部下にハラスメントと受け取られないようにするには、どうすればいいのか。社会保険労務士の村井真子さんは「“部下への配慮が優れている”上司ほど、気をつけたほうがいい。よかれと思った行動が、ハラスメントになることがある。実際に、とある50代の男性部長も指摘を受けるまで気づいていなかった」という――。

※本稿は、村井真子『職場問題ハラスメントのトリセツ 窮地の前に自分を守る、取るべきアクションと相談のポイント』(アルク)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

■“配慮”が行き過ぎると「ハラスメント」になってしまう

社会保険労務士として企業のハラスメント防止研修や人事労務顧問に従事するなかで、私は組織の中で起こる「人の善意が裏目に出る瞬間」を数多く見てきました。日々よせられるハラスメント関連の相談の中でとりわけ最近増えているのが、「優しさが誤解を生むケース」です。

その典型例として職場でしばしば見られるのが“配慮の行き過ぎ”です。たとえば、子育て中や介護中の社員に対して「無理をさせないように」と業務を軽減したり、出張を外したりする上司の行動は、一見すると温かい思いやりに見えます。しかし、こうした「保護的配慮」が、本人の成長機会を奪う行為や、周囲に不公平感を与える結果につながることがあります。

ハラスメントの本質は、悪意ではなく「認識のずれ」や「善意の押しつけ」に潜んでいます。実際、最近の相談の中には、まさに“良かれと思って”の一言や対応が、部下や同僚の尊厳を傷つけ、職場の信頼関係を壊してしまった事例が少なくありません。

ここでは、その一つのケースをご紹介します。(なお、下記は実例に基づき、プライバシー保護の観点から複数の事例を組み合わせ再構成したものです。)

■“子育て社員に配慮”していたら「通報」された

A部長(50代・男性)は、部下思いで知られる上司でした。

部内では「Aさんのもとで働けるのは幸せだ」と評判で、子育て中の社員に対してはいつも残業や出張を調整し、柔軟に対応していました。A部長の口ぐせは、「子どもがいる社員には無理をさせない」。その言葉どおり、家庭を優先できるようスケジュールを組み替え、会議や出張も配慮していました。

A部長本人に悪意などまったくなく、むしろ“理想的な上司”と自認していたかもしれません。A部長だけでなく、周囲もまた、基本的にはA部長のスタンスを持ち上げる姿勢を取っていました。

しかし、その考え方に賛同できない社員もいたのです。人事部には、たびたび下記のような匿名通報が寄せられていました。

「A部長が子育て中の人を優先するあまり、独身の私たちに仕事のしわ寄せがきています。言っていませんが、みんな不満を持っています」

「A部長の考え方はいいと思いますが、それに甘えて迷惑をかけることが当然だと思う社員もいます」

「A部長の考え方は時代錯誤でセクハラだと思います」

人事部はこれらの通報について、A部長に面談にて紹介しました。そして、A部長の言動に思い当たることはないか、あるなら改善してほしいと伝えました。

■「外に出る機会を制限するのは不公平だと思います」

それはA部長にとって、まったく予想外の指摘でした。社員たちは喜んでくれていたように見えたが、それは表面だけのことだったのか? 自分では聞く耳を持つ姿勢を出していたと思っていただけに、社員たちが自分に対して本心を言わず、このように匿名通報をしてきたという事実はA部長にとってつらいことでした。

さらに追い打ちをかけるように、子育て当事者である別の社員からは、面談中に次のような発言がありました。

「宿泊を伴う出張から外されていて、知識や人脈の面で差がついてしまっている。配慮いただいていることはわかりますが、自分の意向としてはもっと外に出ていきたい。そのような機会を制限するのは不公平だと思います」

A部長は愕然としました。

自分は“支援している”つもりだったが、結果としてそれは「過剰な配慮」になっていた。子育て中の社員の成長機会を奪い、他の社員の不満を生んでいたということに、A部長はおそまきながら気が付いたのです。

A部長は今、「どこまでが適切な配慮で、どこからが不当な扱いになるのか」と、配慮とハラスメントの狭間で悩んでいます。

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■「マタハラ」に該当、職場の分断も招く

このようなケースは、非常に多くの職場で起きています。

厚生労働省が定義する「妊娠・出産・育児・介護等ハラスメント(いわゆるマタハラ・パタハラ・ケアハラ)」では、「本人の希望がないのに、育児中や介護中の職員に業務機会を制限する」行為も、就業環境を害するおそれがある言動として挙げられています。つまり、“やさしさのつもり”でも、本人の意思を確認しないまま業務機会を外すことは、差別的な取り扱いと評価される可能性が高いといえます。

また、仮にこの配慮が子育てをする「女性社員」にだけ向けられるものであるならば、それは固定的性別役割分担に基づいた言動とも言えます。「男は男らしく」「女は女らしく」といった性別に基づいて役割を分ける考え方は個人のキャリアやライフスタイルを阻害する可能性があります。A部長が「子育ては女性がすべき」という価値観に基づいてマネジメントを行っているとすると、男性の育児世代に対して公平性を欠くことになったり、キャリアを伸ばしていきたい女性社員を抑圧することにもつながりかねません。

A部長の場合、実態として子育て当事者の意見を聞かずにキャリア成長の機会を奪っていたといえ、マタハラに該当する可能性があります。

さらに、このような“過剰な配慮”は、独身社員や介護を担う社員の間にも不公平感を生じさせます。人事上の判断基準が不透明になると、「自分たちは軽視されている」という認知が広がり、チームの信頼関係が崩れていきます。結果として、育児・介護中の社員を守るはずの取り組みが、職場全体の分断を招くという逆転現象が起こるのです。

■本人に確認せず、自分の物差しだけでの判断はNG

A部長はどこでつまずいたのでしょうか。

根本にあるのは、「自分の物差しで判断してしまったこと」だといえます。人は自分の経験や価値観を基準に物事を把握しがちです。「自分はこうされたら助かる」と思ってしている行為でも、相手にとっては「望まれない干渉」かもしれません。自分の経験や価値観を基準に物事を判断するのは加害者側だけではなく、被害者側も同様です。それぞれの価値判断の物差しが異なるということは、ハラスメントの加害行為をしないためにもぜひ自覚していただきたいことの一つです。

もう一つの問題は、「本人への確認を怠ったこと」です。たとえば「出張は大変だろうから外しておこう」と思っても、本人がキャリアアップの機会として挑戦したいと考えている場合、それを奪うことは「本人の成長意欲を阻害する行為」になります。

これは結果的に、性別や家庭状況に基づく固定的な役割意識(いわゆるジェンダーバイアス)の再生産にもつながります。また、管理職が「周囲の不満が出ないように調整する」ことに意識を向けすぎると、本人へのヒアリングが疎かになりがちです。

上司の“気づかい”が、実は対話の省略につながってしまう。ハラスメントの根底には、こうした「認識のずれ」や「対話の不足」があるのです。

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■「あなたはどうしたいか」と尋ね、配慮内容をすり合わせる

では、A部長はどうすればよかったのでしょうか。

まず重要なのは、「配慮と差別の線引き」を理解することです。

本人の意思確認なしに機会を制限することは、法律上も不当な扱いとみなされる可能性があります。一方、本人が希望して業務内容や働き方を柔軟に変える場合は、両立支援の措置として歓迎されることになります。つまり、“上司が勝手に判断する”のではなく、“本人の選択を尊重する”ことが鍵なのです。

次に対応すべきは、「信頼関係を築くための傾聴」です。パーソル総合研究所の調査によれば、部下が「本音を話しやすい」と感じる上司の特徴は、「最後まで話を聞いてくれる人」でした。相手の話を遮らず、評価を挟まず、頷きながら聴く──その姿勢こそが、職場の心理的安全性を高めます。

そして最後に、「自分の力を過小評価しない」こと。部長職という立場にあるだけで、発言や判断には権力性が伴います。本人の意図にかかわらず、部下は上司の言葉を“命令”と受け取りがちなのです。上司には「誤解されない言動をとる」「やってしまったと思ったら誠実に謝る」という基本が求められます。

これらを踏まえると、A部長が取るべきだった対応は明確です。「あなたがどうしたいか」を当事者本人に尋ねること。そして、「配慮の内容を本人とすり合わせること」。

このシンプルなプロセスこそが、“支援”と“差別”を分ける分水嶺なのです。

■“男性が家庭に費やす時間”は増加傾向

ハラスメント防止の目的は、「誰もが働きやすい環境を整えること」です。

けれど現実には、“善意”が誤解を生み、“配慮”が不公平を作り、“支援”が差別と見なされる――そんな逆転が起きています。

こうした逆転が起こる背景には、社会通念の変化があります。かつて当然とされた「女性は子育て優先」「介護は家庭で行うべきもの」などの価値観は、今や時代に合わないものとなりました。総務省の調査によれば、家事や買い物、育児や介護など家庭に費やす時間について男性側も増加傾向にあります(総務省「令和3年社会生活基本調査 生活時間及び生活行動に関する結果 結果の要約」)。

また、民間会社の調査ではパートナーが第1子妊娠中の男性の育休取得意向は約8割に達しており、男性自身も育児の担い手になる意識が醸成されていることが伺えます(ピジョン「男性の育休取得に対する意識調査を実施」)。

このような変化は、世代差・地域差はあるものの、男女の様々な格差を均衡させる方向に働いています。就労の面でも様々な法律で男女平等を実現させる動きがあり、性別により不利益を受けることがないよう是正が図られてきました。

しかし、人の意識はそう簡単に切り替えられません。

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■50〜60代男性は「女性はか弱い、守らねば」の意識が強め

内閣府の調査では、「男性は出産休暇/育児休業を取るべきでない」「仕事より育児を優先する男性は仕事へのやる気が低い」といった項目で世代を問わず男女に大きな差が出たほか、同性の中でも世代によって異なる結果が得られました。すなわち、より男性のほうが「男性の育休取得」や「仕事より育児優先」に否定的であり、かつ若手のほうが否定的であったのです。

一方で、「女性はか弱い存在なので、守られなければならない」とする考え方については女性に比べ男性のほうが世代を問わず肯定的であり、男性50-60代では3割以上が「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」と回答しました。これらの調査結果には、男女間で、また同性においても世代によって大きく意識が異なっていることが示唆されます(内閣府「令和4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査結果(概要)」)。このような状況だからこそ、多くのハラスメントは加害意識がないままに行われてしまうのです。

■「日々の見直し」が“うっかり加害”を防ぐ

私たちは、自分が持つ物差しが他者のそれとは異なっているということをきちんと意識し、「自分が正しい」と思い込まず、「社会通念」や「平均的な労働者の感じ方」などの基準に照らして自分の言動を日々見直していく必要があります。

それが、職場における“うっかり加害”を防ぐ第一歩になるのです。

村井真子『職場問題ハラスメントのトリセツ 窮地の前に自分を守る、取るべきアクションと相談のポイント』(アルク)

A部長のように、優しさとして行った言動をハラスメントだと指摘を受け、戸惑う管理職は少なくありません。だからこそ、組織として「対話の場」「意見の違いを受け止める仕組み」を整えることが、ハラスメント防止の核心なのです。

多くの場合、ハラスメントだと指摘を受ける言動は、その指摘に至るまでの経過・蓄積があります。ひとつひとつは些細なことであっても、その状態が継続したり悪化したりすることで、声を上げてくる被害者がほとんどなのです。そうなる前に、早期にハラスメントの芽を摘む必要があります。

信頼関係とは、磨りガラスのようなもので、一度ひびが入れば、元通りにはなりません。ハラスメントだと感じれば、人はその認識を裏付けようとする情報ばかりを集めるようになってしまい、もはや健全な対話は見込めません。ハラスメントが深刻化する前に自分の加害行為に気づくこと、そして誠実に反省し、対処することが大切なのです。

■「自分の言動を疑うこと」が信頼される上司への道

A部長の事例では、人事部からの面談や当事者からの言葉を受け、A部長が深く反省の意をしめしたことで、会社としてはハラスメントとしては認定せず、特段の懲戒処分は取りませんでした。しかし、社外のハラスメント研修の受講を義務付け、A部長に今後の部下に対するマネジメントの考え方についてレポートを提出することを課しました。

また、今後は個人面談について、A部長だけでなく人事部も同席するように制度を整えていきました。人事部から家庭と仕事を両立するための社内外の制度を案内することで、社員が主体的に自分で選択できるようになり、また意向を伝えやすくなればと考えての措置でした。

人の善意が裏目に出る、こうした“グレーゾーンの事例”は、職場のどこにでも潜んでいます。まずは「自分の言動は大丈夫?」と振り返ることが、信頼される上司への第一歩です。

出所=『職場問題ハラスメントのトリセツ』(アルク)
出所=『職場問題ハラスメントのトリセツ』(アルク)

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村井 真子(むらい・まさこ)
社会保険労務士
家業である総合士業事務所で経験を積み、2014年、愛知県豊橋市にて独立開業。中小企業庁、労働局、年金事務所等での行政協力業務を経験。あいち産業振興機構外部専門家。地方中小企業の企業理念を人事育成に落とし込んだ人事評価制度の構築、組織設計が強み。現在の関与先160社超。移住・結婚とキャリアを掛け合わせた労働者のウェルビーイング追及をするとともに、労務に関する原稿執筆、企業研修講師、労務顧問として活動している。著書に『職場問題グレーゾーンのトリセツ』(アルク)。
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(社会保険労務士 村井 真子)