「無罪判決を汚した」検事総長談話で“犯人視”された袴田さん、国を訴えた裁判はじまる
最高検が公表した「検事総長談話」によって名誉を傷つけられたとして、袴田巌さん(90)が国に計550万円の損害賠償を求めた裁判の第1回口頭弁論が3月26日、静岡地裁で開かれた。
袴田さんは、1966年に静岡県清水市(現:静岡市清水区)で一家4人が殺害された事件で罪に問われたが、2024年に再審無罪判決が確定している。
この日、国側は「名誉毀損は成立しない」として争う姿勢を示した。袴田さん弁護団長の小川秀世弁護士は意見陳述で「談話は無罪判決を汚し、袴田さんの名誉を毀損した」と痛烈に批判した。(ライター・学生傍聴人)
●談話は袴田さんを「未だに犯人視している」
静岡地裁2階の201号法廷。いまから1年6カ月前の2024年9月26日、この法廷で袴田さんに再審無罪判決が言い渡され、法廷には歓声が響いた。
その同じ法廷で今回、袴田さんが名誉毀損を訴えた国賠訴訟の審理が始まった。
問題となっているのは、2024年10月8日に最高検がホームページに掲載した畝本直美検事総長(63)による異例の談話だ。
公表の12日前に静岡地裁(國井恒志裁判長)で言い渡された再審無罪判決について、検察が控訴を断念した理由などが説明されていた。
袴田さん側は、この談話によって「未だに犯人視された」として名誉を傷つけられたと主張し、損害賠償と謝罪広告の掲載を求めている。
実際、談話の内容から袴田さんを「犯人視」していると受け取れる記述があるとして、公表直後からSNSでは批判が相次いだ。Xでは「検事総長」が一時トレンド入りするなど波紋が広がった。
この日の裁判では、袴田さん本人は出廷しなかった。弁護団は訴状などの書面を陳述し、小川弁護士が意見陳述をおこなった。国側も、認否を記載した答弁書を陳述した。
●「本判決は…到底承服できないもの」
問題となっている談話には、捜査機関の「ねつ造」を指摘した再審無罪判決に対する強い不満が記されていた。
「本判決が『5点の衣類』を捜査機関のねつ造と断じたことには強い不満を抱かざるを得ません」
また、控訴の必要性にも言及している。
「本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます」
一方で、袴田さんが長期間にわたって法的地位が不安定な状態に置かれていたことを理由に控訴を断念したと説明し、「刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております」と謝意も示していた。
●談話は「無礼にもほどがある」
袴田さん側は、この談話が「まさに犯人視するもの」だと強く反発している。
訴状では「繰り返し『4人を殺した犯人は袴田である』と述べたものだ」と非難し、次のように主張している。
「『本当は有罪なので控訴すべきだが、お情けで控訴しない』としか理解できないものであり、無礼にもほどがある許しがたいものである」
さらに、畝本検事総長が「『犯人は袴田である』と推測させるような内容を公表する必要性も相当性もない」として、「名誉を毀損するものであり、その程度は著しい」と指摘している。
また、国家機関には無罪判決が確定した場合、被告人の名誉回復措置を講ずべきだとする「確定無罪判決尊重義務」があると主張。
犯人視する談話は「雪冤の宣明を否定し、刑事裁判制度を冒涜する行為で到底許されない」として、国側の不法行為責任を問うている。
●国側は争う姿勢を示している
弁護団によると、答弁書で国側は談話の公表を「業務によるもの」としたうえで、「袴田さんを犯人視するものではない」と反論し、請求の棄却を求めているという。
この日の意見陳述で、小川秀世弁護士は次のように述べた。
「無罪判決に対して控訴すべきということは、どのように考えても、袴田さんが犯人であると考えているということを意味します。名誉毀損が成立しないはずがありません」
また、仮に控訴の断念を公表するのであれば「それ以上何も説明する必要はない」と強調した。
さらに、控訴を断念した理由について、袴田さんが「法的地位が不安定な状況に置かれていたため」と説明された点について、当時の世論状況も踏まえ「控訴すれば、検察庁は一斉に批判を浴び、自分たちの愚かさをさらけ出すことになってしまう」「(そのため)嘘をついていた」との見解を述べた。
意見陳述の終盤には、訴訟にまで発展したことについて「とても残念なことです。とても腹立たしいことです」と怒りをにじませた。
●「冤罪で苦しんでいる方がたくさんいる」
最高検トップによる談話をめぐる訴訟。
裁判後の記者会見には、オンラインで袴田さんの姉のひで子さん(93)が参加し、今後の裁判への意気込みを語った。
「巌だけが助かればいいという問題ではないんです。冤罪で苦しんでいる方がたくさんいるんです」
「公益の代表者」であるべき検察が、袴田さんが雪冤を果たした後も犯人視するかのような談話を出したことについて、反省できない組織の体質が表れているのではないか──。
「決して冤罪を繰り返してはならない」。次回の口頭弁論は、6月11日に指定された。
