2026年はなんと60年に一度の「丙午」年!謎の迷信“丙午生まれの女は男を喰う”が人生を狂わせた実例
今年の干支は「午(うま)」ですが、さらに2026年は、60年に一度しか巡ってこない『丙午(ひのえうま)』の年です。
「丙午」というと、「丙午生まれの女性は気性が激しい」「気が荒いのでうまくいかない」「男を喰い殺す」などの物騒な迷信が、江戸時代から昭和まで存在していたのはご存じでしょうか。
もちろん、何の根拠もないただの迷信ですが、丙午生まれの女性は縁談を断られたり、嫁ぎ先を探すのに苦労をしたそう。さらに、この迷信を受けた人が、丙午年に女児を生まないよう出産を控えたために、前年度と比較すると出生率が激減したりもしています。
なぜ、このような科学的根拠がまったくない、理不尽な迷信が数百年も続いたのでしょうか。
「丙」も「午」も火の性質なので“火の勢いが強い年”
そもそも「干支」とは、正確には中国の古代の暦にみられる“十干(じっかん)”と“十二支(じゅうにし)”の組み合わせをいいます。
そして、“十干十二支”の組み合わせは全部で60通りあり、十干の「丙」と十二支の「午」がペアになった「丙午」は43番目にあたるそうです。
「丙」も「午」も陽の火の性質なので、非常に“火の勢いが強い年”。
そんなところから「丙午の女性は炎のように気性が激しい」=「気性が激しすぎるゆえに一緒に暮らす男(夫)の命を縮める」という迷信が、江戸時代頃に生まれたといわれています。
また、同じく江戸時代に、“丙午山の雌馬は雄馬をかみ殺す”という中国の俗説が日本に入ってきたことも原因という説もあります。

燃える炎(unsplash)
「八百屋お七」放火事件も迷信の原因に
さらに、このような迷信が広まったのは、天和2年(1682)の「八百屋お七」放火事件に起因しているそうです。
江戸本郷の八百屋の娘“お七”は、大火事で焼け出されてお寺で避難生活をするなかで、
寺小姓と恋仲になってしまいました。店の立て直しが終わり戻っても彼に会いたさに思いは募るばかり。そこで、「もう一度、火事になればあの人にあえる」と自宅に放火してしまった……という事件です。
ぼや程度で済んだそうなのですが、当時放火は大罪。お七は鈴ヶ森刑場で火あぶりの刑となりました。
このお七の事件は、さまざまな作品となり、その中で「寛文6年(1666年)丙午生まれ」と描かれたことから、丙午=火の性質=「丙午の女性は激情家で、惚れた男も滅ぼしてしまう」という話が広がったようです。
しかしながら、お七の生年月日や出自に関しては諸説あり、実際にお七が丙午生まれだったかどうかは不明です。また、「お七火事」は、天和2年(1682)1月27日の火事と、同年12月28日、天和3年(1683)3月2日の火事(『天和笑委集』)説があり、どれかははっきりしていないともいわれています。
お七の処刑後には、井原西鶴『好色五人女』、人形浄瑠璃『八百屋お七歌祭文』、歌舞伎狂言『お七歌祭文』など、さまざまな作品が生まれています。
「丙午の女」に関する言説は、江戸時代前期の俳人・山岡元隣の俳諧集『身の楽千句』に「ひのえ午ならずば男くいざらまし」(ひのえうまの女性でなければ男を喰い殺すことはない)という一文があり、これが一番古い言説とされています。

月岡芳年「松竹梅湯嶋掛額」八百屋お七 (浮世絵検索)
ただの迷信が江戸時代から昭和まで続いた
「丙午生まれの女は男を喰う」という根拠のない迷信は、都市伝説のように尾鰭をつけながらも全国的に広まり、江戸時代を超えて明治時代にも受け継がれました。
明治39年(1906)の丙午の年では、前年より出生数が約4%減少。
“元日に生まれた女児の将来を案じる新聞記事”が掲載されたこともあるそうです。ただし、この前年は日露戦争で「父親が戦地に出向いていて帰国したのが丙午の年だったため、出生率が下がった」という状況も影響したようです。
また、明治39年生まれた女性が結婚適齢期を迎えた大正13年(1924)〜大正15年・昭和元年(1926)にかけては、「丙午の女性は夫を食い殺す」迷信のせいで縁談が破談になったり婚期が遅れたり、それらが原因となった自殺報道が続くなど、深刻な社会問題となったそうです。
さらに、多くの役所の戸籍簿が焼失した大正12年(1923)の関東大震災では、再編時に娘の出生年を“丙午ではない年”に書き換えて申請する親も増えたといわれています。
「何の根拠もない迷信」だとはわかっていても、やはり「偏見や差別」意識は根強く残っり、それは昭和まで続きました。
昭和41年(1966)の丙午の出生率は前年より46万人も減少。江戸、明治と経て、高度成長期にある日本で、そんな古い迷信が影響力を持っていたのも以外ですが、1964年ごろから、メディアがこの迷信を取り上げたことが人々の不安を膨らませたそうです。
その前の明治39年(1906)の丙午に出産率が低下したことを覚えている高齢者が、「丙午の出産を避けたほうがよい」とアドバイスをしたことも影響されたとも。
ただし、この頃は「計画出産」が推進されていたことから、出産の間隔をあけたり子供は少人数でいいとしたりする社会の流れもあり“迷信のせいだけ”ではないようです。

生まれたばかりの赤ちゃん(photo-ac)
エネルギーと逆境を乗り越えるパワーのある「丙午の年」
「丙午生まれの女性が云々」は単なる迷信で、科学的な根拠は何もありません。
現在では、「丙」も「午」も火の性質なので、非常に「火の勢いが強い」年に生まれた女性なので、情熱的・行動的・周期を惹きつけるリーダータイプが多いとわれています。
「強いエネルギーを持ち人生を切り開いていける人」と、迷信を逆手にとったポジティブな意味合いに捉えられるようになりました。
実際、有名人ではマラソン選手でバルセロナ五輪銀メダリストの有森裕子さん、「ダンシング・ヒーロー」で大ブームをひきおこした荻野目洋子さん、「なんてったってアイドル」で女優の小泉今日子さん、元祖トレンディ女優といわれ現在でもドラマ、映画、バラエティと幅広く活躍する鈴木保奈美さんほか、たくさん。
確かに行動的で周囲を惹きつける魅力のある方達ですね。
2026年は「強いエネルギーをもち、逆境を乗り越える力を授けてくれる年」だそうです。
丙午生まれの女性もそうではない女性も、夢や希望を叶えられる素敵な一年になりますように。

美しい馬(unsplash)
参考:
丙午女: 1966年生まれ 60年に一度の元気者新津 隆夫 (著), 藤原 理加 (著)
江戸火消年代記 (1962年) 東京消防庁監修

