顔に穴が空く“希少がん”と闘病しながらSNSを中心に発信し続ける22歳のシンガーソングライター・もりひが5月11日、神奈川・川崎CLUB CITTA’にてライブイベント<もりひ unbreakable bond -We Can Do Anything->を開催する。

小学生の時に、歯を作る細胞から発生する“明細胞性歯原性悪性腫瘍”と診断されたもりひは、左の頬骨を摘出する大手術を行い、治療法も確立されていない中、幼い頃から入退院を繰り返してきた。ひとりきりで病室で過ごす時間の支えになったのは音楽。治療を続けながらも学校に通い、中高では陸上部に所属した。病気と戦う上で支えになったというマカロニえんぴつの影響でギターを手にして、オリジナル曲も作るようになった。その後は、痛みと隣り合わせの生活を支え続けてくれた整骨院の先生に師事。専門学校に通いながら鍼灸師として働く日々を送り、未来に希望を抱いていた矢先、がんの再発が見つかった。

これまでにない絶望を味わう中、心配する家族や友人、彼女のために一念発起して始めたのがYouTubeなどSNSへの投稿だったという。現在の病状について赤裸々に語り、オリジナル曲をアップするもりひに、徐々に励ましや賛辞の声が集まり、現在ではTikTokのフォロワー数が26万人を突破。閲覧者の「生で歌が聴きたい」という声に応え、2025年の12月に地元・大阪で初のライブを開催すると、定員100人のチケットが即日完売に。「諦めずにやっていたら、いいことがあるんだな」とは、その時の心境を振り返ったもりひの言葉だ。

声を出して喋り、歌う。左頬に穴が空いている彼にとって、発声への試行錯誤や努力は想像を絶するものがあるに違いない。それでも生きること、挑戦することを諦めないもりひには「大きなステージに立ちたい」「自伝本を出版したい」という夢がある。その夢のひとつであるCLUB CITTA’でのライブイベントに賭ける想いについて、そして、いくつもの壁を果敢に乗り越えてきた半生について、たっぷり話を聞いた。

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■死ぬまでにまだやるべきことがある
■自分の境遇に当てはめて音楽を聴いている

──もりひさんは小学校2年生の頃から世界的にも症例が極めて少ない顔のがんにかかり、長い闘病生活を送られてきたと思います。SNSでも“何度も生きることに絶望した”と発信されていますが、ご家族や周りの方の愛情はもちろん、音楽はもりひさんにとって、どんな支えになりましたか?

もりひ:入院を繰り返す中、面会時間以外はずっとひとりなので、10代の頃は孤独感が強かったんです。ひとりの時に心の奥を支えてくれたのは音楽でした。スマホがあればYouTubeであったり、いろいろな音楽に触れられる時代なので。

──入院していたのは何歳ぐらいからですか?

もりひ:7歳ぐらいから入退院を繰り返していました。長い時は2〜3ヶ月ぐらい入院していたり。中学3年生のときに右頬への転移が見つかって、「外科的手術はもうできない」と医師から言われました。

──そういった生活の中で影響を受けたアーティストは?

もりひ:17〜18歳の時に出会った、マカロニえんぴつです。今も見返すんですが、『THE FIRST TAKE』のMCで「何かと暗い世の中ですけど、ずっと続く絶望はないと思っているので」ってはっとりさん(Vo&G)が言っていたことがすごく響いて。

──コロナ禍の時ですね。

もりひ:そうです。今も薬の副作用などで悩んでいるので、「ずっと続く絶望はないから」って自分自身に言い聞かせているし、僕は音楽に本当に支えられているんです。マカロニえんぴつはそういうメッセージを歌にも落とし込んでいらっしゃるので。

──ちなみにその前はどんな音楽を聴かれていたんでしょうか?

もりひ:ミスチル(Mr.Children)が好きで「終わりなき旅」とか、めっちゃ聴いてました。母親はドリカム(DREAMS COME TRUE)が好きなんです。

──メロディー自体もそうだと思うんですが、特に歌詞が刺さるような楽曲に惹かれたり?

もりひ:そうですね。マカロニえんぴつに「ボーイズ・ミーツ・ワールド」っていう曲があるんですよ。“死ぬ前に僕をちゃんと生きたいんだ”っていう歌詞が出てくるんですが、こういう病気なので“死んじゃおうかな”と思うことも何回もあったんです。そういう時に、“死ぬまでにまだやるべきことがあるな”っていつも思わせてくれる曲で、“夢の続きをあと少し見届けたいんだ”っていう歌詞もそうなんですが、自分の境遇に当てはめて聴いているんですよね。

──もりひさんの心境とシンクロしたんですね。では、入院中もライブ映像を観て勇気づけられたり?

もりひ:ライブ映像がなかったら入院中は乗り切れなかったです。“生きて、次のライブに絶対行くんだ!”という気持ちで、ずっとマカロニえんぴつのライブ映像を観てました。僕、2025年4月にも入院していたんですが、6月の横浜スタジアム(<マカロニえんぴつ 10th Anniversary Live 『still al dente in YOKOHAMA STADIUM』>)に行きたかったんです。で、退院後、大阪から横浜まで夜行バスに乗って行ったんですよ。

──“絶対に行くんだ!”と思っていた念願のライブはいかがでした?

もりひ:ステージにメンバーさんが登場されてから、ずっと泣いてました。顔を見るだけで涙が出てくる。

──もりひさんにとってのヒーローですもんね。

もりひ:本当にヒーローです。マカロニえんぴつは多くの人に知られているバンドなのに、ひとりひとりに対してメッセージしていて、誰もひとりにしないというか、置いていかないんですよね。「たくさんの人が観に来てくれているけれど、ひとりひとりがいて、マカロニえんぴつの存在がある」ってことを伝えてくれて。「いろいろな人生観があって、今の僕たちがいるんだよ」みたいなニュアンスのことをMCで言ってくれたりするんですよね。

──ええ。

もりひ:僕自身、SNSで発信していて思うことなんですが、見え方や捉え方って、人それぞれだと思うんです。誰ひとり置いていかない姿勢で音楽を作って発信しているのも尊敬しているところです。

──そんなもりひさんがギターを手にしたのは高校生の頃だったとか。

もりひ:はい。父が買ったアコースティックギターが家にあったんですよ。父は買うだけ買って全然弾いてなかったんですけど(笑)。ちょっと触らせてもらってYouTubeを参考に見よう見まねで弾いてたら、“案外弾けるな”と。ただ、その時は“さあ!ギターやるぞ!”っていうテンションではなかったんですね。陸上部に所属していて忙しかったので。

──え、体調が悪い中?

もりひ:そうなんです。中高とも陸上部で。しかも、高校は全国2位の強豪校に入ってしまったので、キツキツの生活の中で、昼休みになると音楽室にあるギターを友達と弾いたりして。

──その頃は比較的、病状が安定していたんですか?

もりひ:高校に進学してからの5年間は今より全然安定していました。

──それにしてもスポーツを選んだのはなぜなんでしょうか?

もりひ:僕、運動が好きなんです。それと性格的にすごく負けず嫌いなんですよ。中学の時、陸上部に入部はしたものの足がか細かったので、“本気でやるなら陸上が強い高校に入らないとな”って。

──難病を抱えているとは思えない考え方ですね。

もりひ:当時も放射線治療の副作用で鼻血が出て、貧血で倒れそうだったんですが、勝負の世界ではそんなことは言い訳に過ぎないですよね。高校2年の時に近畿大会の決勝まで進んで、高校3年では近畿インターハイまで行ったんですが、準決勝でケチョンケチョンにされました(笑)。

──実は、もりひさんはスポーツをやられていた方なのかなと想像していたんです。アスリートに通じるメンタルの強さを感じていたから。

もりひ:体育会系ではありますね。練習もかなりキツかったので、今の精神力は陸上部で鍛えられたんんじゃないかな。

──陸上競技にはトラック競技やフィールド競技、ロードレースなどいろいろありますが、どんな種目だったんですか?

もりひ:僕、トラック競技で400メートルをやってたんですよ。

──400メートルって、陸上競技の中でも“最も過酷”って言われてますよね(笑)。

もりひ:そうなんですよ(笑)。強豪校に入学したので、100メートルを選んだら、そもそも学校内の対抗戦で負けちゃうんですよ。だったら“誰も走りたがらない400メートルに行こう”って。気合い入れて。

──自ら進んで辛いところを選んだわけですね。

もりひ:本当にそうですね(笑)。

■ステージに立っている僕を
■輝いた目で見てくれたのは本当に嬉しかった

──「昼休みになると音楽室にあるギターを友達と弾いたり」とのことですが、ギターを覚えたのもその当時ですか?

もりひ:熱中したのは高校3年の頃。僕にとっての先生はYouTubeですね。検索したらなんでも教えてくれるので(笑)。

──最初に弾いた曲は?

もりひ:スピッツの「空も飛べるはず」だったりかな。あまり複雑なコードは弾けなかったし、最初から弾きながら歌いたかったんですよ。音楽やってる時って何もかも忘れられるんですよね。それこそ闘病のことも忘れていたので、あの時の経験は大きいですね。熱中できたし、“楽しい!”って思ってなかったら、今、音楽やってないやろうな。

──原点ですね。当時からオリジナル曲を書いたりもしていたんですか?

もりひ:書いてましたね。高校生の時に作ったのが「ダブルタップ」っていう曲です。友達の失恋を面白がって歌詞にしたら、いつの間にか曲になっていたような思い出があります(笑)。もともと曲を作るのは好きだったんですが、まさかステージに立って、大勢の方々に見てもらうことになると思っていなかったので、感慨深いですね。

──高校卒業後、もりひさんは鍼灸師(しんきゅうし)の専門学校に通って、国家資格を取得します。鍼灸師の道を進まれたわけですが、その経緯についても教えてもらえますか?

もりひ:小学校の時に病気になって。腫瘍と一緒に左の頬骨を摘出して、歯をほとんど抜いているんですね。なので、入れ歯だから噛み合わせが悪いと肩こりと頭痛が酷いんですよ。そんな時に整骨院の先生に助けられまして。患者に寄り添ってくれる先生で、かけてくれる言葉が温かいんですよね。その先生に憧れて、“俺も先生みたいになろう”と。で、先生に弟子入りしたくて、高校卒業前からアルバイトとして事務作業をして、3年制の鍼灸師専門学校に通いながら、整骨院で働く生活を4年ぐらいしていたんです。

──ご自身も痛く苦しい想いを味わってきたから、誰かの痛みを少しでも和らげてあげたいと。

もりひ:そうです。痛みの苦しさは普通の人よりはわかっているつもりではあるので。よく“患者さんに深入りし過ぎると自分の精神がしんどくなる”っていいますけど、僕は“自分の体験をもとにして、患者さんの気持ちに寄り添えれば添えるほどいい。心のケアから治療に入りたい”と思っていたんです。それに人と喋るのが好きなので、痛みで苦しんでいる人の支えになれればと考えていました。当時はまさか、今のようにがんが再発するとは思っていなかったし。

──再発したことがわかったのはいつ頃だったんでしょうか?

もりひ:今から1年半ぐらい前ですね。宣告された時は頭が真っ白になりました。

──その後、どういうふうに気持ちを立て直していったんでしょうか? 簡単なことではないと思いますが。

もりひ:立て直したというよりも落ちるところまで落ちたんですよ。これ以上、底はないっていうぐらいに落ち込んで。もともと明るい性格だったので、そこまで参っている僕を見るのは周りの家族や友人も初めてだったと思うんですね。

──病気が発覚した小学校の時以上に落ちてしまったってことですね。

もりひ:幼い頃から、周りに暗いところを見せたくなかったので、その考えが癖みたいになっていたんです。だけど、その時ばかりはコントロールできる限界を超えてしまって、負のオーラが漂っていたと思うんですよね。

──社会人として日常を歩み出していただけに衝撃も大きいですよね。

もりひ:ええ。ただ、根本に明るい自分が残っていたので、“自分が落ち込んだままだと周りまで不幸にしてしまう。頑張らなあかん”って。身内に「俺、まだ頑張れるから」って発信するために始めたのが、SNSなんですよ。心配してくれた家族や友人に向けて、意気込みを見せたくて始めたので、まさかこんな多くの方々に見てもらえるとも思っていなかったんです。

──現在(4月中旬)、TikTokフォロワーが27万人、YouTube登録者数は12万人を超えています。

もりひ:見てくれる人が増えれば増えるほど、見てほしい範囲も広がっていったんです。同じように病気で戦っている人であったり、健康であっても悩んでいたりしんどい方っていっぱいいらっしゃるじゃないですか。背中を押すことまではできなくても、心の支えになったらと思うようになったので、そういう想いが、続けていくモチベーションになっています。撮影も編集も自分でしているんですけど、最初はYouTubeから始めて、TikTokやInstagramでも発信するようになって。

──ご自身の顔を出して現状について話されていたり。とても勇気ある行動だと思います。

もりひ:ありがとうございます。“やるしかない”って、見栄っ張りなところがあるので。

──「負けず嫌いだ」っておっしゃってましたね。でも実際、発信したら多くの方からのコメントが返ってきて、もりひさんご自身も励まされたところもありますか?

もりひ:もちろんあります。本当に僕自身助けられてます。

──歌うという行為には大変さが伴うと思いますが、どういう試行錯誤をしてこられたんでしょうか?

もりひ:やっぱり普通に歌おうとすると、声がなかなか届かないんですよ。顔に空いている穴から空気が漏れて声がこもってしまうので。口をすぼめて舌の動きを上手く使っているんですが……言葉で説明するのは難しいですね。残された口の機能を全部活かしている感じです。いろいろと工夫を重ねています。やっぱり好きなことをやろうと思ったら、人って実現できるように頑張るじゃないですか。なので、そういう努力は全然へっちゃらだと思っています。

──もりひさんの歌は透明感があって、声だけでも人を惹きつける魅力があると思います。SNSにはもりひさんのオリジナル楽曲もアップされていますね。

もりひ:最初は、“なにこの人? 顔に穴空いてる”みたいな感じで、驚いて見てくださったんだと思うんです。それが、いつしか数千人の方々が見てくれるようになって、そのうちに「もりひさんの歌が好きで、配信見てます」っていう声が届くようになった。病気に対する同情や応援コメントが多かったのが、「歌が聴きたい」とコメントしてくださる方々がどんどん増えて。“諦めずにやっていたら、いいことあるんだな”って思いましたね。そしてステージに立っている僕を、輝いた目で見てくれたのは本当に嬉しかった。

──そのライブの話も訊かせてください。もりひさんは2025年12月、地元・大阪で初ライブを開催しましたが、その経緯についても教えてもらえますか?

もりひ:きっかけは、いつものように弾き語り動画を上げたら、「私、生でこの歌を聴きたいです」ってコメントしてくださった方がいたことで。とはいえ、ライブを企画した経験もないので「フォロワー数が10万人ぐらいになったら考えます」って遠回しに返したら、本当にフォロワー数が10万人を超えて。「だったら、覚悟を決めてやってみるか」って、勢いでライブをすることを決めたら、チケットが1日で完売してしまったんです。驚くぐらいにフォロワー数が増えた時にライブを実施したという形でした。

──それだけ皆さん、生で観たかったんですね。

もりひ:嬉しかったですね。ライブが決まってから、先ほど話した高校時代の軽音部の友達に連絡して、バンドを組んだんです。

──なるほど、バンドメンバーは高校時代のご友人だったんですね。

もりひ:はい。僕が陸上部で友達が軽音部。高校時代の昼休みにギターを教えてくれた友達が「何かサポートできることあったらするよ」と言ってくれたので、「じゃあ、バックバンドをお願いしてもいい?」って。音楽の専門学校に進んだ彼が、当時の友達を連れてきてくれて、ドラム、ベース、キーボード、そしてリードギターの友人と僕の5人でバンドを組みました。

──高校生活の忘れられない思い出が今に繋がって一緒にステージに立つなんて、いい話ですね。

もりひ:そうですね。22歳にして“人脈って大切やな”って思いました(笑)。

──初ライブの経験が、その後の活動に繋がったんですか?

もりひ:そうなんですよ。あんなにキラキラした目で見ていただけて。そうしたら「もう一回やりたい!」と思いますよね。しかも、歌を聴いて泣いてくれるんです。思い出しただけで、今も泣きそうになるんですけど。

──もりひさん自身もライブ中、こみ上げてきてしまいましたか?

もりひ:その前からです(笑)。ライブ前に、チケットを取ってくれた方からメッセージをいただいたんですが、「人前に出るのも人混みに行くのも嫌いなんですが、もりひさんの歌を聴くために遠方から行きます」って。そのメッセージを見て、開演前から泣いてました。

■ほんの少しでも昨日の自分に勝つ
■一緒に一歩ずつ頑張っていきましょう

──初ライブではマカロニえんぴつのカバーも披露されたと思いますが、生で初披露したオリジナル曲「ナカナイカノジョ」について、曲が生まれた時のエピソードを教えていただけますか?

もりひ:先ほどの話に少し戻るんですが、がんが再発したことがわかった時、周囲がみんな泣いてしまったんです。自分自身、小学校から闘病してきたから、“今後は恩返しをしていく新しいフェーズだな”と思っていた矢先の出来事だったので、“なんで大切な人を泣かせてしまうんだろう”と眼の前が真っ暗になって。でも、そんな時に彼女が「私は泣いてないから、前向いて頑張って」と言ってくれたんです。その時に生まれたのが「ナカナイカノジョ」。入院中にもたくさんメッセージをくれたり、見舞いに来てくれたり、本当に辛い時に支えてくれているのが彼女だったので、そういう想いがたくさん詰まった曲なんです。

──そんな大切な曲も披露した初ライブから、今度は5月11日のクラブチッタ川崎で開催されるライブイベント<もりひ unbreakable bond -We Can Do Anything->に繋がるわけですね。

もりひ:そうですね。あの日の体験があって、もっと大きい会場でいろいろな人に見てほしいなって思っていたタイミングで、「クラブチッタでライブをやってみませんか?」ってお話をいただいたんです。で、「やるしかないでしょ!」って。だから全部が繋がっているんだと思います。

──SNSにアップされている「カレンダー」「ラブソングは歌えないけれど」「消えたい夜に」など、オリジナル曲も初ライブ以上に多く披露されることになりそうですか?

もりひ:はい。自分で言うのもなんですけど、心を込めて作って、3曲ともめっちゃいい曲に仕上がったんです。期待していてほしいですね。

──ご自身がしんどい時や辛い時の気持ちも含めて、メロディに乗せて素直に落とし込んでいるので、なおさら滲みるんだと思います。

もりひ:自分が唯一素直になれる場所が音楽だと思っていて。明るく振る舞っていても辛い時は辛いので、そういう気持ちも音楽に乗せています。聴いてくださる方は僕のひとつひとつの歌詞に弱さであったりを受け取ってくれていると思うんです。普通ではなかなか経験できないことを経験した人生で、感じた想いを音楽に包み込んでいるので、汲み取っていただけたら嬉しいなと思いながら作っています。

──「少しでも助けになれば」とおっしゃってましたが、そう思うと同時に、もりひさん自身が弱さを吐き出すことで解放される部分もあるのではないですか?

もりひ:「消えたい夜に」という曲はまさにそうです。ダークな曲ですが、最後には希望を感じられるような終わり方をしています。

──もりひさんの生き様は多くの方に勇気を与えてきたと思います。悩んでいる方は多いし、今は世界的にも不安定な情勢にもなっています。そんな中、挑戦し続ける理由について教えてください。

もりひ:今って“どうせ自分なんか…”ってすぐに諦めてしまう人が増えていると思うんですよ。なぜか、自分のことを低く評価してしまうというか。僕は顔に穴が開いていて、口も全然開けられへんけど、ステージに立って歌っている僕を見てくれたら、“なんでもできるんじゃない?”って思えるんじゃないかなって。もちろん、いろいろな境遇の方がいらっしゃると思うし、挑戦するために踏み出す最初の一歩が一番しんどいということもわかっています。僕自身、どん底からの一歩が本当に大変だったので。でも、僕が毎日毎日何かしらに挑戦することで、“私も踏み出してみようかな”と感じてもらえたら素敵だなと思いますし、“この人がこれだけやれているんだから、自分もできるんじゃないかな”って感じていただけたら。やろうと思ったら、皆さんのほうが僕よりも絶対できると思いますよ。僕は凡人中の凡人なので。

──いや、そんなことはないですよ。

もりひ:凡人がハンディ背負って生きているので、僕ができることは、皆さんのほうが絶対にできると思います。こんなご時世ですけど、もっと自信を持って踏み出してほしいですね。

──ライブを約1ヶ月後に控えた今、どんな気持ちですか?

もりひ:もう今から緊張してます(笑)。でも、ライブ前の緊張もまた楽しいんですよね。陸上の試合前にちょっと似てるんですよ。

──ちなみに、クラブチッタという会場には思い入れが?

もりひ:昔、マカロニえんぴつが対バンで立たれたこともある会場ですよね。もちろんチッタは知っていたんですが、まさか自分がやるとは思ってもいなかったのでオファーをいただいた時は、そのメッセージを二度見しました(笑)。

──ギターはアコギとエレキを使用されていますね。アコギはZEMAITISのCAFシリーズ。

もりひ:ZEMAITISってカッコいいですよね。エレキギターとしてかなり知られているメーカーだと思うんですが、アコギのZEMAITISって渋いなって。

──しかもハート型のサウンドホールですね。

もりひ:はい。あまり人が持っていないものがいいなって。

──エレキはストラトタイプのYAMAHA PACIFICAですね。

もりひ:地元の楽器店でお勧めされたものなんです。赤いストラトにしたのは、マカロニえんぴつのはっとりさんを意識して。本当に大好きなので。

──5月11日のライブが楽しみですね。当日はもりひさんほか、ちぃたん☆KISS -愛のROCK BAND-、’97,Kids、圧ねぇ(OA)も参加します。

もりひ:こんな豪華な方々と一緒にやれるなんて、おこがましいですけど。本当にすごい方たちが集まってくださったので、みなさんが繋いできた音楽に恥じないステージをしようと思っています。タイトルの<もりひ unbreakable bond -We Can Do Anything->には音楽で繋がれたらいいな、という想いを込めました。

@honmonomorihi

7月18日 江坂MUSE 『もりひワンマンライブ』 チケットは2月10日から 先着で販売致します! #癌 #闘病日記 #抗がん剤 #歌

♬ オリジナル楽曲 - もりひ - もりひ

──さらに7月18日には地元・大阪のESAKA MUSEにてワンマンライブも控えています。もりひさんはよく「無理はしないけど、無茶はする」とおっしゃっていますが、もりひさんの行動自体がメッセージになっていますね。

もりひ:「無理はしないけど、無茶はする」っていうのは、そもそもマカロニえんぴつのはっとりさんが言ってた言葉なんですよ。その言葉に“わあああ”って感動して、今もその言葉を胸に生きています。なので、声が出る限り、心臓が止まるまで、前に進みます。このインタビューを読んでくれた方や、SNSとかライブを見てくださった方には、ほんの少しでも昨日の自分に勝つという意味で、一緒に一歩ずつ頑張っていきましょうって伝えたいですね。

──もりひさんの“座右の銘”ですね。

もりひ:僕の原動力になっています。

──もりひさんのライブを観に行くこと自体が、踏み出す一歩になるかもしれないですし。

もりひ:そうなったら最高ですね。

取材・文◎山本弘子

 

■ライブ<もりひ unbreakable bond -We Can Do Anything->
5月11日(月) 神奈川・川崎CLUB CITTA’
open17:00 / start17:45
出演:もりひ / ちぃたん☆KISS -愛のROCK BAND- / ’97,Kids / 圧ねぇ(OA)
▼チケット
前売 ¥5,000 / 当日 ¥5,500
2階ファミリー席(大人1名+子供1名) ¥7,000
※入場時1DRINK要
※小学生半額 / 未就学児無料
詳細:https://livepocket.jp/e/unbreakable

 

■<もりひ ワンマンライブ>
7月18日(土) 大阪・江坂MUSE
open18:00 / start19:00
椅子席 ¥6,000 / スタンディング ¥5,000 ※1D別¥600
※SOLD OUT

 

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