【豊永浩平インタビュー】今を生きる少年少女と戦時中の少年兵たち、二つの時間を重ねて「暴力の構図」を描く

写真拡大 (全5枚)

琉球大学在学中にデビュー作『月ぬ走いや、馬ぬ走い(ちちぬはいや、うんまぬはい)』で群像新人文学賞と野間文芸新人賞をダブル受賞し、一躍注目をあつめた作家・豊永浩平さん。このたび、受賞第一作となる新作『はくしむるち』(講談社)が第39回三島由紀夫賞にノミネートされました。彼はこれまで何を読み、どのように小説を書いてきたのか。そして新作『はくしむるち』に込めた、新たな挑戦とは…。書評家・江南亜美子さんによるロング・インタビューで解きあかしていきます。(「群像」2026年3月号より転載)

【豊永浩平インタビュー:前篇】沖縄の歴史と自分の「いま・ここ」を交差させて「新しい文体」をつくりたいもあわせてお読みください!

新作『はくしむるち』の声と構造

江南 いよいよ『はくしむるち』について伺います。デビュー1年後の、プロになっての一作目が原稿用紙400枚越えのボリュームですね。『月ぬ走いや、馬ぬ走い』で野間文芸新人賞も受賞し、期待のハードルが上がっていたなかで本作がでてきて、編集部もびっくりしたんじゃないかと思います。いつお書きになったのですか。

豊永 じつは群像新人文学賞の受賞前から取り掛かっていたので、実質2年くらいかかりました。『月ぬ走いや』を応募したあとに書き始めて、野間文芸新人賞の受賞のころにはストーリーの構想や手法など進めていく端緒を得たのですが、『はくしむるち』を書くのと並行して大学の卒論の執筆もあったので、ぜんぜん進まなかったのを覚えています。最初は250枚ぐらいにする予定だったんです。けれど一人称じゃないからか、どうしてもリズムがとりづらいというか、距離がつかめずに困りました。予定よりどんどん伸びて、気づけばこの長さに。

江南 いまおっしゃったように一人称ではなく、おもに二人称、正確には二人称小説というより主人公の中村行生(ゆきお)を「きみ」と呼んでいく叙述が採用されています。二人称の呼びかけ形式は、最近だと井戸川射子さんの『この世の喜びよ』とか坂崎かおるさんの「へび」でも使われていて、不思議な味わいを醸し出しています。一人称モノローグを得意としていたはずの豊永さんが、「きみ」と呼ぶ語りを使ったのは、どういう理由ですか?

豊永 前作で一人称を14人ぶんもやっちゃったので、また同じことはしたくないなと。といっても、「声」を複数に分担させないといけないというのは共通の課題です。なので、二人称を軸にしつつ、一人称、二人称、三人称をひとつの作品のなかで使い分けることにしました。「きみ」と呼ばれる主人公がいて、それを見ている過去からの時間の流れのような兵隊さんたちがいる。そのうちに「きみ」だけであつかい切れない箇所がどうしても出てくるので、そこは三人称でバラけさせる。これを読んでいるのも「あなた=きみ」ですから、ときには読者に直接呼びかけるような書き方もできるんじゃないかなと思ってやりました。

江南 冒頭をすこし引用すると、〈くりかえす波の音は、きみがカチャカチャとスプレー缶を振って、エアロゾルをシーッと擁壁に噴射すると、少しのあいだ聞こえなくなった〉(『はくしむるち』P.3)と始まります。かつては米軍基地内だった小さな入り江の壁に、作中で「きみ」と呼ばれる行生/ユッキーはグラフィティを描いています。同級生の円鹿(まどか)や未祐(みゆ)、いじめっ子の新治(しんじ)たちとの小さな共同体内の暮らしでしたが、小学生のときに内地生まれの瑞人(みずと)が引っ越してきて、すこし外の世界を垣間見られた気がします。ユッキーには、戦争を体験した90歳オーバーの大伯父の修仁(しゅうじ)がいて、彼の経営する「赤インコ」という喫茶店は重要な場所です。修仁の過去パートと、ユッキーの現代パート、ふたつの時間がねじれあうようにして物語が進むという構造は、デビュー作も同じです。

豊永 主人公のユッキーはいわゆるオタクで、「赤インコ」に出入りしてサブカルチャーに傾倒していくんですが、この子たちだけだと沖縄を書くにはどうしても弱い。そこで過去の体験を持つ修仁をひとつのフックにして、過去の時間軸とつなげようと。いまを生きる少年少女たちの青春ものと同時並行で、まったくべつの時代に生きた、年齢が同じぐらいの少年が軍役に行く。17歳未満の男の子が戦闘に参加させられたのは日本だと沖縄だけでしたが、ヒーローものが好きな現代のオタクの少年や不良の少年は、時代がちがって戦時中であれば、自分も本当のヒーローになれるかもしれない、と思ってしまったかも。しかし、もちろん少年兵はヒーローなんかではなくて、人殺しという暴力に荷担させられてしまう存在です。このヒロイズムにとりつかれる少年の危うさは、いまの時代ともじつはリンクしている。こういうことが書きたいと思う内に、物語はどんどん長くなっていきました。

現代の「いじめ」と戦時中の暴力

江南 少年だった修仁も戦争にかりだされます。戦時中の修仁は、三人称のようにも見える語りで書かれたり、一人称複数の「ぼくら」を使う主体があらわれて、修仁を「お前」と呼んだりします。たとえば、〈一列に並べられたぼくらの体の合間から、後ろ手を組んだ教官が行ったりきたり、逡巡しているのがわかる。ちょうど長方形になって固まった列の左前で曲がったとき、修仁の隣の生徒が軽く靴を蹴った。それで修仁、お前は渡嘉敷の頭(ちぶる)しりしりイする馬鹿(ふらー)な妄想から立ち返り〉(P.50)といった距離感です。この「ぼくら」は具体的な集団でもあるけれど、「歴史」そのものと捉えてもいいかもしれません。あるいは、『月ぬ走いや』の亡霊と同じような存在と読みました。

戦死を免れた修仁は、いまや歳をかさね、ユッキーたちの面倒をなにくれとなく見ています。『月ぬ走いや』では、過去と現在が同一の面にあって、反復横跳び的な時間の進み方をしていたとするなら、『はくしむるち』は横方向の往還と同時に、修仁が大伯父としてユッキーとともにいる現在をえがくことで、縦方向にも時間がのびていく感覚です。

豊永 物語としては、まずユッキーの「いじめ」問題があります。彼の中学時代はいじめの標的です。エンターテイメント的に消費される暴力と、SNSのお手軽な発信力が、いじめの様相をより複雑に、ひどくしているのではないかな、と。いじめの背景になにがあって、なにに駆り立てられて少年たちがこうした特殊な閉鎖状況を作ったのか、そこを描きたいと思いました。現代は、SNSの匿名性もあって、暴力の担い手というかその根幹が見えにくくなっていると思うんです。いっぽう戦時中は戦時中で、暴力の体現者のような人たちがいた。旧日本軍だったかもしれないし、ときには米兵だったかもしれない。ここにもはっきりした閉鎖されたコミュニティでの、暴力の構図があったと考えています。

江南 暴力の構図自体はいつの時代もあるけど、現代は、直接暴力に加担はしないものの助長してしまう層もいて、加害と被害が非対称的に入り組んでしまうんですね。ユッキーのいじめも性被害なのだけれど、その前にまたべつの女子中学生のハメ撮りの性被害があり、加害と被害はいつでも反転しそうです。

豊永 そうなんです。調子よくイノセントな子どもを駆りだし、いざとなったら「おまえがやったんだろう」とひとに責任を押し付けて尻尾を切っちゃうこともあると思います。悪人はひとりの大きな敵なのではなくて、あちこちに遍在している。沖縄のヤクザ問題は、さきの沖縄署襲撃の事件に際して、警察署の組織のありかたとあわせてよく見聞きしていたので、「悪」を象徴的にあらわす「蛇のタトゥー」をアイコン的に、物語内部にちりばめていった感じです。

江南 たしかにラスボスのような際立った悪人が描かれるわけではありません。でも沖縄の少年少女たちのハードモードな人生が、じわじわと読む側に浸み込んできます。だから修仁が行生に言う、〈勝ちゅる必要はねらんしがさ、(中略)たまには戦わなきゃならんど(まるけーてーおーらんだれー)〉(P.93)というエールは重く響きます。

沖縄の問題を、どう文学にするか

江南 私は関西人ですが、この歳になっても沖縄を知らないことがずっとコンプレックスです。教科書や歴史資料館的な史実はおさえたものの、紙上だったりデータでしかなかったり、通り一遍の理解しかないのに沖縄の問題を語りそうになるのを躊躇するあまり、なにも言わないできた後ろめたさもあります。『はくしむるち』はそんな私の蒙も啓いてくれる、実情の痛みを感じさせるテキストでした。切り離された沖縄ごとにせず、日本のこととして接続させる。豊永さんは今日もくりかえし、過去との連続性について話されましたが、その意は汲めたと感じます。最初からいまの沖縄の立ち位置を、広い読者層に向けて示す企図でしたか。

豊永 普通に沖縄に生まれ育っていると、どこもこういう暮らしなのかなとアバウトに思っていた節があります。外を知らなければ、自分の立つ場所の特異性に気づくことはありませんから。ところが高校を卒業して琉球大学に進学したら、学内の敷地をオスプレイが夕方に何回も通るんです。ここはやはり普通とは違うと認識しました。自分が生まれた土地を小説に書くなら、それを絶対に盛り込まないといけない、それなしには沖縄を書いたことにならないと思いました。

大学で、文学やポストコロニアル批評なども学んだことで、ようやく沖縄についてある程度は客観視できた気がします。本土と沖縄という二分した呼び名に多くの人は疑問を持ちませんが、大江健三郎さんの『沖縄ノート』には「「本土」は実在しない」とあります。つまり、切り離された沖縄問題なんてものはなくて、それは国家全体の問題、ひいてはアジアの重要な問題なのだと。沖縄問題と呼ぶと固有の問題に見えますが、日本という国の防衛としての話、政治的な話、人間の話であるわけです。

いっぽうでこの問題を、自分がどう文学にするかは考えました。自分と同じような若い世代でも読める、エンターテイメントのコンテンツとも拮抗するひとつの物語をつくりあげなければ、たんに読まれずに終わります。それこそ免疫のように、読者のなかに沖縄への視点が取り込まれていくことを狙う以上、色々な、同世代にまで波及しうる読むことのおもしろさを、消費にならないよう取り込まねば、と考えていました。

江南 たしかにそれはそうです。どんな読者も排除しない周到さがあると思いますよ。

豊永 間口は広くしたほうがいいかな、と。

江南 いわゆる「当事者小説」の危うさはそこにあります。自分のマイノリティ性は自分にしか分からないと閉じてしまえば、書きたいことには限りなく誠実で切迫性があっても、小説を排他的な場にしてしまいます。本作は、派手なバンクシー的グラフィティの要素もあって、とにかく読者を巻き込むんだという熱量を感じます。しかしながら物語の中心は、中学生である14、5歳の歳の少年少女の、成長過程に表われる性的なものを含めた暴力性や搾取構造ですよね。チャレンジングなテーマだなとあらためて思いました。

豊永 『月ぬ走いや』は戦後の80年間を描くことが主眼だったので、性暴行自体は登場するものの中核になることはありませんでした。『はくしむるち』では、実際の性暴力事件のニュースがまたいくつも耳に入ってくるなか、『月ぬ走いや』のラストで浩輔と「かーなー」のふたりで描いたような希望のきざしを、再考せねばならないと思いました。本書に希望のようなものがあるのか、あるいは在日米軍と性暴行の話をそのまま端的に結びつける物語でよいのか。それをいまやることで、かつて沖縄文学の担い手たちがもたらした効果と同様のインパクトを持つのかと考えたのです。

江南 米軍の兵士による沖縄の少女への性暴力は実際におきている。しかしその構図を物語でなぞるだけではだめだと考えたわけですね? げんに作中では、学校の男子生徒たちが女子を性的対象として値踏みし、Tier表にして情報共有をする「全集」のおぞましさが書かれます。個人の資質をこえた、長年蓄積された女性差別の構造が透けています。

豊永 80年前、50年前、そしていまも、同じような性的搾取のシステムの裏で暗躍する男たちがいるだろうと思いますし、それらとオタクの少年がぶつからないことにはドラマにならないと直感しましたね。けれど現実では、ユッキーと蛇のタトゥーの男は、対決するような位相にはまずいません。そういうシチュエーションの難しさもあり、書くのは、予想を超えてしんどかったです。350枚あたりからさらにしんどくなりました。『月ぬ走いや』だと、一人称だから登場人物が語る内容に寄り添って、コミットしていけましたが、二人称の語りだとひどいシーンがあったとして、その姿を後ろから観察しているような距離感が苦しかったです。つらくても、前のめりに急いで書いてはいけないと言い聞かせなくてはならず、その意味でかなり胆力を必要としました。

江南 とうぜん、読むほうにも負荷がかかってしんどいものです。女の子たち、頼むからこんな悪い連中につかまっていないでもっとしっかりしてよと、何度もいらいらし、泣きそうになりましたね。でも、彼女らに出ていける外部なんてなく、外に救いを求められないまま、閉塞感だけがつのってくる。こういう状況に置かれている女の子は現実でもいるだろうなという説得力がありました。

傷/武器としてのグラフィティ

江南 ユッキーはグラフィティを自己表現の手段にしています。感動的なのは、いとこに自画像をリクエストされて熱中するあまり、自分のスタイルを獲得した瞬間がおとずれるんですよね。帰国時のプレゼントにするはずが飛行機に乗せられないほど本格的な絵になってしまう。署名という意味の「たぎんぐ」を促され、まさに名を刻みます。〈彼の似顔絵でつかったスタイルは、きみのなかにたしかな恍惚とした感覚とともに残りつづけた。タブレットで描きながら、身体のどこかで、またああいう線を引きたい─ という思いが燻(くすぶ)って、やむことを知らない〉(P.142)。絵がうまくなること、スタイルを持つことが、きっとその後の彼の人生を明るくするだろうという予兆に満ちているシーンです。

AI生成の全盛時代に、自分の手で表現するとはなにかという問い直しがあって、感じ入るものがありました。行生にとってのこの経験が、のちにグラフィティにつながり、さらにはアナーキズムの実践へとつながっていきます。こじつけかもしれませんが、豊永さんもスタイルの獲得に試行錯誤しながらこの小説の手法にいきついたはずで、表現に対する肯定的なきらめきに満ちています。

豊永 『月ぬ走いや』の(群像新人文学賞の)選考のときに松浦理英子さんが言ってくださったことがあって、つまり、悪玉みたいな人がいて、でもその悪玉は奥に引っ込んじゃうよねと。いちどそこと対決しないとダメだというのは、『はくしむるち』を書く際に決めていたことでした。ユッキーが対決するわけですが、そのために彼はメタレベルな、ひとつ上の視点を獲得しないといけないと思ったんです。

瑞人や円鹿のような子たちは、実際の社会構造のただ中にいて、そこでパイを取り合ってサバイブせざるをえません。目の前のことしか見えない。でも状況をちょっと上の視点から見るためには表現技術とか背景にある歴史の知識とかが必要になってくるのではないか、と考えました。ユッキーが基地の壁にグラフィティを落書きしていくのは、国家や軍が引いた暴力的な境界線を無効化することのできるスタイルです。自分にある刻まれた傷そのものこそが、グラフィティの線となり、国家のバウンダリーにリンクするんだということをユッキーは表現を通じて感じていると思います。自分の〈傷〉も政治的な問題であり、個人的ないじめは社会構造の暴力の問題なのだと。〈傷〉でつながれているという感覚はユッキー固有のものとして書きました。

江南 自分が表現する手段を持っていることが、国家に対しての反逆の第一歩になるというユッキーの考えかたがいい。短絡的に武器をつくって大物の政治家を殺しに行こうとかそういう思考回路ではなく、表現で戦うんです。それははたから見たら無力かもしれず、バンクシーだってアート好き以外への訴求力がどれほどのものかわからない。でも、小説を書くというのも結局そういうことでしょう。沖縄問題を世間に顕在化させたいというアクションとしての小説なのは間違いないけど、直接的な代議士へのロビー活動とは根本がちがいます。間接的な闘いであり、武器であるのが、ユッキーのグラフィティであり、いまここにある小説なんだというのが、とても説得力を持っていました。

ユッキーのグラフィティに対置されるように、円鹿は沖縄の伝統舞踊である「組踊(くみおどり)」の担い手です。円鹿のバックボーンともいえます。この組踊についてはどの段階のアイデアで入れようと考えましたか。

豊永 グラフィティのほうがあとからです。組踊に「孝行の巻」という演目があり、円鹿はそれをやることになります。構想の段階で、『帰ってきたウルトラマン』とその脚本家である上原正三さんにリンクさせるよう考えていはしたのですが、もうすこし早く出してもよかったものの、どこがいちばん効果的なのかと逡巡するうち、結局終盤にもってくることになりました。「孝行の巻」は生贄の話です。むるちという池に住む大蛇に苦しめられる農民のため、王府は生贄を捧げると決めます。ある貧しい娘が犠牲を申し出て……という、組踊の創始者・玉城朝薫が、いまでは嘉手納(かでな)基地のフェンスが近くにある土地の説話からインスパイアされ、創作した「朝薫五番」のひとつ。それが上演されていた何百年も前のことは昔話のように遠く感じられます。でも円鹿がいま・ここで再演することで、なぜいつも少女が犠牲になるのかといった話も、現在につながってきます。

「ヒーロー」とは何か

江南 円鹿の組踊の話を聞いて、ユッキーはウルトラマンの話を思い出すんですよね。修仁の友達で、喫茶店の名前のもとになる「赤インコ」というあだ名の男が戦時中にいたわけですが、彼は文学的教養がかなりある人物だったと描かれます。円鹿にせよ誰にせよ、彼らの戦いの手段はいわば表現と教養。自分の身体や性的なリソースで戦うのではなく、べつの武器を装備しているわけです。

最終盤に描かれる、遠方よりやってくる生贄であり神でもある存在が「ヒーロー」となって自分たちを救ってくれるのではないかというビジョンは、ある種アイロニーとして響きます。そんなものに未来を託せるのか。日本軍もアメリカもヒーローになりえないとしたら、沖縄を救ってくれるのはなんなのか。誰も現れないという絶望も含めて、ひじょうに切実な展開が用意されています。

豊永 ここでも「ぼくら」と「きみ」の線引きが重要になると考えました。「ぼくら」というとひとつの輪っかの内部、折口信夫や柳田国男を通しての民俗学的な共同体の話になります。しかし共同体の内部から生まれるヒーローは、英雄であると同時に、抑圧者であり、コンテキストが変われば人殺しの悪役にもなりかねない危うい存在だと思うんです。ヒーローとは何か、さまざまな観点から考えたのがこの終盤です。

江南 ヒーローとしての「遠方よりやってくる、異邦のもの」(P.198)に、積年の基地問題がオーバーラップしてくるように読者に読ませるのが、なかなかのものだと思いました。それと同時に、たったいま、円鹿と未祐がひどい目にあっているときにどうやってそれを救うのか。弥勒菩薩の到来を待っていたら何億年も経ってしまい、それは問題の先送りでしかないですし、ときに丸腰でも乗りこまなければならない瞬間はあるんですよね。

豊永 極論ですが、ヒーローと悪役は見え方のちがいでしかない。だから瑞人は、単純にいいやつでいつづけることはできないし、ただの半グレでもない人物として書かねばと。

江南 わかりやすいハッピーエンドではないですが、彼らが何かをあきらめることなく前に進もうとしている瞬間が切りとられて、青春小説の感触が残る作品でした。

豊永 どうしても辛い描写が多く、また登場人物にもしんどいことをさせた小説になりました。だからこそ、最後くらいは、ひらけた終わり方にしたいと思って、ああなりましたね。

最新短篇「G(h)etto」の思考実験

江南 もうひとつ、新作の短篇「G(h)etto」(「群像」2026年1月号)を読ませていただきました。これはこれで問題作で、いろんな切り口でお聞きしたいことがありますが、まず改行を極力減らしてルビを多用する、たいへんな圧力、密度のテキストでもって、読者に負荷をかけてやろうとの意図を感じました。思えばデビュー作もひとつの章が改行なしでかたまりとなって迫ってきました。『はくしむるち』を読み始めたとき、「改行できるんだな、この人」と安心したのを覚えていますが(笑)、新作はデビュー作以上にまずテキストの物質性で読者を威圧します。

豊永 これは2045年くらいの設定の、いわゆる歴史改変SFのつもりで書きました。沖縄が日本に返還されずにアメリカの51番目の州「ステイト・オブ・リウキウ」として存在する世界線を描いてみたかったんです。こういった設定下で沖縄を描くのは誰もやっていないことなのではと思い、さすがにSF要素も必要だろうとガジェットを組み合わせてみた感じです。

江南 ジャンルとしてSFであるというフィクション性を担保に、ゲットーとしての沖縄を思考実験してみようという、すごく皮肉と批評性のつよい作品です。暴力といじめと差別がバックラッシュのように蔓延した土地で、主人公の女の子は「辺野古(フィヌク)」の真ん中にある特別行政区に入れられているらしい。ルビの意味の二重性によって、そこに書かれているのが日本語かどうかも分からなくなる感覚が、主人公の「ウチ」が留め置かれている治外法権的な状況を読者に想像させるというかたちになっています。

豊永 昔から沖縄語(うちなーぐち)の問題を考えていたのです。これが消えてしまったらどうなるのか。単純に表現の幅が狭まるのは間違いないので、AIによる自動翻訳機能が装備されたガジェットを搭載した女の子がバーッと語り出したら何を話すのかということを考えました。もとは沖縄のラッパーの唾奇が「那覇市ゲットーに咲く月桃」みたいに、「ゲットー」と「月桃」を掛け合わせていたので、そのアイデアをかりて歴史改変SFにしてみました。

江南 たんなる言葉遊びになっているだけでなく、月桃の葉で包んだ餅菓子が沖縄の古い伝承文芸のなかで、鬼になった兄を妹が退治する際のアイテムであることなど、ここでも女性のケアと犠牲の問題が透けてくるわけですね。

豊永 女の子の一人称で、ドライブ感をもって書いていくのはおもしろかったですね。『月ぬ走いや』でも『はくしむるち』でも、どちらかといえば罪みたいなものを抱えてひた走ってしまう男の子を描いたので、こんどは後ろから「何やってるば、おまえ(やー)」と冷静に批評する女の子を描いてみたいと思ったんです。

江南 AI翻訳に関しても、なんとなく意味を双方に伝達できた気にさせちゃう利便性と画一性が、複雑な言語の綾をどんどん削ぎ落してしまうわけです。もともと日本では、沖縄もアイヌもあるのに幻想的な「単一民族」信仰が根強く、このところさらにその排外主義的なムードが高まっています。その状況を逆手にとった爆弾のような短篇だなと思いました。

豊永 『はくしむるち』を書いたときに明瞭になったのですが、線を引くことが一番の問題なんですよね。共同体の内と外を区別するための線というのが、昔から民俗学的な思考としてあります。ただ沖縄でも、他のいろいろな国でも、実際の物理的なフェンスで線引きがなされるわけです。フェンスでなにを守るのか。その内と外を逆転させたり、境界線の意味を変えたりできないか。現実世界では、辺野古は区切られてアメリカの領土のようにあつかわれますが、この作品では逆になります。それは、『はくしむるち』でユッキーがグラフィティで線を更新することとパラレルにあると思いました。

江南 もちろんガザの問題も想起させるけれど、沖縄というドメスティックな問題でも線引きが摩擦を生んでいるんだよと、読者にアテンションを投げかけてきます。私はそれとは別に、いわゆるクルド人排斥運動の高まりを、逆から照射すると感じました。外国から人がやってくることは、そこで家庭ができたり子供を作ったりすることと不可分です。その際、線をどこに引くというのか。線引きの問題は、これからも繰り返し変奏されそうですね。

大江文学のアクチュアリティ

江南 最後に素朴な問いに戻ってしまうんですが、豊永さんは文学と社会を不可分に捉えて、積極的に政治的状況にコミットするという姿勢で小説を書かれていると思うんです。でもそれって当たり前のことではない。その源流はどこにあるとご自身では考えますか。

豊永 大江健三郎さんの作品を読んでから一気に広がったかなと思います。大江さんは1935年、昭和10年の生まれですが、令和までご存命で、作品は多数、どれを読んでも枝葉が他のところに伸びていく、すごい作家だと思います。自分は卒業論文を大江さんの『水死』と沖縄戦の集団自決の問題で書いたのですが、たとえば漱石の『こころ』にも、殉死とはひとつの共同体のなかでけしかける⇔けしかけられる作用が働いた結果だとあります。慶良間島の沖縄裁判のインタビューや裁判記録を読んでも、命令系統自体ははっきりしていなかったし、こう命令されたという明確な事実があるわけではなかったのに、原住民の手元に手榴弾があり、誰かが口頭で何かを言ってけしかけるかたちで、人の命が奪われていったんだとわかります。

江南 言質はとれないけど、同調圧力として働く言葉のパワーですね。

豊永 はい。パフォーマティブな、働きかける言葉としての力のことを考えざるを得ないんです。大江さんの小説は、『水死』でも『万延元年のフットボール』でも、プラスのポジティヴな方向ばかりではなく、まがまがしくも邪悪なほうに人をそそのかす言葉の力と対決しているように読めるんです。

江南 あ、なるほど。

豊永 どちらかというと「後期の作品(レイト・ワーク)」のほうが好きなのは、9・11以降の小説が自分たちのために書かれていると感じられるから。文体も読みやすくなり、現代の問題とリンクさせるように書かれている。原発の問題もひじょうにアクチュアルです。以前、新潮新人賞を受賞された仁科斂さんや、芥川賞を受賞された鈴木結生さんのような、自分と同世代の若い作家と話す機会がありましたが、みんな後期の作品がいいと言っていました。励まされた作家は少なくないんじゃないでしょうか。

江南 私にとって大江は、作家の責務として現代社会の揺れ動く問題にコミットし、きちんと発言する作家という印象です。自己検閲のようなナイーブな振る舞いはせず、むしろ野蛮に発言し、作品にも盛り込んでいきました。ポリコレで叩かれて炎上することを周到に避けていく現代の人々と比べれば、むしろ踏み込みすぎなほどです。

いまのお話を聞いて、豊永さんが大江の後継者として作家の社会的意義を引き受けてくれているように感じました。それは沖縄出身だからといった単純な話ではないんですね。請け負う覚悟が作品にもにじみ出ているからです。ますますのご活躍を心から祈っています。本日はありがとうございました。

【池澤夏樹×豊永浩平】沖縄のオタク少年の戦いが「世界文学」になった理由…『はくしむるち』刊行記念対談