世帯月収手取り55万円の40代夫婦、都心の8,500万円の物件を諦め、郊外の6,000万円のマンションを選んだのに、「住宅ローン破産」したワケ。きっかけは地方広報誌の“お知らせ”【FPが警鐘】
住宅購入時は、価格や広さなど「物件そのもの」の条件を重視しがちです。しかし現実には、購入時には見落とされがちな落とし穴があって……。本稿では、東京郊外で6,000万円の中古マンションを購入した植木夫婦の事例とともに、住宅購入時の注意点について、ファイナンシャルトレーナーFP事務所の森逸行氏が解説します。
価格と広さを優先…郊外の中古マンションを購入した共働き夫婦
「この価格なら現実的だよね。駅から少し離れてるけど、その分広いし」
植木さん(仮名/40歳)は、同い年の妻とともにフルタイムで働く共働き世帯です。妻が転職したことをきっかけに、夫婦はマンションを購入することにしました。
当時、二人が最初に候補に挙げていたのは、お互いの職場へアクセスがよい都心の駅近新築マンション(8,500万円)でした。しかし、当時の夫婦の世帯月収は手取りで約55万円(夫30万円/妻25万円/賞与別)。今後の収入アップを見込んで、無理をすれば届きそうなものの、毎月の返済額が手取りの4割を大きく超えてしまう計算になります。「手が届きそうだけれど、さすがに生活が厳しくなる」と断念せざるを得ませんでした。
そこで悩んだ末選んだのは、東京郊外にある6,000万円の中古マンション。都内へのアクセスも悪くなく、2LDKと広さも十分です。都心へのアクセスもそれほど悪くなく、なにより手狭だった賃貸アパートに比べて十分な広さがあります。唯一のネックは最寄り駅まで徒歩20分という距離でしたが、日常的に路線バスを利用すれば十分に通勤圏内だと判断したのです。
夫婦はこの物件をペアローンで購入しました。毎月の住宅ローン返済額は約18万円。これに管理費や修繕積立金を加えた住居費は月約21万円となり、この先も共働きを維持できれば十分に返済可能な計画でした。
「多少不便でも、慣れれば問題ないと思ったんです」
駅近物件より価格を抑えられたことで、「いい買い物ができた」と二人は満足していました。ところが、その前提を大きく揺るがす出来事が起きます。
運賃が倍?…広報誌の“お知らせ”に動揺
ある日、植木さんはポストに入っていた地域の広報誌を見て驚きました。そこに記載されていたのは、「バス運賃改定のお知らせ」。来月から運賃がいまのほぼ倍となり、さらに運行本数も減ると書かれています。
「ちょっと待って、バス運賃が倍? 聞いてないよ……」
バスは通勤だけでなく、買い物や趣味、猛暑日や雨の日の移動など、日常生活のあらゆる場面で欠かせない“足”です。それまで当たり前だった交通インフラの変化に、2人は動揺を隠せません。
住宅ローン以外に増えていく“見えない支出”
長く都市部で暮らしてきたこともあり、二人はどちらも自動車免許を持っていません。そのため、バス運賃の値上げは、植木さん夫婦の家計にじわじわと影響をおよぼし始めました。夫婦が勤務する会社には、どちらも「2km未満は徒歩圏内とする」という規定があって定期券外です。通勤だけでなく、買い物や週末の外出など、日常の移動で使うバス代は確実に増えています。
また、減便によって通勤時間にも余裕がなくなり、以前なら問題なく乗れていた時間帯のバスが減ったことで、待ち時間に耐えきれずタクシーを使う日も出てきました。最近では、「いっそ車を持ったほうがいいのではないか」という話まで出ています。
「住宅ローンだけでもけっこうな負担なのに、ここに来て交通費まで増えるとは……。1回あたりの金額は少しでも、毎日積み重なるとかなりキツいです」
結果として、それまで月数千円程度だった私的な交通費は、タクシー代も含めて月額5万円近くまで急増してしまったのです。共働き世帯にとって、時間は非常に重要な資源です。バス運賃が改定されてからというもの、夫婦は時間にも気持ちにも余裕がなくなっていきました。
さらに、植木さんにはもう一つ不安があります。
「将来、この路線自体がなくなったらどうなるんだろう?」
地方ではすでに、赤字路線の廃止や減便が進んでおり、その流れは東京郊外にも広がりつつあります。もしバス路線が廃止された場合、車など別の交通手段に頼らざるを得なくなります。このまま年を重ねたときのことを考えると、不安は大きくなるばかりです。
夫婦のライフプランに差した光と影
住宅ローンと管理費等で21万円、そこに跳ね上がった交通費5万円が加わり、住居に関わる固定費だけで毎月26万円が家計から消えていくようになります。これだけでもカツカツの生活でしたが、夫婦のライフプランを揺るがす転機が訪れました。
もともと夫婦は、子どもを持たずに二人で生きていく生活を望んでいました。しかし、このタイミングで予想外の妊娠がわかります。新しい命の誕生を受け入れたのも束の間、妻は妊娠初期から重いつわりや切迫流産の兆候に見舞われ、体調は毎日不安定。絶対安静と医師からも告げられます。
妻にとっては、まだ転職したばかりの新しい職場です。「入社してすぐに長期で仕事を休んだり、産休に入ったりするのはあまりにも申し訳ない……」。そんな罪悪感と精神的なプレッシャーから、妻は職場を退職するという苦渋の決断を下しました。
この瞬間に、夫婦の「共働き前提」の返済計画は完全に崩壊します。妻の収入が途絶えたことで、世帯月収は夫の手取り30万円のみに激減。毎月の固定費26万円を支払うと、手元にはわずか4万円しか残りません。ここからこれからの出産費用や日々の食費、光熱費を捻出することは不可能であり、毎月出る赤字によって、これまでの蓄えはすぐに底を突きました。
万策尽きた植木さんは、マンションを手放して借入を清算しようと不動産会社に売却の査定を依頼しました。しかし、そこで告げられたのは残酷な現実です。
「このエリアはバス路線が衰退して『住みにくい街』という認知が広がっており、相場が落ちています。いま売りに出しても、よくて4,500万円ほどですね」
マンションの資産価値は、植木さん夫妻が購入したタイミングをピークに目減りしており、売却しても1,500万円もの住宅ローンが手元に残ってしまう「オーバーローン」の状態でした。植木さん夫婦は、完全に返済の手詰まりを迎えることになってしまいました。
住宅購入時に見落としやすい「交通インフラリスク」
今回の植木さん夫婦のケースは、予期せぬ交通インフラとライフプランの変化が重なったことで、破産へと追い込まれてしまいました。
住宅購入時、多くの人が重視するのは「価格・広さ・築年数・間取り」といった物件そのものの条件です。しかし実際には、目先の条件だけで判断するのではなく、将来的に起こりうる「地域のインフラリスク」や「自分たちのライフプランの変化」といった不確定要素をセットで視野に入れておく必要があります。
交通の利便性は、マンションの資産価値にも影響します。いまは一定の資産価値があっても、交通インフラの変化で「住みにくいエリア」になれば、とたんに売却時の価格低下につながるおそれがあります。特に、駅から距離があるなどバス利用が前提となる立地や、代替手段が限られたエリアでは、交通環境の変化による影響を受けやすくなります。
住宅を購入する際は、バス路線の維持状況や自治体の交通政策、代替交通手段の有無、さらには将来的な人口動態まで含めて確認するようにしましょう。
また、共働き前提で限界に近いペアローンを組む場合、「ずっといまの健康状態や働き方、家族構成が続く」という前提は非常に危険です。予期せぬ妊娠や出産、病気、あるいは介護といったライフプランの変化によって、どちらか片方の収入が一時的、あるいは完全に途絶えるリスクは、どの世帯にも等しく潜んでいます。
もしライフプランの変化によって家計が立ち行かなくなり、「家を売却してリセットする」という選択を迫られたとき、資産価値が下がっていれば、売るに売れない状態に陥ることもあります。インフラリスクとライフプランの急変は、それぞれが家計を揺るがすだけでなく、重なった瞬間に逃げ道を完全に塞いでしまうのです。
住宅選びで後悔しないためには、こうした将来的に起こりうる“見えにくいリスク”を注意深く確認することが重要です。
森 逸行
ファイナンシャルトレーナーFP事務所
代表
