じつは、体の細胞から、生命を作ることできる…iPS細胞に結実する「クローン・カエル実験」。その衝撃の真実
マウスiPS細胞が発表されて20年。2012年の山中伸弥博士のノーベル生理学・医学賞受賞を経て、研究はついに再生医療製品の実用化へと大きく駒を進めています。
iPS細胞から作る、“ミニ臓器”であるオルガノイドや臓器チップの開発や研究を進める著者が、ここに至るまでのiPS細胞研究の歩みをわかりやすく解説し、21世紀の医療に革命を起こすであろう、再生医療や創薬の未来を紹介する書籍『iPS細胞と医療』(講談社・ブルーバックス)が、大きな注目を集めています。
そこで、ブルーバックス・ウェブサイトでは本記事シリーズで、早速この注目の書から興味深いトピックをご紹介していきます。
初回となる今回は、iPS細胞の研究の根源となる、「命の誕生はどのように起こるのか」という問いから生命探求の道をたどってみます。
*本記事は、『iPS細胞と医療 最新技術でどこまで臓器は治せるか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
そもそもiPS細胞とは
もし、医学の一番の目的とは何か、と問われたとしてら、「できるだけ病気にならずに、元気に年を重ね、最期は穏やかに人生を終えることができる社会を作ること」だと、筆者は考えます。
それを実現するためには、悪くなった臓器やその機能を元の健康な状態に戻したり、悪くなった心臓の機能を回復させたりする、「再生医療」の技術が必要になります。そこで注目されるのが、どんな臓器にもなることができる特別な細胞である、iPS細胞です。
「ノーベル賞を受けた日本人科学者が作ったすごい細胞」あるいは「2025年の大阪・関西万博で展示されていた細胞」として、その名前を知っていることと思います。iPS細胞の発見は、世界中に大きな衝撃を与え、発見者である山中伸弥博士はその功績によって、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。しかし、山中博士の発見は何が衝撃だったのでしょうか。
ヒトをはじめ生物の細胞の中には、体の作りや働きに関するすべての情報が書き込まれた、設計図のような役割を持ったDNAが入っています。そのDNAの中で、タンパク質を作ることができる部分を特に「遺伝子」と呼びます。タンパク質は、体を作ったり、細胞の働きをコントロールしたりする重要な物質です。
山中博士は、この遺伝子の中から、細胞の運命を大きく変えることのできる4つの特別な遺伝子を見つけ出しました。これが、いわゆる「山中4因子」と呼ばれているものです。
山中4因子を普通の細胞に入れると、細胞はそれまでの役割を忘れ、受精卵に近い、何にでもなれる初期の状態へと戻っていきます。このように細胞を元の状態に戻す働きがあるため、山中4因子は、「初期化因子」とも呼ばれています。
この山中4因子(初期化因子)を、山中博士が見つけたのは、偶然ではありません。iPS細胞の研究が始まるよりも前から、生命の研究に取り組んでいた多くの先駆者たちの取り組みがあるのです。
生命の誕生というふしぎへの問い
そして、生命研究の取り組みを辿っていけば、人類が長い間、科学的に理解しようとしてきた「命の誕生はどのように起こるのか」という問いに行き着きます。
命の誕生についての理解が大きく進んだのは、精子と卵子が発見されたことがきっかけです。ヒトの精子は1679年に、卵子は1828年に発見されました。精子が発見されたさらに、その後の研究で、1903年には卵子が受精することで新しい命を生み出す力を持っていることがわかりました。
こうして、人類は少しずつではありますが、命の誕生に関する知識を積み重ね、命の不思議を、今では科学の力で少しずつ解き明かせるようになってきました。
特別な細胞
19世紀から20世紀初頭にかけて、卵子と精子が結びついてできるのが、受精卵で、この受精卵こそが新しい命の始まりであることが科学の研究によってわかってきました。では、なぜ卵子と精子には「命を生み出す力」があるのか? それが人々の次の疑問でした。多くの人は、「卵子や精子は、体の中のほかの普通の細胞と何かが違うのではないか」と考えるようになりました。
1880年代に登場した「生殖質説」では、「精子と卵子には、それぞれ半分ずつの遺伝情報があり、2つが結びつくことで、1つの完全な情報を持った新しい命が生まれる」と考えられた一方で、体の中にある普通の細胞、たとえば皮膚の細胞や筋肉の細胞などは、「遺伝情報の一部しか持っていない」と思われていました。
また、この頃、すでに細胞は「体を作る最も小さな単位」であり、その中には「核」があることがわかっていました。この核にはDNA(ディー・エヌ・エー)、すなわち体の作り方や働き方を決める設計図のような情報が入っています。
次に出てきた疑問が、受精卵の核と、体の普通の細胞の核は、同じものなのだろうか、というものです。この疑問を確かめるために、ある実験が考え出されました。それは、「大人の体の細胞から核を取り出し、それを核を持っていない受精卵に入れてみたら、新しい命が生まれるのかどうか」というものでした。
もしこの方法で新しい命が生まれるとすれば、体の普通の細胞の核にも、命を作る力があることを証明できます。つまり、大人の細胞の核を「初期化=赤ちゃんのような状態に戻す」ことができれば、それを使って命を作ることができるかもしれないのです。
初期化とはリプログラミングとも呼ばれ、特定の機能を持った体の細胞(あるいは核)がリセットされて、受精卵のときのあらゆる細胞になれる赤ちゃんのような細胞(あるいは核)まで戻ることです。
初期化研究の功績「クローンカエル」の実験
このような初期化の研究は、世界中で少しずつ進められていきました。特に有名なのが、1962年にジョン・ガードン博士が報告した「クローンカエル」の実験です*。
ガードン博士は、オタマジャクシの体の細胞から核を取り出し、それを核を取りのぞいた未受精卵に入れることで、まったく同じ遺伝情報を持ったカエルを生み出すことに成功しました(図 「クローンカエル」の実験)。このようにして生まれた動物を「クローン」と呼びます。
この画期的な実験は、「体の細胞の核も、命を生み出す力を持っている」ことを示しました。つまり、それまで信じられていた「自然発生説=命は自然に生まれる」、「精子内小人説(せいしないしょうじんせつ)=精子の中に小さなヒトがいる」、「生殖質説」が正しくないことが、この実験によってはっきりしたのです。
そして、ついに人類は「受精卵の核と体の細胞の核は、基本的には同じものである」という事実にたどり着きました。これはつまり、すでに分化してしまった体の細胞からでも、生命の始まりである受精卵のような状態を作り出せるかもしれない可能性を示していたのです。
この大きな功績によって、ガードン博士は後に、山中伸弥博士とともにノーベル生理学・医学賞を受賞することになります。「細胞の核には、どれも命を生み出す可能性がある」という、この発見は、後のiPS細胞の開発へとつながる、まさに歴史的な第一歩だったのです。
さて、その一方で1950年代から1960年代にかけて、世界中で遺伝子に関する研究が急速に進んでいました。遺伝子とは、ヒトの体の設計図のようなもので、「目の色」「身長」「髪の質」など、体の特徴や成長の仕方を決める情報が詰まっています。
科学者たちは、「もし遺伝子を操作できたら、細胞の運命も変えられるのではないか」と考えるようになったのです。そして、この考えを証明する、ある有名な研究が1978年に報告されたのです。
*ジョン・ガードン博士が報告した「クローンカエル」の実験:J. B. Gurdon, The developmental capacity of nuclei taken from intestinal epithelium cells of feeding tadpoles. J Embryol Exp Morphol 10, 622-640 (1962).
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細胞の運命は、特別な遺伝子によって左右される……。続いては、ついに哺乳類で成功したクローン研究の発展と、iPS細胞の発見へとつながる研究課題を見ていきます。
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