歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏と、国際政治アナリストの伊藤貫氏が対談。アメリカの文明論について語り合った。(通訳・堀茂樹)

【画像】イラン攻撃を主導したと言われるヘグセス国防長官の著書

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“プロジェクト”としての経済学

 トッド 最近私は、経済学には二つの機能があると考えるようになりました。

 経済学は「ホモ・エコノミクス(経済人)」という前提、つまり「自己利益を合理的に計算する個人」という前提に基づいて経済現象を説明します。この公理によって、家族や宗教の領域における経済活動も説明可能になるわけです。こうした“説明原理”としての経済学が第一の機能です。


エマニュエル・トッド氏 ©文藝春秋

 しかし、もう一つ別の機能もあります。「ホモ・エコノミクス」という概念は、あらゆる人間を純粋なホモ・エコノミクス、つまり利己的で計算高い個人に変えようとする。つまり、単なる“説明原理”に留まらず、いまや一つの“プロジェクト”と化しているのです。

 これこそが「新自由主義」と呼ばれるものの正体であって、「反宗教的なプログラム」に変貌した経済学です。「完全に利己的で利他主義を拒絶するホモ・エコノミクス」という概念そのものが、本質的に「ニヒリズム」なのです。その意味で私は、マーガレット・サッチャーやロナルド・レーガンを「最初のニヒリスト」とみなします。

 英米圏がプロテスタントの道徳的価値観に導かれていた時代は、経済も産業も発展しました。しかしその後、新自由主義の時代に広まった「“科学”を自称する経済学」が、実は「経済」を破壊したのです。

 産業革命期の「自由主義者」たちが「市場」を構築したのに対し、「新自由主義者」たちは「産業」や「経済」を破壊しました。これこそ最大のパラドックスです。そして「経済学」という概念の半世紀にわたる支配の結果、ヘグセスやトランプのような道徳的に堕落した人間たちが生まれてきたのです。

 伊藤 まさにおっしゃる通りです。経済学というのは、本当に卑しい学問ですね。彼らは浅薄で俗物的な価値規範しか持たないくせに「経済学者が一番賢い」と自惚れている(苦笑)。

 ミルトン・フリードマンとバリー・ゴールドウォーター(上院議員、共和党大統領候補)という2人の「経済利益至上主義者」が1960年代の米国論壇を席巻しました。彼らこそ、米国のキリスト教的な価値規範を破壊した張本人です。彼らはあられもない拝金主義者で、「自己利益の最大化こそ人生の目的であり、正義である」と米国人に吹き込んだ。彼らの“模範的”な教え子がレーガンやグリーンスパンやクリントン夫妻です。

低出生率は必然だった

 トッド 「低出生率」が、先進国全体の懸念事項となっています。程度の差こそあれ、米国も欧州も日本も中国も、この問題を抱えている。それぞれ社会システムはかなり異なるのに、「経済への過剰な執着」という点では共通しています。

 私は最近、「低出生率は、ホモ・エコノミクスの利己的論理の帰結だ」と確信するに至りました。というのも、子供をつくるには「利他的」でなければならないからです。一種の“贈与”なのです。「経済的価値観の一人勝ち」「文明の危機」「低出生率」は、いずれも相互に関連する事象だと捉え直す必要があります。

 伊藤 全面的に同意します。ナルシシズムと虚栄心に満ちた米国エリート層の振る舞いも、そこから説明できますね。

 現在の米国エリート層は、「パワー(権力)」と「プロフィット(カネ)」と「プレジャー(快楽)」という三つのPを最大化するために生きています。この三つを最大化できる人間こそ一番優れた人間だ、と思い込んでいる。

 しかも、三つのPを最大化した人間は、これを他人に見せびらかす。自分がいかに権力とカネを持っていて、人生をエンジョイしているか、と。三つのPの最大化に成功した人間だけが“選ばれた人間”で、そうでない人間は“負け犬”だとして、容赦なく見捨ててしまう。まさに“野蛮人の生き方”ですが、このような価値判断が米国の経済政策にも外交政策にも顕著に表れています。だから現在の米国は、西側自由主義諸国のなかで最も貧富の格差が激しく、最も政治資金システムが腐敗した国となってしまったのです。

 トッド イランへの攻撃を正当化する理由の一つは、「政権によるデモの弾圧」でしたが、単なる“口実”でしかなかったのは、米国が最初の攻撃で150人超の女子児童らを殺害したことからも明らかです。

※本記事の全文(約15000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年5月号に掲載されています(エマニュエル・トッド×伊藤貫「米国はカネと暴力と虚栄心だけ」)。全文では、以下の内容について詳しく語られています。
・ニヒリズムと暴力
・野蛮な米国にNOと言う価値観
・日本の味方はコルビーとヴァンス

(エマニュエル・トッド,伊藤 貫/文藝春秋 2026年5月号)