1993年Jリーグ開幕時の10クラブのひとつで、「サッカー王国」静岡の人気クラブである、清水エスパルスのJ2降格が決まった。

 J1セカンドステージの第14節(10月17日)、清水はホームにベガルタ仙台を迎えた。勝てば、この日のJ2降格は回避できる状況を作れたが、地元ファンの声援を受けながら、0−1であえなく敗れた。それからおよそ4時間後、第13節終了時点で年間順位15位(勝ち点30)のアルビレックス新潟が勝利し、年間勝ち点21の清水は、残り3戦を全勝しても残留ラインに及ばないことが決定。終焉となった。

 降格の理由について、清水の左伴(ひだりとも)繁雄社長はまず、「(社長)就任当初に掲げた『気迫』『球際の激しさ』『1対1の強さ』『相手の腰を引かす怖いサッカー』という公約を果たせなかった」と、現場スタッフ、選手たちの力不足を指摘した。そのうえで、「移籍マーケットへの参入の出遅れが響いた」と、フロント強化部の責任も強調した。

 しかしそれは、今季に限った理由に過ぎない。Jリーグ発足から23年守り続けた国内トップカテゴリーから陥落し、日本一を自負する「サッカーどころ」のプライドがズタズタにされる兆候は、すでに数年前からあった。

 発端は、皮肉にも開幕序盤で首位を走っていた2010年。2005年に就任した長谷川健太監督(現ガンバ大阪監督)が、契約最終年度となる6年目のシーズンを戦っているときだ。

"事件"は、そのシーズン終盤に起こった。クラブが、長らくチームに貢献してきた元日本代表のMF伊東輝悦(現AC長野パルセイロ/J3)とMF市川大祐(現FC今治/四国リーグ)との契約を延長しないことが発覚したのだ。しかも、ふたりへの突然の通達がクラブ功労者への配慮を欠く行為だと、選手たちが激怒。選手とクラブとの間に一気に亀裂が走った。

 これが、クラブ転落への「第1章」の幕開けだった。以降、それ以前からくすぶっていた選手側のクラブへの不信感もあって、両者の溝は一層深まっていく。そして、事態を収拾できないまま、2010年シーズン終了後、日本代表FW岡崎慎司(現レスター/イングランド)ら主力選手が大量流出。チームの戦力は大幅にダウンした。

 その翌シーズン、アフシン・ゴトビ監督が指揮官に就任した。ここから、転落への「第2章」が始まった。

 ゴトビ監督は、FW高原直泰(現SC相模原/J3)、MF小野伸二(現コンサドーレ札幌/J2)、MF小林大悟(現ニューイングランド・レボリューション/アメリカ)ら経験豊富な実力者を徐々に控えに回し、若手中心へとシフトしていった。すると、それまでの、テンポよくボールが動く"静岡らしい"サッカーが影を潜め、攻撃力が低下。勝ち切る試合が激減し、6年ぶりにふた桁順位(10位)という屈辱を味わった。

 やや独裁的な面が見られたゴトビ監督の体制下では、就任当初から不穏な空気が立ち込めていた。選手からも早々に不満の声が漏れ、またも多くの主力選手が流出。2012年までに、高原、小野、小林に加えて、DF岩下敬輔(現ガンバ)、MF枝村匠馬(※)らクラブ生え抜きの主力選手まで、次々にチームを去っていった。
※2012年シーズン途中にセレッソ大阪に期限付き移籍。その後、名古屋グランパス、ヴィッセル神戸を経て、今季から清水に復帰。

 そうした流れを、フロントの強化担当も食い止めることができず、十分な補強もできないまま、チームは迷走を繰り返した。その結果、2012年、2013年シーズンはなんとか9位という順位を保ったものの、2014年シーズンはついに序盤から低迷。シーズン途中から、クラブOBの大榎克己監督が就任するも、乏しい戦力では加速する悪い流れを止める術もなく、15位で残留するのが精一杯だった。

 そして迎えた今季、「相手に脅威を与える攻撃を見せる」(左伴社長)と、数億円の資金を投じて元ナイジェリア代表のFWピーター・ウタカと、MFミッチェル・デューク(オーストラリア)ら助っ人を獲得したが、もはや付け焼刃的な補強ではどうにもならなかった。ファーストステージは最下位。セカンドステージに入ってからも、浮上するきっかけさえつかめず、力尽きた。

 チームOBの解説者は、フロントの責任を重く見ている。

「J2降格を招いたのは、何よりゴトビ監督をコントロールできなかったことが大きかった。本来強化部長は、監督を管理、監視する立場だと思うが、エスパルスではまるで(監督の)部下のように振る舞っていた。監督の要望ばかり聞いて、選手のほうをまったく向いていなかった。そこが問題だった。選手は(チーム内で)孤立してしまったら、居場所がなくなる。当然、チームから出たくなりますよ」

 清水から移籍したある選手が言う。

「今所属するチームに来て、フロントが選手の味方にもなってくれることを初めて知った。清水に在籍していた当時は、(フロントから)完全に敵扱いされていましたから」

 現場スタッフ、選手、そしてフロントが一体となって戦わなければ、結果は出せない。監督vs選手、選手vsフロント......そんな対立関係を何年間も放置してきたとなれば、清水の現状も頷ける。まして、チーム最大の"財産"である選手たちをないがしろにしてきた。その報いが、J2降格なのだろう。

 降格が決まった地元の衝撃も相当なものだった。地元の新聞各紙が一面で大々的に伝えれば、地元放送局はエスパルスのJ2降格をニュース番組内で特集を組んで報じた。また、地元の財界人によれば、「エスパルスのJ2降格による経済的な損失は、年間数十億円に及ぶ」という。

 そんな中、20年以上もホームスタジアムに足を運んでいるという50代の女性ファンが「もう応援する気力も失せてきた」と漏らしていた。

「来季は、試合を見る回数が半減すると思う。チームに魅力を感じなくなってきたから。昨年あたりから、試合に来るサポーターも減ってきている。1年でJ1に上がってもらわないと、清水からサッカーの灯が消えてしまうかも......」

 事実、J2降格危機に直面していた仙台戦では、2万人が収容できるスタジアムに集結したファンの数は1万3000人ほどにとどまった。チームの低迷はもちろんだが、クラブの生え抜きや、地元に愛着のある選手たちが次々にいなくなってしまったからに他ならない。

 J2降格となれば、今後も主力選手の流出は十分に考えられる。そうなれば、集客はますます減っていく可能性がある。それは当然、スポンサー収入の減少にもつながって、クラブの経営自体に影響を及ぼしかねない。左伴社長は、予算の確保、選手の流出阻止に自信を見せるが、それも来季に限ったこと。1年でJ1昇格を果たせなければ、危機的な状況を迎えてもおかしくない。

 降格が決まった翌日、練習試合を行なっていた清水の練習グラウンドに、サポーターが『再出発』という横断幕を掲げた。清水にとって来季は、まさにJ1昇格を目指しての再出発となる。が、J2の戦いは、決して甘くはない。一昨年J2に降格して、翌年J1即復帰を果たせなかった地元の"ライバル"ジュビロ磐田の苦戦を見れば、それは明らかだ。

 この先も、清水に待っているのは"いばらの道"である。その道を切り開くには、現状のままではいけない。フロントがチームの再建を本気で考えて、誰もが納得できる方向性を示す必要がある。そのうえで、スタッフ、選手、そしてサポーターたちが一丸となって戦わなければいけない。

 それが実現できなければ、「サッカー王国」の復権もなければ、そんな呼び名があったことさえ、世の中から忘れ去られてしまうだろう。

望月文夫●文 text by Mochizuki Fumio