相続人がいないと遺産はどう扱われる?――知らないと損する「相続財産法人」の仕組みと税務上のリスク【税理士が解説】
少子高齢化や単身世帯の増加により、「相続人がいない」というケースが年々増えています。相続人がいない場合、遺産はそのまま国のものになる――そう思っている方も多いかもしれません。しかし、実際には、相続財産は一度「法人」として扱われ、さまざまな税務上の義務やリスクが発生します。この「相続財産法人」という制度には、一般にはほとんど知られていない税金の落とし穴が数多く存在します。本稿では、2025年12月に『富裕層の資産承継と相続税 富裕層の相続戦略シリーズ【国内編】』を刊行した八ツ尾順一氏が仕組みと問題点を実務の視点から詳しく解説します。
相続人がいない場合、相続財産は「法人」になる
民法951条では、「相続人のあることが明らかでないとき」は、相続財産を法人とみなすと定めています。これを一般に「相続財産法人」といいます。
相続人がいない、または相続人の有無が不明な場合、家庭裁判所は、利害関係人または検察官の申立てにより、「相続財産清算人」を選任します。清算人は、被相続人の財産を管理し、債務を弁済し、残った財産の処分や帰属の確定までを担います。
最高裁判所の司法統計年報によれば、相続人不存在を理由とする相続財産清算人の選任件数は年々増加しています。これは、未婚率の上昇や単身高齢者の増加といった社会構造の変化を背景に、「身寄りのないまま亡くなる人」が急増している現実を反映しています。
相続人も特別縁故者もいなければ、遺産は国庫に帰属する
相続人が存在せず、さらに特別縁故者も現れなかった場合、相続財産は最終的に国庫に帰属します。
2023年度(最新の確定数値)に相続人不存在などを理由に国庫へ帰属した財産額は1,291億円(または1,292億円)で、過去最多となりました。この数字は、相続人のいない遺産が、すでに無視できない規模に達していることを示しています。
しかし、相続財産が直ちに国庫へ入るわけではありません。その前段階として、「相続財産法人」という法的存在が設けられ、一定期間、財産の管理と清算が行われます。そして、この間に、数多くの税務上の問題が発生します。
相続財産法人は「普通法人」――法人税申告が必要
あまり知られていませんが、相続財産法人は、法人税法上「普通法人」に該当します。
たとえば、被相続人が賃貸用不動産を所有していた場合、相続開始後も家賃収入が発生します。この家賃収入は、相続財産法人の所得となり、法人税、法人住民税、事業税などの申告・納付義務が生じます。
ところが、実務の現場では、多くの相続財産法人が法人税申告を行っていません。その理由として、「最終的には国庫に帰属する財産だから」という認識が、相続財産清算人や税務当局の双方に存在していることが挙げられます。
法人税が納付されれば、その一部は地方税として地方自治体に配分されます。申告が行われないということは、国だけでなく、地方自治体にとっても、本来得られるはずの重要な税収が失われていることを意味します。
この点は、制度と実務運用の乖離が生み出す、極めて深刻な問題といえるでしょう。
相続財産清算人報酬と「源泉徴収漏れ」
相続財産法人には、もう1つ見過ごされがちな税務リスクがあります。それが、相続財産清算人に支払われる報酬の源泉徴収です。
相続財産清算人は、財産管理や債務整理などの業務に対して、報酬を請求することができます。この場合、相続財産法人は「源泉徴収義務者」となり、報酬から所得税を天引きして、税務署へ納付しなければなりません。
しかし、実際には、この源泉徴収が適切に行われていないケースが少なくありません。その結果、後日、税務調査などによって源泉徴収漏れが発覚し、清算人本人に追徴課税がなされるなど、思わぬトラブルに発展することもあります。
相続財産法人は一時的な存在であるため、税務管理が後回しにされがちですが、通常の法人と同様に、厳格な税務処理が求められることを理解しておく必要があります。
特別縁故者が現れた場合、課税関係はさらに複雑になる
相続人がいない場合でも、特別縁故者が存在すれば、家庭裁判所の審判により、相続財産の全部または一部が分与されることがあります。
民法958条の2第1項では、特別縁故者として、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者、その他、被相続人と特別の縁故があった者が挙げられています。
この特別縁故者が相続財産法人から土地などの財産を取得した場合、その取得は遺贈とみなされ、相続税の課税対象となります。しかし、ここに大きな税務上の問題が潜んでいます。
特別縁故者が取得した土地の取得価額は、被相続人の取得価額ではなく、「家庭裁判所の審判が確定した時点の時価」とされます。そのため、被相続人が長年保有し、値上がりした分、すなわちキャピタルゲイン部分が課税されないという結果になります。
これは、通常の相続や遺贈と比較しても、極めて不自然な税制上の取り扱いであり、課税の公平性という観点からも大きな問題を残しています。
キャピタルゲイン課税の「空白」をどう埋めるか
この問題を解消するためには、次の2つの方法が考えられます。
第一に、相続財産法人が特別縁故者に土地を引き渡す際、相続財産法人に対して譲渡所得課税を行う方法です。
第二に、相続財産法人が成立した時点で、所得税法59条(みなし譲渡)を適用し、被相続人に対してキャピタルゲイン課税を行う方法です。
しかし、相続財産法人は、被相続人の国税債務を包括的に承継する立場にあることを考えると、相続財産法人が財産を引き渡す段階で課税を行う第一の方法が、実務上、最も合理的で妥当であると考えられます。
増え続ける「相続財産法人」――制度整備が急務
相続人不存在というケースは、今後さらに増加していくことが確実視されています。それに伴い、相続財産法人を巡る税務処理の不備や制度的な歪みも、より深刻化していくでしょう。
相続財産法人は一時的な存在にすぎませんが、その間にも、所得は発生し、納税義務は確実に生じます。制度の趣旨と現場実務の乖離を放置すれば、税収の逸失だけでなく、納税者間の不公平も拡大しかねません。
今後は、相続財産法人に関する課税ルールの明確化と、税務運用の統一を進めることで、制度の健全な運用を図ることが強く求められています。
八ツ尾 順一
大阪学院大学 教授
