「勝ちにこだわるがゆえに、少し人格が壊れて」バスケで全国→超難関の劇団へ…美声女優・堀内敬子(55)の“意外な過去”
俳優の堀内敬子がきょう5月27日、55歳の誕生日を迎えた。現在放送中の森カンナ主演の深夜ドラマ『多すぎる恋と殺人』(日本テレビ系)では、主人公の刑事の同僚(鑑識官)にして女子会仲間という役を飄々と演じている。7月からはミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』で東京を皮切りに愛知、大阪をまわる予定だ。劇団四季出身で、退団後は舞台だけでなくドラマや映画でも多くの作品に出演し、演じる役の幅広さには定評がある。(全2回の1回目)
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バスケで全国大会へ…“部活の鬼”だった中学時代
名門劇団の出身で、日本を代表するミュージカル女優の一人とあって、きっと若い頃から俳優を志していたに違いない……と思いきや、そうではないらしい。東京・府中の小学4年のときからバスケットボールを始め、中学時代は“部活の鬼”と化し、練習や試合に明け暮れていたという。当時の熱中ぶりを本人はのちにこう振り返っている。
〈《勝ちにこだわるがゆえに、少し人格が壊れてましたね(笑)。試合は一回負けたら終わりなので、勝負事の世界にいるって感じですごく緊張感があったんです。だから、相手と競り負けたりパスをミスったりすると、別人のように怒ってました》(『週刊文春』2016年4月28日号)〉
3年生のときにはレギュラーとなり、キャプテンを任され、チームは全国大会に進出してベスト8にまで入った。そのため高校にはスポーツ推薦で進学する手もあったが、背が高いわけではなく、将来的に実業団で活躍するのは難しいと思い断念。そこへ母から、ミュージカル劇団の養成所と演劇科のある関東国際高校を勧められる。結果的に、苦手な数学が1年のときしかないのが決め手となって高校を選んだ。
母には小さいころによく観劇に連れて行ってもらい、7歳からはクラシックバレエを習っていて、舞台に親しみこそあったものの、高校に入るときにもとくに演劇に興味はなかったという。それでも中学時代にバスケで示した負けず嫌いな性格は、高校でも発揮される。ダンスの練習や演技の勉強のため誰よりも早く教室に入った。部活は演劇部に入り、ミュージカルの練習漬けで、学校から帰宅したら寝るだけという日々を送る。
高校卒業後、劇団四季に入団
高校に劇団四季の人が教えに来ていたこともあり、卒業後の1990年には劇団四季附属研究所に入った。この年、四季には1000人以上の応募があり、合格者は30人だけという超難関だった。ただ、研究所に入っても翌年の試験に合格しなければ正式な劇団メンバーにはなれないとあって、堀内は保険として同時に大学も受験し合格している。結局、大学は入学式だけ行って休学、それから四季の研究生として学んだ1年間を本人は次のように振り返る。

劇団四季出身の堀内敬子(2000年のミュージカル『レ・ミゼラブル』でコゼットを演じた際の公開ワークショップで)
〈《高校の先生から“すごく厳しいところだ”って聞かされてましたから、逆に入ってみて安心した面もありました。なにせ、死ぬ覚悟で入りましたから(笑)。朝早く起きて、研究所に行って、お掃除をして、レッスンをして、勉強して…。ほんとに時間の密度が濃かったです》(『ソワレ』1993年1月号)〉
初舞台は翌1991年1月の『ミュージカル李香蘭』。研究生から正式に劇団メンバーとなったのち、1992年には『アスペクツ・オブ・ラブ』で主要人物の1人であるジェニー役に大抜擢される。公演当時20歳で、メインキャスト5人のなかでも最年少だった。以後、劇団のホープとしてあいついで主要な役を任され、愛らしいルックスとソプラノの澄み渡る歌声で人気を博す。
「初々しくない」と言われて…
もちろん、壁にぶつかることもあった。1995年の『ウエストサイド物語』では、敵対する2つのギャング団の狭間で主人公トニーと恋に落ちるヒロイン・マリアを演じる。このとき、最初の本(台本)読みで演出家から、生まれて初めて恋を知るマリアが「初々しくない」と言われてショックを受けた。ここから自分のなかの初々しさとは何かと自問し、古い日記を引っ張り出してきて、初めて人を好きになったときのことを思い出してみたりしたという。
同じく1995年には日本初のディズニーミュージカル『美女と野獣』が東京・大阪同時ロングランで上演されるにあたり、ヒロインの少女ベルを東京では先輩の野村玲子(りょうこ)、大阪では堀内がそれぞれ演じた。『美女と野獣』の公演は、『キャッツ』などへの出演を挟みつつ3年におよんだ。物語の展開にともない細かい心の変化を表さなければいけないので、演じるにはとてもハードな作品だったという。しかも、連日、昼夜2回公演があり、代役がいないとあってケガも病気もできず、毎日緊張が続くことになる。
劇団四季を代表する女優となった堀内だが、1999年に退団し、1年ほど舞台を離れた。その後、2000年から翌年にかけて上演されたミュージカル『レ・ミゼラブル』のヒロイン・コゼットの役にオーディションで選ばれ、再デビューを果たす。しかし、ここからしばらく彼女は苦境を味わうことになる。(#2につづく)
〈《43歳で出産も》三谷幸喜が“憑依するタイプ”と絶賛、「できない役はない」理由は…堀内敬子55歳の「負けたくない」女優人生〉へ続く
(近藤 正高)
