありました。

在宅介護サービスも利用していましたが、ヘルパーが不足しており、担当者との相性が合わなくても変えることができません。我慢して利用を続けるか、サービス自体を諦めるか。半ば諦めながらも不満を抱えていたのです。

そして、とどめとなったのが家の修繕費でした。天井から雨漏りしているのに気づき、業者に見積もりを取ったところ、修繕が必要な箇所が次々とみつかりました。雨漏りに水回りや外壁。築30年を超える家は、あちこちにガタが来ていたのです。修繕には300万円程度かかるといわれました。手元には預貯金が1,000万円ほどありましたが、修繕したとしても、この先この家で本当に暮らし続けられるのか。さらに修繕が必要になったら。医療や介護の費用が増えたら。さまざまな不安が募りました。

一瞬、息子に相談することも頭をよぎりましたが、父親の葬儀以来、連絡はありません。

「相談したところで、どうなるだろうか。迷惑をかけてはいけない。あとから伝えることにしよう」

友人や親戚にも相談しながら悩んだ末、元気なうちに家を売却することに。幸い、住んでいた地域はまだ買い手がつく場所でした。「動くなら、いましかない」と、家を売却。約900万円で売却し、預貯金と合わせて約1,900万円を確保できたのです。この資金を元手に、医療や介護のサポートが受けられる有料老人ホームへの入居を決めました。

施設に移って数ヵ月。Bさんは、医療や介護のサポートを身近に受けられ、タクシー代や修繕費用を気にすることのない日々を送っています。一人で住んでいたときよりも、明るい表情で暮らせています。

親子間の認識のすれ違い

Aさんにとって実家は、「つらくなったときに帰れる場所」でした。しかし、母親にとっては、毎日を生きていくための生活基盤でした。買い物や、通院、介護サービス、家の維持管理といった毎日の積み重ねが、暮らしの見通しに少しずつ影響を与えていました。

Aさんは、実家がそこにあり続けるものだと思っていた一方で、母親は、自分の暮らしを守るために家を手放す判断をしていたのです。

親子であっても、相手の事情を具体的に想像することは難しいものです。遠く離れて住んでいれば、なおさらこのような行き違いが起こっても不思議ではありません。

老後、本当に怖いのは「住みにくい家」を持ち続けること

Aさん親子のケースで幸運だったのは、家を売却できたことです。家が売れたということは、その家に「買い手がつくだろう」という評価がなされたということでもあります。

近年は地方を中心に「売りたくても売れない家」が増えています。人口減少や過疎化が進む地域では、不動産の買い手がつかず、査定をしても値がつかないケースも珍しくありません。駅から遠い、周辺に商業施設や病院がない、建物の手入れがまったくされていない、土地の形状が悪い、道路に面していないといった条件は売却時には不利に働きやすい条件です。

さらに深刻なのは、売れない家でも維持費がかかり続けること。固定資産税や火災保険料などの負担は消えません。持ち家があることと、その家で暮らし続けられることは、まったく別の問題です。高齢期の住まいは、所有の有無ではなく、サポートを得られやすい生活をベースに判断することが望まれます。

物価上昇と人手不足を背景に、現在、住宅の維持管理費用は上昇傾向にあります。十分な金融資産がなければ適切な維持管理が難しくなり、将来はさらに売却しにくくなる恐れも。もし売却が困難な状況で相続が発生すると、処分費用が売却価格を上回り、相続人には負債となるリスクが発生するのです。

Aさんの実家も、もし数年遅れて判断していたら、家の老朽化がさらに進み、売却自体が困難になっていたかもしれません。売れるうちに動けたからこそ、現金化することができ、住み替えが可能となったのでしょう。

子どもを「当てにしない」覚悟も、終活の一つ

Aさん親子のケースが示しているのは、親子であっても、それぞれが別の人生を歩んでいるという事実です。

子どもには子どもの生活があり、親の事情を常に把握しているわけではありません。たとえ血のつながりがあっても、物理的・心理的に距離が離れていれば、互いの生活実態はみえにくくなります。

「子どもがいるから安心」と考えている人も少なくないでしょう。しかし、子どもが必ずしも親の期待に応えてくれるとは限りません。それは子どもが冷たいのではなく、自分の人生で精いっぱいだからです。

だからこそ、終活は「自分で決められるうちに決める」という視点が大切です。母親が家を売却し、有料老人ホームに移る決断をしたのは、諦めていたからではなく、息子を当てにせず、自分の力で自身の暮らしを守る選択でした。

「持ち家があるから安心」「子どもがいるから大丈夫」そうした思い込みが、かえって選択肢を狭めることがあります。いまの家で本当に暮らし続けられるのか、困ったときに誰を頼れるのか。どこまで頼れるのか。一度状況を棚卸しして、早めに動くことが、自分らしい老後の暮らしを守ることにつながるのではないでしょうか。

子どもを当てにせず、自分の暮らしは自分で指揮を執る。それが、これからの時代の終活なのかもしれません。

内田 英子
FPオフィスツクル代表