(※写真はイメージです/PIXTA)

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2025年末に訪れたアメリカで、日本企業の駐在員の人数や採用現場の空気に、以前とは異なる変化を感じた。――そう語るのは、サーチ・ビジネス(ヘッドハンティング)の先駆者である東京エグゼクティブ・サーチ(TESCO)代表取締役社長・福留拓人氏。物価高や景気減速への警戒感が広がるなか、アメリカ赴任や雇用にどのような影響が出ているのか。そして、それが日本で働く人にどう関係するのか。現地での見聞などをもとに福留氏が解説します。

コスト面でのハードルが高まる海外赴任――日本企業・駐在員への影響

仕事の関係で、今年2回目となるアメリカ中部を訪れる機会がありました。2025年12月、街はちょうどクリスマス商戦の真っただ中。華やかな装飾や賑わいを感じる一方、現地の採用動向などをあらためて確認することができました。

実は、昨年の夏にも同じアメリカ中部を訪れています。しかし、そのときからわずか半年足らずで、アメリカはずいぶん様変わりした――そんな印象を強く受けました。

まず、日本人の目線で衝撃だったのは、現地の日本企業で働く日本人駐在員の数が、さらに減っていることです。実際に現地で話を聞いたのは、誰もが知る日本の大手企業ばかりでした。

20年前、2000年代初頭には、アメリカの大都市に100人規模の従業員を抱える拠点があり、そのうち2割から4分の1ほどが日本から派遣された駐在員でした。ところが今回、複数の企業を訪ねてみると、日本人駐在員は1人か2人というケースが珍しくありません。割合にすると、わずか1〜2%程度です。

一見すると「グローバル化が進み、現地化が進んだ結果」とも言えますが、実態はもう少し厳しいものに感じられます。日本から海外へ人を赴任させる場合、二重生活になることも多く、企業は給与とは別に多額の赴任手当を支払わなければなりません。アメリカは先進国で治安面の不安は少ないものの、途上国への赴任ともなれば、日本での給与の2倍以上の報酬総額になることも珍しくありません。

つまり、海外に人を駐在させるには、それなりのコストがかかるということです。これは単なる現地化というより、日本企業がそのコストを負担する余力を失いつつあることの表れではないでしょうか。結果として、日本人駐在員は減り、現地採用の人材に頼らざるを得なくなっているように見えます。

海外赴任が決まって喜ぶ従業員も、実は少なくありません。海外経験はキャリア評価の面で一長一短がありますが、異文化での生活や、海外での子育てといった、日本では得られない経験を求める人も多いのです。

企業にとっても、海外赴任の機会があることは人材確保の魅力になります。そのメリットを理解しながらも、コスト面の余裕がなくなってきている――それが今の日本企業の現状なのだと感じました。

著しく高いアメリカの物価水準…現地の活気にも影響?

こうした状況を裏付けるように、アメリカでは物価が異常とも言える水準まで上昇しています。スーパーマーケットを見渡した際には、日本と比べて体感で3倍近い価格差を感じました。卵をはじめとする生鮮食品全般が高騰し、食生活への影響も無視できません。

私が訪れたシカゴでは、子どもをスクールバスで通学させるだけで、月に日本円で約20万円かかるという話も聞きました。大都市で子ども1人を一定の水準で育てるには、世帯年収20万ドルではやや足りず、できれば30万ドルは欲しいというのが現地の感覚だそうです。1ドル150円で換算すると、4,500万円に相当します。

IT企業や半導体大手など、業績が好調な企業の求人を見ても、20代後半で年収15万ドル(日本円で約2,000万円)という条件は珍しくありません。それでも、共働きでなければ家計が厳しいというのが、今のアメリカの現実です。このような物価水準では、日本から駐在員を送り出すことが難しくなるのも無理はありません。

また、賃金の上昇が物価高に追いついていないのか、今年のクリスマス商戦は勢いを欠き、消費の冷え込みは住宅から始まり、高級消費財にも広がっているようです。

実際、私が平日のシカゴ中心部を歩いた際も、人通りはまばらでした。極寒の気候を差し引いても、以前の活気は感じられません。街を行き来する外国人旅行者もずいぶん減っている印象でした。シカゴから北に向かうとミシガン湖をはじめとする素晴らしい景観の五大湖があり、この一帯は歴史ある地域です。またシカゴにはアメリカで最初に使用された水道設備(シカゴ・ウォーター・タワー)があり、それが遺跡のように保存されて観光地になっています。しかし、最近はそうした所でも人が少なくなっているようです。

さらに、近年アメリカでは移民の数が減少し、国外退去となる人も増えているといわれています。その影響もあってか、街中で外国人を見かける機会が減った印象を受けました。国際社会を牽引してきたアメリカが、少しずつ変わり始めているように感じます。

高い賃金体系を誇るアメリカであっても、著しく高い物価水準の前では人々の気力が削がれているように見えました。私自身、これまで何度もアメリカを訪れてきましたが、ここ10年で最も活気を感じなかった訪問だったというのが正直な印象でした。

転職大国アメリカに“保守的”な変化も

採用市場に目を向けると、アメリカはこれまで高い雇用流動性を誇り、良いオファーがあれば転職するのが当たり前というカルチャーでした。転職率は日本の3〜4倍ともいわれる、いわゆる「転職大国」です。

しかし、そのアメリカにも変化が起きているといいます。物価高や景気減速への警戒感から、企業は採用に慎重になり、働く側も転職を控える傾向が強まっているようです。とりあえず転職活動はするものの、相当条件の良いオファーでなければ現職に留まる――そんな人が増えていると、現地では多くの声を聞きました。

これは、私たち日本人にとっては比較的なじみのある価値観ですが、アメリカとしては保守的な変化といえるでしょう。「まずは職を失わないこと」「安定を守ること」が重視され始めているのです。

こうした意識の変化は、消費や投資など、さまざまな場面でブレーキをかける可能性があります。雇用の流動性が低下し、人々が「動かない」選択を取るようになれば、経済全体はこれまでの成長局面とは異なる様相を帯びてくるかもしれません。

日本で働く人にとっても「海の向こう側の変化」とは言えない理由

このようなアメリカの変化に対して、「日本で働く自分には関係ない」――そう思われるかもしれません。

しかし、採用を含む人事領域のトレンドは、これまでの経緯を見ても、アメリカで先行し、日本が数年遅れて影響を受けるケースが少なくありません。成果主義の導入やジョブ型雇用、中途採用の活発化なども、いずれも米国で一般化した後、時間差で日本に広がってきました。

また、こうした動きは単に「アメリカの後追い」というより、景気減速への警戒感や生活コストの上昇といった、日米に共通する経済環境の変化が背景にあると見ることもできます。

そうした共通の土台があるからこそ、現在アメリカで見られるような「雇用の安定性を重視する動き」や「転職に慎重になる空気感」が、数年の時間差をもって日本にも影響を及ぼす可能性は十分に考えられるでしょう。

近年の日本では、「一つの会社にとどまるより、転職によってキャリアアップを図る」という考え方が徐々に浸透してきました。しかし、経済環境や生活コストへの不安が強まっていけば、雇用の流動性が高まり続けるのではなく、むしろ“動きづらくなる”方向に向かうことも十分に考えられます。

もしそうなれば、企業の採用戦略や人材育成の考え方、働く個人のキャリア観にも、これまでとは異なる変化が求められることになります。それは、従来の延長線上では捉えきれない、人事や雇用の転換点になるかもしれません。

福留 拓人
東京エグゼクティブ・サーチ株式会社
代表取締役社長